第4話 妖刀

「それでお嬢ちゃん。カイにはどの武器が合うかわかったか?」


「振り方や姿勢から適性はあると思うのですが、適正が低いかもしれないですね」


「同じ言い方だからカイには伝わってねぇよそれ。才能はあるけど体力や筋力がねぇから惜しいってことだよ」


 店主がアルの発言を翻訳してくれたことにより、カイがやっと理解した。

 この身体だから筋力がない、のではなく、元の現実世界でも身体を鍛えたことなんて一度もない。それはこの身体の持ち主も同じようで、重いものを軽々と持てたり、ジャンプ力が上がっていたりしなかった。

 歩いてる最中に足にかかる負荷で痺れて、やがて痛みを放つところまで同じだ。

 よくアニメや漫画などで最初から剣を振れているが、あんなのが出来るやつは普段から身体を鍛えてるやつ以外ありえない。実際はカイの様に、俺みたく数回振ったら肩で息をするぐらい筋力も体力もない。

 もしかしたら転移・転生の際に、こっそりと与えられた力かもしれない。それが普通なら、カイにさせた女神キャノルはど忘れをする天然か、力を与えない鬼畜ということになる。多分、あの性格的に鬼畜の方だろうけど。


「まぁ、そんなこと言っても仕方ないよな……。アルに愛想を尽かされないために、頑張るしかないか」


「おぉ!? カイの見た目から発せられるとは到底思わなかった言葉だ! 頑張れたんだな、カイ」


「頑張ることは昔からしてたよ! 人から見えることをあまり努力してないだけで、ちゃんとしてたよ。しかも見えることもしてたし見てなかっただけじゃないか?」


「あー、中身が勇者の加護を持った別人だと思えないな。カイっぽい少し捻くれた返事だ」


「そんなに似てるか?」


「十割カイと同じだな」


 自分は自分の性格は好きだが、客観視した時、気に入られたものじゃないことは自覚しているつもりだ。だからこそ、同じ性格だった『カイ・アキヒト』のことが心配になる。

 人前では頑張るとか、努力とか、そんな汗くさい姿を見せるのが恰好悪いと思っている。一人静かに努力して少しの結果を出してはいるが、他人には気にも留めない程度。それが俺だ。

 頑張ると口に出したそれも、別に誰かに聞かせるつもりで投げた言葉じゃなかった。だから聞いた店主は驚いたんだろう。

 どこまで俺は『カイ・アキヒト』と似ているのか知らない。同じ考え、見た目なら覚悟を決めて最上を目指そうとしていたのだろうか。そして、同じように命を……。

 だとしたら、無念で悔いしか残っていないのだろう。勝手だが、その気持ちは理解できる。どうしようもなくて何もできないその感覚。

 嘘はつかないと宣言した自分だ。だから口に出して宣言した。全部勝手な妄想かもしてないけど――。


「最上を目指してやる。誰にも負けない剣技を身に着けてキャノルが言ってた魔王も倒してやる。これからは嘘はつかないって決めたから」


「その為にはまず適正な武器選びです。カイ、この短剣はどうですか?」


「アル!? い、いつから聞いてたし!?」


「考え込んだ後、最上を目指すって宣言した時には既に横にいましたよ」


 全身が沸騰しそうなぐらい恥ずかしい。こっちの世界に来てから羞恥心をずっと抉られてる気がする……。

 それは今までの自分と違うことをしている証拠ではあるのだけど、慣れるまでは流石に恥ずかしいと感じてしまう。

 その恥ずかしさを誤魔化すようにアルから短剣を貰い、それを試しに振ってみる。


「当たり前だけど、さっきよりも軽くて振りやすい」


「うん、やっぱりカイにはこれぐらいの短剣が今はいいみたいですね」


 包丁よりは長い、刃渡り四十センチほどだろうか。なんだか包丁を振り回しているみたいで、してはいけないことをしているというか、背徳感というか、形容しがたい気持ちになってしまう。

 周囲をちゃんと確認してから振って、また確認して。そんなおかしな光景に別に何を言うこともなく、アルも店主も見ている。


「言いつけを守ってきたやつほどあんな風になるよな。お嬢ちゃんは経験ある?」


「私は幼いころから剣を振ってきたので、経験はないですね。ただ、ああいった挙動をしている知り合いがいたので、そういうものだと思ってます」


「挙動不審な犯罪者みたいで面白いけどな」


「おい、流石に犯罪者は酷いと思うぞ! 誰もが通る道なら可愛いなぁ、とか無言で頷いて達人面とかにしといてくれよ!」


「可愛いと思われたいのかお前……」


「アルからならいいけど、お前からは嫌だ」


「安心しな。格好いいとも可愛いとも考えたこと一回もないから。これからもないからこれも安心しな」


 外野、特に店主がうるさいながら短剣の具合を素人ながら振って確かめた。アルが選んでくれたからか、とても振りやすい。手に馴染むという言葉はここで使うためにある。それが過言ではないぐらい振りやすかったのだ。

 気に入った俺は頷きながら、星の埋められた鞘を撫でていた。


「これを――」


 買いたい。

 それを言う前にアルは店主にお金を渡し、購入の手続きをしていた。


「なんだよカイ。勝手に話が進んでるからって拗ねてんのかよ」


「いや、よくこれを買いたいってわかったな、って」


「流石に誰でも気づくだろ、あんなに振ってんだから。気にいらなかったら一振りで嫌な顔をするもんだお前は。だけどそれをしてなかった。だから買う。この嬢ちゃんもわかっていたようだぜ」


「こう見えて人をよく観察しているのです」


 店主に言われ、話題を渡されたアルはない胸を張って、わからない程度にドヤ顔をする。

 意外、ではないけど思ったよりも見られていたんだな。

 アルに常に見られてると思って振舞いたい。今は力がなくて情けない姿を見せるかもしれないけど。

 そんなことを考えていると、アルと店主の手続きが終わったようで、ここに来る時同様に、袖を軽く引っ張って次の場所へと向かう。

 ――その時だった。


「あれは? あの剣……いや、刀か? 少しだけ見てもいいか?」


 刀が乱雑に樽の中に刺してある。恐らくほとんどが安物なのは扱いから見て明らかである。

 だけどその中に一つ、明らかに異彩を放っている刀があった。黒色の鞘のその中。溢れんばかりのオーラ、力を感じた。武器についてまるっきりの素人である俺が、そう思ったんだ。きっと何かあの刀にはあるかもしれない。

 アルから了承を貰い、樽に近づいてその刀を手に取った。

 持っている分には特に何もない。あるとすれば重たいことだろうか。

 その剣を眺めているとアルも近づいてそれを見ていた。もしかしたら物凄い力がある秘宝なのかもしれない。期待を込めてアルと店主を交互に見ると、店主の方が口を開けて話した。


「それは旅人が売ってきた刀だな。そいつが言うには妖刀らしい」


「妖刀。どんな過去があったりするか知ってるか?」


 妖刀と呼ばれるぐらいだ。いわくつきの理由があるのだろう。

 例えば持ち主は不幸にあうことだ。持ち主の身体が腐食していくことだ。代償に寿命を取られることだ。

 これに至った経緯までしれたら対応策なんかも取れるかもしれない。せめていわくつきの内容ぐらいは知っておくことで、もしかしたら自分は使える、そんな代物かもしれない。

 そうした期待を込めて店主に問うてみたが、返ってきた返事は期待とは違うものだった。


「いいや、知らねぇ。ただそいつの持ち主が、妖刀狩りに襲われたらまずい身分だったみたいで、仕方なく売ったそうだ。切れ味は本物だから本当は高値で売りたかったんだと」


「なるほど?」


 妖刀なだけあって切れ味は本物。

 よくある話だと序盤中盤で登場するのに、最後まで使えるほど強いイメージが勝手にある。物がもしかしたらどこかの地方に封印されていたもので、途中で手放すことになったりするのもあるあるだ。

 逆にその展開になるまで、妖刀で立ち向かえなくなって刀を変える。そんな話はほとんど聞かない。だからもし使うことが出来たら武器の面で悩む必要がなくなる。

 だけど、妖刀のいわくつきの呪いの部分がわからない。しかも、売ってきたやつは妖刀狩り? に襲われたらまずい身分……。


「襲われるのは誰でも嫌じゃない?」


「いや、妖刀狩りは妖刀を正しく認知せずに使用してしまっている人がいるかもしれないから、直接会いに来て話をするだけの人らしい。この国で三番目に剣の腕が立つことで有名な剣豪だ」


「妖刀をその人に渡したら、それ相応の願いか別の刀をくださる。って話までなら私も聞いたことがあります」


 随分と暇な人もいるんだな、それがこれを聞いた時の感想だった。

 なにかしらの力で妖刀を探知して、現地まで移動して回収、もしくは説明。

 三番目に剣が強いのも道中で鍛えているからかもしれない。そして魔物の討伐などをして角や骨を売る……。それで生計を立ててるなら暇なんてものじゃなかったかもしれない。


「その妖刀、お前にやるよ。ここに置いてても仕方ないし、それで剣豪を呼び出して剣の稽古でもつけてもらったらどうだ?」


「呼び出すって。召喚道具と召喚獣みたいに言ってやるなよ……。剣豪なんだったらさ」


 俺は妖刀の鞘を取っていく。

 現れた刀身にその場にいた三人は固まった。

 素人でもわかってしまう。この剣はとてつもない力があるということ。そしてその分何かしらのいわくつきの呪いがあることも。

 白く、いや銀に輝くそれは僅かな光にも丁寧に反射していて美しい。重みなんて忘れてしまいそうな程に研ぎ澄まされた刃は、少しでも触れると傷をつけ、振るとなんでも切断出来てしまいそうだ。

 試しに、剣を振ったあの時のように一振りをした。

 腕の、手の痛みなんて忘れていた。さっきよりも重いのにそんなものは感じられなかた。空気を切る音は静かだが確かにあって、振られたことで刀が喜んでいるようにも思えた。

 でも、何か。何かおかしい。

 流石にこの刀に入り込みすぎだ。剣に捧げたような人物ならまだしも、俺は今日まで触ったことすらない素人だ。一旦鞘に納めたい。

 だけど、この魅入ってしまう感覚を理解しても、否定するのが酷く苦しい。ずっとこれを見ていたい。これを振っていたい。これで切ってみたい。

 この考えはまずい――。


「あぐっ!」


 刀を構えていた。柄を握るその両手の内、右手をなんとか離して勢いのまま上にあげていく。

 その右手はカイの額に直撃し、少しばかり怯んでしまう。その怯みの間に正気を取り戻して鞘に納めた。


「はぁ、はぁ……。本当にまずかった。危ない。精神を飲まれるってやつか、今の感覚が」


 肩で息をしながら妖刀を地面に置いた。

 恐ろしい。筋力がなくて何度も振れなかったから恐らく冷静になる時間があったんだろう。腕と手がいてぇ……。筋力がないことに感謝だ。


「カイ、大丈夫ですか!? 少し魅入って動けなくなって助けにいけなくてすいません」


「無事だったから大丈夫だよ。こっちこそ心配かけてごめんな。この妖刀は鞘を付けたまま、力がつくその日まで持っているだけにしとこう」


 また魅入ってしまい、鞘に戻せる保証はどこにもない。然るべき日が来るまで腰にあるだけの存在になってもらおう。重いけど、それも修行だと思おう。

 こうまでして持とうとしているのも、もしかしたら異常なのかもしれない。だけど、あの刀身を見てしまったら、他の剣や刀を使えない。

 そもそものこの妖刀が使えないから短剣を使うが、そんなことがなかったら妖刀のみでいきたいぐらいだ。


「それにしても凄い力を感じたな。妖刀は持ち主の力量に応じて制御できると聞く。だから、それを上手く扱えるぐらい強くなって、魔王とやらをぶっ倒してきてくれ!」


「制御……いつの話になるのやら」


「ただ、強さだけが制御に関わるわけじゃないですよ。精神が強靭な時でも制御でき、妖刀に認められた時も制御できるって聞いたことがあります」


「アルなら制御できそう?」


 その質問に少しの間、顎に手をやって考え込んで結論をだした。


「そこらの妖刀なら制御できると思うのですが、その妖刀はかなり力が強いと思います。なので、今の私じゃ制御できないかも」


「アルでも無理なのか!? 店主さんはできたりする?」


「残念だが俺はその嬢ちゃんの一割の力もないからな。嬢ちゃんで無理なら俺なんかじゃ逆立ちしたって無理だ」


 それだけ強い呪いを持つ妖刀。

 少し重いが、魅力の詰まったこいつを使える日なんて果たして来るのだろうか。


「いや、この妖刀ぐらい使えないと最上なんて無理だ。妖刀狩りの人も魔王も全部超えてこそ最上。俺はそこに至ってみせる!」


 声高々宣言する。

 俺はもう嘘はつかない。宣言した以上、最後には絶対辿りついてやる!

 一人で無理だとしてもきっと大丈夫なのだろう。


「カイ、一緒に頑張りましょう!」


 こう言ってくれる可愛らしい仲間がいるのだから。

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