第6話 気温40度 - 手に持たない傘

 夏の気温が当たり前に40度を超えるようになり、日傘は必須のアイテムになった。老若男女、子どもからお年寄りまで日傘を持つようになると、日傘は急速に進化していった。巨大化、軽量化、スリム化、多機能など。さまざまなタイプが登場し、今の主流は、ドローン型の日傘だ。発売当初は爆発的な人気となり、三ヶ月待ちの状態となったほどだ。だが多くの企業が参入するようになると一部の人気日傘以外は、すぐに購入できるようになった。


 中でもドローン型の日傘の良いところは、手に持つ必要がなく、杖を使っている人や荷物が多い場合にも利用ができるところだ。日傘を購入し、アプリをダウンロードした後、スマートフォンのカメラで頭の形などを撮影し、自分の情報を日傘にインプットする。あとは、スマートフォンのアプリでONにすれば、電源をOFFにするまで、日傘は購入者の頭上20センチ程度の位置に浮遊し、追従してくれる。


 大きさは雨傘と同じ大きさが主流で、その大きさがあれば、十分に日陰をキープできる。高額なものになると冷風を吹き出すタイプのもの多数発売されている。中には音楽が流れるというものまである。


 この日傘が流行し始めて以来、熱中症患者が減ったことだけでなく、自転車と人との接触事故なども減少した。ドローン型の日傘はそれなりに大きく、人との距離をある程度取らないと、ぶつかって落ちてしまうのだ。そのため、1メートルほどの空間を保ちながら歩く人が増えたのである。発売当初は歩くときの不便さに眉を寄せる人もいたが、人口の6割以上の人が使用するようになると、その距離感は当たり前になってしまった。


 発売当初は、折りたたみが十分にできないタイプのものも多かったが、形状もまた進化し、今では建物や乗り物に乗る際は、電源を切り、ワンタッチで折りたたむことができる。折りたためば500mlの水筒ほどの大きさになる。多少、重さはあるものの、日陰をつくってくれるのだから我慢もできる。


「あ、待って!」

 僕の目の前を女性が走っていく。僕は女性の追いかける先を見上げた。

 日傘が上空に舞い上がっていくのが見える。

 女性は見失わないように必死に追いかけていた。


 安いものだと個人の認識力が弱く、頭上を外れてしまうのである。頭上を外れた日傘は、ある程度の高さになるとスマートフォンで電源をOFFにできず、どんどん上空に舞い上がっていってしまうのだ。


『やっぱり安いものはダメだなぁ』

 一週間に数度は見る光景に、僕は小さく息を吐いた。安かろう悪かろうでは、やはり困る。ある程度のスペックは必要だ。


「痛っ」

 僕の額に日傘が当たった。人のことは言えない。

 ちょっと費用を惜しんで比較的安いものを購入したら、時々、ブルートゥースが勝手に切れて落ちてくるのだ。この日傘が流行ってからというもの、おでこや頬に絆創膏を貼っている人が間違いなく増えている。


「これはダメだな。また買い替えないと」

 僕は地面に落ちた日傘を拾ってカバンにしまうと、予備の旧式タイプの日傘を差した。

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1話完結の3~5分で読める超短編小説「Green life - ありふれた日常」 一ノ宮 @ichinomiya2001

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