第5話 剣豪
声高々に宣言したが、あれから十分。既に取り消したいと思ってしまっている。
腰にあるこの妖刀。鞘を抜いて刀身を見ると重さを全く感じることなく刀を振ることができた。後から重さや振ったことによる腕の痛みやらが来ることを除けば、いい物を貰ったと言える。
しかし、腰につけている今は刀身が見えないため単純に重い。何キロかなんて分からないが、そもそもキロ単位の物を腰に付けることなんて普通はない。
重いし、体の節々が痛い気がする。可能であるなら今すぐ外したい。
そんな感情、疲れ故に取り消したいのだ。
だけど自分自身に嘘をつくのは数少ないプライドに反するし、なにより――。
「カイ、大丈夫ですか? 日常的に運動していないなら疲れてもおかしくないのですよ、一度休憩にしますか?」
長い白髪のこの子、アルに嘘をつきたくない。
「そうしようかな。一回、足を休めたいな」
「じゃ、あそこで休憩しましょう。広い空間がある場所なので、座って休憩ぐらいはできると思います」
アルが指したのは初めて会った場所だった。剣を振り、鍛錬していたところにおじいちゃんがカイを連れてきた場所。
確かに広いスペースがある。野球が満足にできるぐらいにはそこは広かった。
小学の頃は日が傾き、世界が赤みがかるまで遊んだものだ。その景色で大体の時間を把握、そして帰宅していた。
そんな色と同じように日が傾いている。
今がどの季節なのか知らないので、正確な時刻はわからないが六時頃だと勝手に定めさせてもらう。
そんな時間なこともあって、この空間にいるのはカイとアルだけだった。
腰を地面に下ろして足を楽にしていると、アルが立ち尽くしたように空を眺めている。確かに雲の形や赤の色で、綺麗と言えるだろう。だけどアルはそんなことを考えていないような気がする。
何かの心配事か? もしかして勇者なのに、剣も振ったことない素人だって知って実は呆れていたりするのか……?
それはないと思う。この短期間、数えれるほどの時間しか共に過ごしていないけどアルはそんな性格じゃないと言い切れる。言葉の端々や、幼い子に見合った仕草や優しさからそれを感じ取ることが出来る。
じゃあ、アルは何を思い悩んでいるのだろうか。
素直に聞きたいのに、空気感や話してこないのを察して躊躇ってしまう人がいるだろう。だけどカイは違う。そんな空気感なんて知らないと、率直に聞くことが出来るのだ。
「アル、何か悩んでいることでもあるのか? 空を眺めている風には……見えないけど」
「わかりますか? 悩み……と言っても単純なことです。それは……少しだけ、ほんの少しだけですが、不安になってしまっていました」
「不安に? これからの冒険の旅について?」
「あっ、カイが素人だからって訳じゃないですよ! ただ……自分で本当にいいのかなって」
そこで素人なのを口に出しちゃうと、片隅では考えてたことになるんじゃないですかね。事実だから何も言わないけど、言っちゃうのは少し傷つくよ……。
自分のことはいいんだ。いや、良くはないけど一旦隣に置いておこう。
アルが、自分が冒険の仲間ということに悩んでいることについてだ。実力はおじいちゃんや店主の発言から見て一般人の域を超えていると思う。実際、剣を振っているのを見たカイ目線、あれだけ軽快に振るには相当な訓練が必要だと思っている。
こういうファンタジー系、冒険系で最初に仲間になる人としては優秀、むしろ最高と言えるメンバーだとカイは勝手に思っていたのだが……。本人は意外と考えてしまうタイプのようだ。
「強くて、可愛くて、優しい。この三拍子が揃っているんだ。むしろこっちからお願いするイベントが発生しないとおかしいぐらいだよ」
三顧の礼みたく三回は尋ねないといけないとか、お題に応えないといけないとか、力はまだなくても根性だけはあるのを見せないといけないとか。
大体はこんなイベントを踏んでから、家族からも行って来いと言われて仲間になる。よくあるもの、テンプレとしてはこんな流れだろう。
だけどカイが体験したのは起きてすぐに仲間候補の元へ連れられ、強くて、可愛くて、優しい人が加入! 準備万端で都合が良すぎる。都合が良すぎてこれから先が少し怖いと感じてしまう程だ。
「だから、アルが仲間でいたいと思うなら是非。仲間でいたくないなら頼みに行く。どうしてもって言うなら……またどこかで会ったときに仲間になる、とかか?」
「そんなに……私でいいのですか?」
「で、じゃなく、が、だね。アルがいいんだよ」
「……それは、さっき上げた三つの内一つの、強いところがなくてもですか?」
「どういうことだ?」
空を見上げていた視線はこの広場の真ん中へと向けられていた。
アルの言葉の意図がわからず、同じくカイも広場の真ん中へと視線を向けた。そこにあったのは……。
――星だ。
言葉を選ばず、脳が直感的に表したのなら星だ。もちろん比喩表現で、空に浮かぶ星が落ちてきた訳ではない。
その姿形が星に似ていたわけでもない。
ただ、存在感を放ちながら静かに佇むその姿が星と表現せずにいられなかったのだ。
黒髪が毛先にかけて白に変わっていくグラデーション。服は白と黒の着物で、腰には刀が添えられている。
一番印象的なのは顔で、そこには仮面が付けられていた。
容姿や佇まいから年齢は想定出来ず、どういった人物なのか全くわからない。だけど、只者ではないことは誰の目から見ても明らかであった。なぜなら――。
「いつからあそこに……?」
「わかりません、気配が全くなかった」
それを言ったアルは剣を手に取ることはないものの、身構えている。いつでも行動を起こせるようにと。
だけどそんなアルを気にもしないように、白黒の人物はこちらへとゆっくりと足を進めてくる。
そしてカイの前へ立つと、指差して声を出した。
「それ、妖刀だよね? 一つ、お願いを聞くから譲ってくれない?」
軽く言葉を投げてくるが、声はかなり渋かった。そして、声から男性であることがわかった。
店主の話、アルの反応から推察するに恐らくこの人が――。
「この国三番目に強い、剣豪……?」
「そうだとも。こう見えて剣の腕は国で三番目さ。一は才能。二は特殊。三は星剣。その三が俺さ。まぁでもこの俺も結構特殊なんだよねー。星剣と言われてるが聖なる剣じゃなく星の剣だしさ」
「お、おう変わってるんだな……」
「そうそうそう、変わってるんだよねー俺って。世間では妖刀狩りだなんて言われてる妖刀集めが趣味な訳だし。何も知らない一般人が妖刀に飲まれる前に回収してるって一応上には言ってんだけど、結局は趣味の域を出ないからさ、積極的ってわけじゃないのよ」
「う、うん……?」
「じゃあなんでここにいるかって言われたら直感、本能ってやつだよ。近くじゃなかったら寄らないんだけど妖刀の気配が近くからしたからさ、そりゃ積極的じゃなくても行かなきゃ損だと思ってー……気づいたらここにいたってわけだ――それでその妖刀譲ってくれない?」
「長い長い長い、情報量多すぎて処理しきれないから! もっと簡潔にまとめれないのか!?」
「国三番目の剣豪、趣味は妖刀集め、気配がしたからここにきた、以上。これでわかるか?」
三行で説明するならこれ、とばかりにまとめられたこの男の情報。
普通なら驚くべき男の登場。だけど情報の波に飲まれたカイはその反応を示す隙など与えられなかった。
まとめられた情報でやっと処理ができてきたばかりだ。処理結果答えられることは一つ。
「妖刀はやらん! これを扱えるようになるのが一先ずの目標だから!」
カイの答えに剣豪は顎に手をやって少し考え込む仕草をする。
始まったばかりの冒険。それなのに一つ願いを叶えると言われても特に困ったこともない上に、ここで欲するものなんて高が知れている。
ならば勝手な想像で、後半まで使えると思っているこの妖刀を選んだ方がマジだ。なにより、妖刀を使えるようになると宣言した。
なら譲り渡すなんて選択肢はカイにはない。
「覚悟の決まった目だ。うーん、なら仕方ない、か」
「立ち寄ってくれたのに、なんか……すいません」
「いいよいいよ。そんな覚悟を決めた目を見せられたら駄々をこねるわけにはいかないだろ? そうだ! 最後に一つ助言、というか妖刀の仕組みを教えてあげよう」
剣豪は腰の刀を抜いて、刀の全身を見せる。
僅かにだが淡い光を放ち、カイの妖刀とは別の魅力がある。
カイの妖刀は脳に直接魅入るように信号を送っている、無理矢理の様な感覚だとすればこれは素の美しさだ。
剣豪の持つ刀は素で美しいのだ。淡い光がその美しさを際立たせている。
「妖刀を扱うには所持者の力で妖刀を抑えるか、それか妖刀に認められることが必要だ。俺は認められてこの世界一の剣を握らせて貰ってる。その妖刀がどの程度の力かわからないが、抑えるよりも認めて貰った方が楽で簡単だ。まぁ、何をどうしたら認めてくれるかは知らないけどね」
「認められる……か。覚えとく、ありがとう剣豪さん。いい人だね」
「いい人か、言われたこと中々なくて嬉しいなー。機嫌いいから俺から一つ、提案させてもらっても、いいかな?」
剣豪はビシッと指を差す。
指を差されたのはカイの妖刀――ではなくアルだ。
アルは少し驚いたように身体をビクッと跳ねさせたが、深呼吸をして剣豪の言葉を待った。
「そこのお嬢ちゃんから向けられる視線。憧れや尊敬的な意味は勿論あると思うけど、殆どが挑戦的な目だ。何か、やりたいことがあるんじゃないの?」
剣豪に言われ、アルは少しの間沈黙する。
その沈黙の間に何を考えていたかは想像すらできず、理解できない。
だからアルはカイが理解できるように、覚悟を決めた目で話した。
「……カイ、少しだけ挑戦してみてもいいでしょうか?」
「挑戦って……?」
言葉の意味は理解している。この場において挑戦とは何に対して指しているのかも。
なのに直ぐに理解できなかったのは怖かったからだと思う。
失礼だとはわかってるけど、アルが負けることが怖いのだ。負けた後に、何かを言うそれが怖いのだ。
だけどそんな我儘は言ってられない。アルがやりたいと言っているのだから拒否する権利が自分にはない。それぐらいはわかってる。
「アル。国三番目だろうが剣豪だろうが関係ない。勝ってくれ!!」
「はい! 見ててください。最初から全力で行きます!!」
背中の剣を取り出して剣豪に構える。
目は真剣そのもの、瞬きをするのを忘れるぐらい目を見開いて相手の動き、言葉全てを見ている。
「少年! 君が持ってるその短剣、少し借りれないか。いいなら投げてくれ!」
剣豪は腰の刀に手をやらずにカイに向けて手を振っている。
なぜ自分の愛刀を使わないのか、そしてなぜカイの持っている短剣なのか。そんなことはわからない。だけどこの最上級の試合に求められるものがあるのなら、遠慮なく差し出そう。
カイは短剣を剣豪に向かって投げた。
クルクルと回転しながら飛んでいく短剣を、剣豪は難なく掴んで手に取った。
そして獲物の感触を確かめるように少しだけ触れると――。
「準備できたよ。待たせて悪かったね……。来な」
剣豪は棒立ちで剣を前に構えた。
一見舐めているとしか思えないその立ち姿に笑おうと、文句を言おうとしても何も言えない。
それは剣豪の全身から放たれる何かのせいだ。
気配、オーラ。様々な言い方ができる見えない力。気力による圧が見えないながらもアルを、カイを襲っているからだ。
気力に場を圧倒されながらもアルの構えは一切崩れていない。喉を鳴らし、緊張を露わにしているが、畏れて動きが硬くなることは決してない。
――剣豪は動かない。
来な。と宣言した通り、自分からは動かないつもりだ。
ならば行うのは普段は見せないとっておき、奥義と呼ばれる一撃。
長期戦では経験差で明らかに不利。短期戦。それもこの一撃で終わらせるぐらいの気持ちだ。
アルは剣を握る手に力を込め、剣豪のように気力を高める。
心技体。技と体は負けようとも心だけは負けないつもりだ。
アルに緊張はもうない、いつも通り。それ以上の力を出せる気がする。
握る力は更に高まる。
そして一番力が高まったその時、剣豪に飛び込みながら叫んだ。奥義――。
「――火炎斬り!!」
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