第5話 Gとの戦い - スパイダー缶

 私はゴキブリ(以降、Gと呼ぶことにする)が嫌いだ。嫌いというより苦手、いや、天敵と言っても過言ではない。姿を現した日は、やっつけてしまわないと眠れない。だが戦いは容易ではない。とにかく、近づきたくないのだ。スプレーはどれたけ噴射したののかわからないほど撒き散らしても仕留められず、新聞を丸めて戦おうものなら、何度命中させても復活してくる。挙句の果てには、自分に立ち向かってくるGに絶叫しながら、闇雲に新聞を振り下ろすしか術がない。


 ある日、見つけた大技は、離れたところにいるGめがけて、週刊漫画を投げるという方法だ。この方法だと90%以上、仕留めることができるのだが、仕留めたあとが問題だ。どの方法をとっても、最終的に処理しなければならない。


 ちりとりでポイと捨てる人もいれば、トイレに流す人もいる。母親は新聞でつかんで捨てていたし、祖母は殺しもせず、素手でつかんで逃していた。悪魔の所業だ。一度、私自身、新聞紙でつかんで捨てようと試みたことがあるが、何度もこぼれ落ちて、そのたびに絶叫した。たかが虫、何もしない、という人もいるが、何もしないから大丈夫という種類の話でない。これは天敵となった人間にしかわからない、限界すれすれの戦いなのだ。


 だからこそ、新しい商品が出るたびに試してきた。瞬間的に冷却させる、泡で包む、スプレーで事前に出ないようにする。だが、結局どれもある程度戦いを余儀なくされる。だが、ついに出たのだ。


 1回 1,200円。

 安いドラッグストアで購入しても、最安値 980円。Gとの究極の戦闘アイテム。その名も『スパイダー』。名称は、G撃退用なのか、蜘蛛なのかわかりにくくしているが、この商品の使い方を知れば、この名称にした理由も納得できる。


『スパイダー』の使い方はいたってシンプルだ。

 1~2メートル離れた場所から、スプレーを噴射するだけ。もちろん、近づくほど命中率はアップする。部屋の壁、天井、床、ある程度の広さがあれば使用可能だ。階段の段差なども問題はない。ただ、ある程度の広がさ必要なため、隙間などに逃げんこんだときには、使用することができない。


 とはゆえ、目からウロコの商品には違いない。

 Gが出たら、G目がけてスイッチを押す。するとまるで蜘蛛の糸のような形状のスプレーが噴射される。スプレーは飛び出たかと思うとみるみるうちに固まりはじめる。不思議なことに固まり始めると、まるで包み込むかのように、丸まっていき、最終的には10センチ程のボールのような形になる。


 ここまででも優秀だが、さらに気に入っている点は、最後の難関である処理作業が実に簡単なことだ。スプレーを噴射し終えた缶に付属の吸着棒を取り付ける。吸着棒は15センチ程の長さがあり、先端に白い球体を付着させるため、ある程度の距離を保つことができる。あとは、ゴミ袋などに捨てるだけだ。


「でたな!」

 私は、スプレー缶を取り出すと、Gめがけて噴射した。わずかに的がずれたが、スプレーはぐるぐると丸まっていく。私はじっとその光景を眺めていた、万が一、命中してなければ、2手目を噴射しなければならない。


 逃げる姿は見えなかった。

 私はスプレー缶に付属の棒を装着して、息をついた。この商品を見つけてから、3つほど常備するようにしている。失敗することはほとんどないが、失敗した時に2手、3手と使用できるように準備は必要だ。私は白いボール状の物体に近づき、絶叫した。


 命中していた場所がずれたため、体の一部が見えている。

 私は慌てて2つ目のスプレーを取り出し、再び、噴射した。

 白いボール状の物体は、更に大きくなったが、姿は見えなくなった。私はほっと息をなでおろし、スプレー缶に吸着棒を取り付けた。


「しまった! 重くて吸着できない……」

 私は呆然と白いボールを眺めていた。

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