第6話 限界を
剣豪に飛び込んだアル、その手に持っていた剣が炎に包まれる。
ファンタジー作品などでは炎属性の攻撃だから風属性に有効。それに火傷のダメージが入るから使用する。火炎斬りなんてわかりやすくそれに当てはまっていると思った。
しかし、火炎斬りの強さはそこじゃない。
炎に包まれた剣の刃は正確な位置が分かりづらい、それが強みなのだ。
炎のどの位置に刃があるか、手の位置からしか推測できない。達人同士の戦いで刃の位置が分かりづらいのは有利に立っている。
炎の力、火力は高いらしく、剣の軌道を一秒後まで残してくれる。これで軌道も分かりづらい。
素人ならまず受けることは不可能。少し手練れであったとしても不可能だろう。達人ならあるいは。ただしそれは持っている剣が普段使いのものである場合に限る。
剣豪が今持っているのはカイが先ほど渡した短剣。重さも刀身も今さっき知ったばかり。
そんな短剣で防ぐことができればそれは神業。説明不可能な事象で再現不能だ。だから。
剣豪の間合いに入り、気づけば剣と炎が移動していた。
剣は振られ、剣豪を切って炎が全身を包む。
そうなる想像が容易にできていた。だからこそカイの口からは声が漏れた。
「なんで……」
短剣に止められていた。それは右手だけで持っていて、なぜ止められたか理解ができなかった。
炎は短剣に止められたことによって消えている。未だに剣を力を入れているアルが、なぜ押しきれないかがわからない。
短剣で剣を弾いてアルとの距離を取る。
「防がれますか、なら次は……」
防がれ次の策を巡らせていた。目を瞑って集中して考えたいが、悠長にしていられる時間はない。顔を上げ、剣豪を見るとアルに向かって短剣で空を斬って見せていた。
振っているだけの行為。だけどその行動に大きな意味を感じた。
何かは見えていないからわからないが、何かを飛ばしたことが直感的に理解した。
速度はわからない、強さもわからない。ならば剣を構え――。
「ぐっ……!!」
剣を構えることは出来たが、タイミングが悪すぎた。構えてから力を込めるのだが、まだ力が込められていない。
飛ばしてきた何かの強さはあまり強くないかもしれない。だけど力の入っていないアルを吹き飛ばすには充分だった。
「アル!!」
「大丈夫です……まだ、やれます!」
吹き飛ばされ一回転してしまったが、地面に剣を刺して静止することができた。
その様子を見てカイが心配そうな声で叫んでいた。
体はまだ動くし、残している技は後二つほどある。だけど、この一瞬でのやり取りで実力差を知ってしまったのだけが一番のダメージだ。
火炎斬りは今まで受けられたことはあれど、炎の熱気や力で押し切って基本的には優位に立てる技だった。しかし剣豪の前では無意味で、片手で持つ短剣だけで阻止されてしまう。
力押しじゃ勝つことは不可能。それを思い知らされた。
剣技を競い合う場に置いて力はかなり重要なピースだ。攻撃も防御も力でどうにかされてしまうから。
ではカイに言ったまだやれるという宣言は嘘なのか。
違う。あの技ならば……見切られたことすらないあの技なら通じるかもしれない。
アルは足を手で包むとそこに意識を集中させる。僅かながら光がてのひらから放たれ、足に光が集まっていく。
「強化魔法か。火炎斬りを使ってる時点で分かってたけど、君は魔法剣士ってやつなんだね。魔法は補助、剣術が基本って感じかな。どんな技をやってくるか楽しみだ」
剣豪の言った通り、今足にかけているのは強化魔法だ。
腕にかけて力勝負をしても恐らく勝てない、そんな追いやられた状況のみでしか使わない奥の手。
全身に強化魔法をかけるのではなく一部。足だけにかけることで速度重視の戦い方になる。
速度で翻弄して勝てるとは思っていない。だけど一撃、一撃を空振りさせることができれば勝機はある。
強化魔法をかけ終え、剣を持って立つ。
剣豪はまだ腰の剣を使わず短剣を使うつもりだ。それも片手で。
しかし、どんな剣だろうと関係ない。今回は一撃を当てるのではなく一撃を外させるのが目的なのだから。
それは速度による、支配能力
それは観察力による、判断能力。
それは動体視力による、回避能力。
奥義――。
「大車輪!!」
剣豪に向かって走り出すアル。
その速さは火炎斬りの時とは比べ物にならない。目で追うことすら不可能。
見えているつもりのアルの姿は引き伸ばされたようで、恐らくそれは残像。速すぎる動き故に並の動体視力だと捉えられない。
剣豪に向かって一直線。そして短剣が届くその距離になる数歩前、地面を蹴って横に、ではなく、剣豪の周りを走り出した。
一周、僅かに遅い速度だが回り切ると段々と速度を上げ、直線距離で走っていた時よりも速くなる。やがて残像でアルが何人か見えるほど速くなっていった。
それほど速ければ遠心力が、空気抵抗が強すぎて何かしらの影響があるはずだ。単純に足にかかった強化魔法の力が強すぎるだけかもしれない。遠心力に耐えるのは慣れと強さ、それでもわかる。だけどこれは――。
「この範囲だけ空気抵抗と遠心力を消す結界か。剣術の長けただけの少女だと甘く見すぎたかね。こりゃ少しだけ本気を出さなきゃやられるのは俺の方かね」
足に強化魔法をかけるその時に、走ったところに結界を張れるようにしておいた。一周目が遅かったのは、結界を張るためという理由もあったのだ。
アルの速度は未だに速くなり、もう速いとかそんな次元の話ではない。カイの目からは飛び飛びに映像が流れているよう見えている。剣豪の目からは果たして――。
剣豪は目を見開いて動きを見、ゆっくりと短剣を持つ手を両手に変えると、勢いよく振った。
「そこだ!!」
その瞬間だった。
足を止めて剣を地面に突き刺す。
勢いを止めることはできない。だけど剣を躱すことができた。
目の前に振られた短剣があり、その横腹を両足で蹴る。勢いの力もありその短剣は弾かれ飛んでいく――ことはなく、剣豪の手に短剣はまだ握られている。
なんていう力。
だけどそれまでアルは読んでいた。
勢いが止まったのを実感したすると短剣の横腹から、峰の部分を踏み跳び剣豪を上から両断しようとする。
「あぶねぇ……咄嗟の判断、いや先に考えていたか。いい戦闘能力じゃないか」
アルが飛ぶ、そのために僅かに踏み込んだのを見て、両手で持っていたのを左手のみにした。アルが飛び何も持ってない右手で先に受けるために構え、左手から右手へと短剣が投げ渡されてそれで受けたのだ。
非常識な結界の中、常人離れした方法によってなんとか受け切った剣豪。
そうなれば起こる結果は先と同じだ。
弾かれアルが吹き飛んでいく。
――これも通用しない。
一撃確かに外させることができたが、その後の動きが通用しない。
もしかしたら一撃外したの剣豪の作戦だったかもしれない。こちらに攻撃の瞬間をわざと見せて避けさせたのかも。
全部読まれていたのならばどうしようもない。
作戦もとっておきの技であった奥義も、見てすぐに見破られていたのならどんな手段を使っても、この剣豪に勝つことはできない。
だけど無敵ではない。この剣豪の上に二人の剣士がいるのだから何かしら方法があるはずだ。
剣豪を見、じっくりと観察しながら先程までの二撃を思い返す。
「そこの少年、この短剣を返す。取りに来てくれ」
そうやって剣豪を見ていると、カイに短剣を返していた。
もしかしたらカイに何かするのかと、少し緊張したが、剣豪にそんなことする必要がないと頭で理解して落ち着きを取り戻した。
動きに疑問を持ち敏感になることはいいことだ。だけど冷静さを忘れてはいけない。
落ち着け。だけど思考を止めるな。
「まだ諦めないか。少女、名乗れ。貴様を剣士と認め全力を尽くそう」
「アル・マヒク。次で終わらせてもらいます」
「なるほどね。俺の名はレオ・スターズだ。この名前と星剣だけ覚えていてくれたらいい」
剣豪――レオは腰の剣を抜いた。僅かに光を放つ剣を。
気迫が先程とは段違いだ。
直視していると手足が震えてしまう。
体が理解しているのだ。レオの力に。
喉を鳴らして剣を構える。最中、考える。
今までは遊ばれていたから影響が出るような怪我すらしないようにしてくれていた。だけど今は違う。真剣、己が獲物を取り出しているのだからそれは命がかかった戦場だ。
生半可な技なら通用しない上に躊躇いなく両断される。
奥義と呼ばれる技では無理だ。必ず勝てる、必殺の技ではなくては無理だ。体がどうなろうと限界を超えないといけない。
アルは足にかけた光を胸に当てて全身に強化魔法を流し込む。
魔法を使うにはもちろん魔力が必要だ。魔力は問題ない。
たけど許容量以上の強化魔法をかけたらどうなるか、それはわからない。
だけどそれをしないとレオには勝てない。カイに負けた姿を見せたくない。その意地で限界を超えて耐えて、そして勝ってみせる。
「星剣、アルアース。あの剣士に見合った力を見せてくれ」
レオの星剣の光が緑色に変化し、光を強くした。
光の意味はレオ自身ですら知らない。ただ、発光の眩さが強くなれば強くなるほど、力を引き出してくれていることだけ知っている。
引き出す必要がないのであれば光はむしろ失われていく。先程よりも光を放ったことで星剣もアルを剣士だと認めている。
結界はまだ切れていない。
遠心力と空気抵抗はレオの周りでは存在しない。
だからこそ『大車輪』と同じような速さを使える。そして火炎斬りのような位置の惑わしと、火炎の火力があればあるいは……。
限界を超えた奥義、それは。
「大車輪――」
剣豪の周りを大車輪の時同様に高速回転。
それだけでは先と同じ、違うのはここからだ。
回転している、その最中にも攻撃を加える。炎を纏ったアルの剣がレオを襲う。
それを難なく受けるが、その時には背後まで移動している。そこでも一撃。だけど、それもレオには通じない。視野の端でなんとか捉えて反応した。
それを続けていくとアルの走っている地面から炎が生成されてくる。炎は上へと上へと伸びていき、やがてアルの全身を包むが、まだ上へと登り続けている。
その最中もアルは足を止めない。手を、剣を止めない。
最後の瞬間まで全身を動かし続ける。
そして炎が三メートルを超えた所で炎の火力が上がる。アルの全身の力も限界を超えている。
炎はアルの意志と同期している。直感で理解した。ならば、この後にかけるつもりの一撃、それに炎の力も加えることができるだろう。
全力での一撃を防がれて、速さに対応されて、一見なす術がないように見える。
一撃ならば、今までの力を超えられる気がしている。その一撃は……今だ。
大車輪の続き、それを叫びながら炎の火力を上げる。剣の炎とレオの周囲の炎の同時攻撃。
剣の炎は剣と共に、周囲の炎は光を放ち限界を超えての一撃。
それが大車輪――。
「――爆炎!!」
炎は爆ぜ、辺り一面に砂埃を上げた。
爆発音が耳を刺激し、遅れて風の音がうるさくなった。
そして、そして決着は――。
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