第7話 約束を

 爆音に遅れて耳を塞ぎながら砂埃に目を細めた。

 非現実、非常識とは目の前で繰り広げられた戦闘シーンに対して使う言葉だろう。二人の域になると理解できることだが、カイにそれはまだ早いようだ。

 ファンタジー世界だから魔法があるのはわかる。火炎斬りがあるなら他の属性バージョンもきっとあるのだろう。

 結界もなんとなくでいいのならわかる。どうやってそれをしているかは全くわかってないが。

 だけど、一番の不理解点は戦闘のスピードだ。

 火炎斬りで剣豪レオへ向かう速度から一振りの速度。大車輪でレオの周囲を回転して翻弄させる速度。

 目には見えているけど姿を捉えることができない。振りの速度なんて速すぎて気づいたら振り終わり、お互いの刃同士がぶつかっていた。

 最後には炎に包まれて何が起こっていたのか外にいたカイは何もわかっていない。

 どっちが勝ったのか。

 砂埃が次第に止み、二人の姿がシルエットとして映し出されてきた。

 そこからわかるのはアルも、レオも、二人とも立っていること。

 そしてレオは剣を持ち、アルは剣を持っていない。

 シルエットはやがて色を付けて、二人の姿がはっきりと見えてくる。

 アルの剣が少し遠い地面に刺さっていて、剣を持たないアルは振り切った後の姿勢から動いていない。


「限界を超えた一撃なのに……通用しないの、ですか」


「確かな一撃だったよ。あの技だけを見たらこの国の中じゃ上位百人の中に入ると思う。でも俺は三位だ。まだ通用しないだけで、君は十分凄いよ」


 そう言い、剣豪は星剣の光が薄まったのを見ると剣を元の場所へと戻した。

 アルはゆっくりと刺さった剣を取りに行き、その場に辿り着くと背に戻した。

 剣豪は仮面を被っているからどんな表情なのかはわからない。だけど子供を宥めるように優しい声で、そして優しい言葉だった。


「どうすれば貴方に勝てましたか」


「レオって呼んでいいよ、君と……短剣を貸してくれた彼はね」


 レオは手を振ってカイを呼んでいる。

 呼ばれているのだから行くしかないのだけど、強者達の中にこんなど素人が居てもいいのだろうか、それだけが心配だ。

 しかし、呼んでいる人物が次第に増え、アルもこちらに視線を向けているのだから、行かないという選択肢はなくなってしまった。

 声は距離など関係なく聞こえていたけれど、近づいて会話となると僅かながら緊張してしまう。

 自覚はないが、カイはこう見えても勇者の加護を持っている。その事実だけをなんとか自分の中で誇張して、それを自信に変えた。

 勇者ならば、こんな所で緊張した姿は見せないと。仲間の前で恥を晒すわけにはいかないと。

 そんな調子でカイがレオの横まで移動し到着、そしてレオがアルの質問に答え始めた。


「俺に勝つのは現状ではアル君、君ではほぼ不可能だね。ほぼ、と言ったのは何かをどうしたところで可能性は常にゼロではないからだ。それはこの少年がアル君に勝つのと同じぐらい、想像出来るだろう?」


「カイはまだ剣術を学んでいないからで、訓練を重ねればきっと……!!」


「それも一つの答えだ、否定するつもりはない。アル君も訓練を重ねれば今よりも勝率は上がると思う。だけどね、この少年――カイ君がアル君に一度勝つだけなら、俺と二人で秘密の特訓をすれば可能だと思ってるんだ」


「え!? 俺が?」


 呼ばれたからには何かあるとは思っていたが、アルに勝てるなんて話とは思わなかった。だけどそれは疑わざるを得ない話だ。

 先程まで激戦、字の通り激しい戦いをしていたアルに勝つ方法なんて全然思いつかない。走っている時に転んでそれを上から抑えることで勝つ!! とかか?


「力のないカイ君が勝つためには、まずは最低限の基礎と相手の情報が必要だ。決めさせてあげよう。基礎と情報、どっちが欲しい?」


 両方いずれ分かることだ。

 基礎は今ここでレオに教えてもらった方がいいかもしれない。たがアルに教えてもらっても、結果はあまり変わらないはずだ。

 そもそも、どちらの方が教え上手なのかなんて知らないのだから、良いのか悪いのかはやってみなくてはわからない。

 相手の情報、アルについてもこれから旅をしていくのなら分かっていくことだ。何回も見ればアルの癖などもいつかは分かるはずだ。

 両方、分かる日が来る。だが、今ここで聞くことで片方は効果がある。


「相手の情報、アルについて、今回戦って分かったことを教えてくれないか」


「カイ! 相手はこの国三番目の剣豪ですよ? それで、それで本当にいいのですか?」


「体を鍛えたり、剣の扱いはアルからでも教えてもらえる。でも、アル自身や俺からじゃ見えないことはあるかもしれない。だからこれで問題ないよ」


「レオが独自に行なっている鍛錬なども教えてもらえるかもしれませんよ?」


「それも考えたけど、天秤に掛けたなら情報の方が気になる。アルがどうしてもって言うなら基礎について教えてもらうけど」


「いえカイが……カイがいいと思うなら、私もそれがいいです」


 どうやってそこまで強くなれたのか、そうするためにはどの様に基礎を固めたらいいのか、と分かりやすく説明してくれるならかなり魅力的に見える。

 けれど、レオはどっちがいいかの問いを投げてから口を挟んでこない。

 情報とはどの程度のことまでを指すのか、最低限の基礎の、最低限とはどの程度なのか、それを深く言わないのは少しだけ疑わしい。

 情報は最低限すら分からない自分にとっては少しでもプラスだ。だが基礎については毎日走って、剣を振れなんて言われたらその選択にした意味なんてない。

 顔は見えていないが二人の話し合いに腕を組んで頷いていたその姿を見て胡散臭さを感じたから出した結論だ。


「では、良くも悪くも持っているアル君の癖ね、それを今からわかりやすく言うからちゃーんと聞き取ってね」


 空中で何か持っているかのように両手で構えるレオ。その構える姿はアルの構え方に酷似していた。

 そして前へ飛び込み、右上から左下へと切った。何も持っていないから実際は切ってはいないのだけど、カイの目にはアルの大剣が振られているように見えた。


「一応形だけ真似るとこれが火炎斬りの時の動きだね。言っちゃうと最初のこれを受けたのは動体視力と経験の長さ。他の二つも同じと言えば同じだけど最後に関しては剣の軌道が読めていたんだ」


 ……思い返してみる。

 アルの奥義でもある『大車輪』『大車輪・爆炎』の二つ。そしてレオが見せたアルの『火炎斬り』の真似。第三者視点だからこそ、外から見ていたからこそだろうか、レオが言いたいことがわかってきた。

 癖、とレオは言った。なら言いたいのはきっと――。


「剣を振る軌道が毎回同じ……?」


「そう、よく見ているじゃないかカイ君。毎回右肩から左腰辺りへ両断、それをしてしまっている。もう少し詳しく言えば、決め手の時は毎回右足が前だ。右足を前に、軸にして剣を振る。力を込めて決めたい一撃の時には間違いじゃない。けれど、達人相手に同じ軌道は通じないってことだ」


 必殺技、奥義というのは似た形になりがちだ。派生技なら尚更。

 ゲームや漫画などで進化しても技の名残があることに感慨を受ける人がいるが、現実ではそうはいかない。少しだけでも同じ動きであれば目が慣れ、体が慣れている。

 では、その裏を突いて行動すればいいと考えるかもしれないがそれは違う。

 人間は違いを感知しやすい生き物だ。そして予見し、それを防がれる。アルの攻撃の爆発も、恐らく先に感知されて対策されてしまったのだろう。


「まぁ、ながったらしく言うのもなんだし今日はこの辺にしよう。空が暗くなってきた」


「そうですね、確かに」


 確かに空の色が黒に近い。星も確に見ることができるし、眠気もしてきた。ものの数時間しか活動してないのにもう眠たいのか俺……。


「じゃ、晩御飯といこう! どこか食べられる飯屋があればそこに向かいたいのだけど、どこかいいところ知ってる?」


「カイが目覚めても、その日に村からは出ないと伝えてます。村長さんの家で門出を祝う食事会があるそうです。大人数を想定してるそうなので、レオさんがいても問題ないと思います」


「それじゃ向かおう、村長の家へ!」


 指揮を取り、声を上げるレオ。

 村長の家はここのすぐ近く。歩いてすぐに着いたおかげで、動いた後のアルに優しくてよかった。

 沢山の人がそこにはいて、これからへの応援の声がかけられた。

 それから食事を貰おうと村長さんに会いに行くと、別室に通されアルとカイ、そしてレオの三人だけの部屋に入れられた。どうせなら騒がしくない部屋で仲間だけでどうぞ、ということらしい。


「レオも仲間判定されているけどいいのか?」


「いいんじゃない? 減るもんじゃないし。それに、敵じゃないのは事実だしさ」


 まだ実力のない自分と絡んでいる事が、みんなが思い描いている国三番目の剣豪としてのイメージを損なうと思ったのだが。本人にとってはどうでもいいみたいだ。


「自由奔放ってやつか……」


「普段妖刀を集められるのも、みんながそうやって認識してくれるからだね。いやぁ、ほんと、ありがたい立場だよ」


「ということは妖刀集めは国とは関係なく単純に趣味なんですか? 妖刀の危険性を伝えるための仕事ではなく」


「妖刀になるまでの物語、触れて振れば実感できる。その物語を見るのが俺は好きなんだよね」


 レオはそうやって言い出すと、妖刀について長く話し始めてくれた。伝説と呼ばれた妖刀の話を、これまでの体験談を嬉しそうに話していた。

 ーーその途中。

 レオは突然声色を変えて、壁を睨んだ。

 その様子にカイは困惑し、アルは同じように壁を見て何かを理解し始めた。


「とても強い力がします……」


「この感覚は魔獣、それも上位を超えた超位の魔獣だね。でま、なぜこんなところに……?」


 それがどの程度の強さかは想像でしかわからない。けれど、二人の反応からして容易に理解することができた。相当強い魔獣だと。

 上位と称されるそれを超えた超位魔獣。二人は気配で理解したようだが、カイはどれだけ同じ場所を見つめても分からなかった。


「これでも国に所属してる身なんでね、仕事してくるとするか。この時間の労働とか、残業代とか出るだろうか」


「剣豪、魔導士は常に気を張って市民の安全を守るのが仕事。なので残業代は出ないと思いますよ」


「手厳しいね。そんなアル君に提案がある。俺が超位魔獣を討伐するのを見学するのは、どう? 超位魔獣自体珍しい上にこの俺の動きを見れる」


 レオはまたしても提案をしてきた。

 発言の通り、見学して強くなってほしいだけかもしれない。それが本心であるならばレオはどれだけ良い人なのだろうか。

 だけど、カイには言葉にできない何かをレオから感じ取っていた。仮面の奥、僅かに見え、そこに在ることだけ分かる双眼が、何かを言っているような気がした。

 目は口ほどに物を言うというやつかもしれない。

 しかし実際に超位魔獣は存在して、レオが討伐するのは事実だろう。知る人は知る、国三番目の剣豪が人を騙し市民を守らないわけがない。

 どれだけ考えても提案を受け入れるかはアル次第だ。だけどカイを何度か見て迷っている様子。だから自分の意見を言った。


「俺はこの後の予定は寝るだけだから、アルが行きたいと思うなら行ってきていいよ」


「カイも一緒には……」


「レオがあえて誘わなかったのは何かあった時に自衛することが出来ないからきっと俺は行けない。それにさっきから物凄く眠たいんだ。今日はもう休もうかなって思ってる」


「まぁ、カイ君が説明してくれた通りだね。超位魔獣だから何をしてくるか分からない。あからさまなやつなら被害なんて出させないけど、そうじゃなかった場合が困っちゃうからね」


「……では、見学させてもらいます」


 アルは申し訳なさそうに、そして呟くように言葉を発して頭を下げる。気なんて使わなくていいとは思ったけれど、まだ出会ってから数時間の仲だ。流石に難しい話だろう。


「じゃ、明日あの広場で集合ねー? カイ君寝坊なんかしちゃダメだよー?」


「明日も見てくれるなんていう特別な話を逃す訳はない! きっちり眠って朝一番に立ってるよ!」


 席を立つレオに合わせて立ちながら、カイは宣言した。


「カイ、おやすみなさい。また明日です」


「あぁ、おやすみ。また明日ね」


 就寝前の挨拶をして綺麗で長い白髪をした、少し心配性なアルを見送った。

 その後は特にこれといった話はなかった。

 食事を終えた旨を伝えると、起きたあの部屋を使っていいとしてくれたのでそこに向かって、今目を閉じようとしていた所だ。

 今日だけで色々あった。この世界――アルコールとやらに来る前も含めると一日でまとめるのが勿体無いぐらいだ。

 死からの一応女神のキャノルに会い、この世界に飛ばされて、アルに出会い店主に出会い、そしてレオに出会ってやはり、ファンタジーな世界だと思った。

 ならこの世界なら俺だって、火を出し水を操り風で舞う。そんな妄想めいたことだって可能なはずだ。最上の最上になるんだから全て出来てこそだ。

 俺はこれからの目標を高く掲げて、そして目を瞑って睡魔が睡眠へと誘うのを待つ。

 もう少しで眠れる、と直感的に理解した時と同時だった。部屋の前で誰かが話しているのが聞こえた。


「そうです。渡した刀が気になって……後はカイの寝顔を拝みに」


「そうですかそうですか。それほどまで気にかけてくださるなんて、感謝しかありません」


「よしてくださいよ。カイとは馴染みなんですから、ただそれだけ。魂が変わっても、あいつはそこにいますから」


 その声は店主と村長だ。

 そして扉が開かれる音だ。

 この部屋に入ってきた音だ。

 扉を閉じて、横に立っているのが感覚でわかる。

 普段なら声をかけようかと思うけど、もう寝れるのが直感的に理解しているだけに億劫だ。明日、会った時に話せばいいだろう。

 深く息を吐いたのが聞こえた。

 壁にもたれかけていた妖刀、それを見ている気がする。きっと昼間に見た時に何かを感じたのだろう。流石店主だ。

 刃こぼれが見えたのだろうか。使い方が荒かったから何かやってしまうまたのだろうか、その事が少し気になったので、明日会ったらこれも聞いておこう。

 音でわかる。鞘を抜いて、そして鞘を床に落とした。そして。それからは……

 意識がなく、何も覚えてなかった。いや。

 わからなかった。




 何者かの話し声がする。

 それによって意識がゆっくりと目覚めていく。暗闇から光の中の白色へと、瞼を閉じているが、これは部屋の色と同じだと知っている。窓から太陽の光が入って、部屋を照らしているから白いのだ。


「もうこんな時間だよ……それなのに、起きてくれないの……?」


 少女の声だ。どこかで聞いたことのある声。その声は悲しげに訴えている。

 まだ言葉の意味を頭の中で考えて、答えを出せるほど意識ははっきりしていない。

 だけど、体を起こして目が覚めていると、見てわかる行動をすれば少女の声から悲しさがなくなると思った。


「ぁ、え……? カイ?」


 茶色のロングヘア―に、白と茶色のエプロンドレスを着た少女。その姿には見覚えがあった。

 元の持ち主、その『カイ』の……なんだっけ? 確か、一通り驚いた後におじいちゃんを呼びに行ったはずだ。

 おじちゃん=村長、だから……って単純に村長のことをそう呼んでいるだけもしれないのか。よく考えると何も知らない。

『カイ』については少しだけ知ることができたが、身近な人については何も知らない。

 それは……形容しにくいけど言葉にするなら、嫌なことだ。

 だから俺はこの少女について少しでも知りたいがために質問をした。


「あー、えーっと……ごめん。きみだれ?」


「えっ……ぁ」


 少女は固まり、瞳を、視線を動かして明らかに動揺する。

 なんだかデジャブを感じるような、そんなやりとりが今日の始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生した少年による、ただただありふれた王道の物語 アキちゃんズ! @aki2025

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ