第3話 武器屋

 赤と白のエプロンドレス。近いものといえば昔話の赤ずきんを思い浮かべるだろうか。スカートや袖口にフリルが施されとても可愛らしい。

 そんな服を身にまとった幼いこの子の目。目と目、視線が交差しているだけなのに、こちらが一方的に怯んでしまう。小学の高学年ぐらいの背丈しかないのに怯んでしまうのだ。その赤い目に。


「そうだよアル殿。この方が勇者様……。まだ名前を聞いておりませんでしたね。良ければ名前を聞けせてもらってもよろしいですか?」


「元の世界だと海馬秋人って名前――」


「カイバ、アキヒト……?」


 驚いた様子で名前を復唱したのはおじいちゃんの方だった。やはりこの世界では、日本名だと少しか、もしかしたらかなりの違和感になっているのかもしれない。

 なら、もう少し馴染み安くて呼びやすい名前。それに合致して自分でも納得出来た名前を改めて名乗ることにした。


「でも、この世界だと違和感がありそうだし別の名前を名乗ることにするよ。カイ・アキヒト。これでどうかな?」


「とてもいいと思います……! その体の、私の孫も、その名を使ってくれることを喜んでいることでしょう」


「そこまで!? そんなに綺麗に馴染めてるのこれ」


「孫の名前と同じだったので少々声を大きくしすぎたかもしれません。すいません」


 偶然の一致。

 確かに、ベッドで目を覚ました時にいた少女も自分の姿を見てカイと呼んでいた気がする。見た目が近いだけでなく、名前も近かったということだろう。

 そんなやりとりを見ていた赤目の子は、お辞儀をして自己紹介を行った。


「私の名前はアル・マヒクです。アルって呼んでください」

「改めて、俺の名前はカイ・アキヒト。アル……ちゃんよろしくね」

「ちゃんはいらないです。カイって私も呼ぶからアルって呼んでください」

「わ、わかった。えー……アル?」

「はい、アルです」


 なにこれ無性に恥ずかしい。ただ名前を呼びあっているだけなのに顔が熱くなっているのがわかった。付き合いたてのカップルじゃあるまいし、なんでこんな……。

 お互いの自己紹介も終わり、話というか、場の流れから一緒に行動することになった。とは言っても今自分が何をすればいいかわからない状態なので、逐一アルに相談しながらだ。

 傍から見れば年の離れた兄妹で、兄が妹を指で案内している様に見えるだろう。だが実際は妹の方が案内している側で、カイが指をいろんな場所に向けているのは――。


「あっち? いや、こっちだな!」


「あっちですよカイ。もしかして方向音痴なんですか?」


「もしかしたらそうかもしれない……。というか、知らない場所なんだからこれぐらい迷うのは普通だって! アルもどうせ最初は迷子になってたでしょ!」


「そうですけど、今は私という案内役がいるから迷うことはないはずです。ここは右ですよカイ」


 左に曲がろうとしたところで呼び止められて訂正させられる。東西南北がわかりにくいのが悪い。あとこの村迷路みたいに曲がり角が多すぎる。

 三個目の角を右、そして二個目を左に行って突き当り。その辺りで頭が痛くなってきた。右に行ったのに左に曲がったら元の道に戻るんじゃないの? わけがわからない。

 その光景を見ていたからかアルはその後からは曲がり角の度に、まだ真っすぐです、ここで右に曲がります。とその都度教えてくれる様になった。

 そして十分程度歩くと、村の端の武器屋に辿りつくことが出来た。

 この村はなぜか崖下にある村で、崖を穴を開けてそこで店を開いていたのが武器屋だ。現実と環境が恐らく違うからこうした崖の下に村が作れるのだろう。もしかしたら偉大なる力とかが働いて守ってくれていたりするかもしれないし。

 この異世界に思いを巡らせていると、アルが袖を引っ張って声をかけて意識を現実へと戻ってくる。


「カイ行きますよ? お金の心配してるなら問題ないですよ。この村に来るまでに色んな魔獣の角や骨を売って来ましたから」


「急にファンタジーな単語が……やっぱり魔獣がいるし、その角や骨って高値で売れるんだ」


「種類によりますね。そこらにいる犬の魔獣は激安ですし、ゴブリンは無駄に知能がある分厄介なくせに得られるものが盗品ですし」


「なるほど。それでアルは今いくら持ってるの? あと、お金の価値がわかってないから一食、食事をするとどれぐらいなのか相場も教えてくれると助かる」


「所持金は一五ゴールド、一食二シルバーです」


 現実での食費を四万として、四万÷九〇は四五〇ぐらいなのを昔調べたことがある。二×九〇で一八〇シルバー。恐らく千で単位があがるから……結構持ってない?

 もしかしたらこの世界の食費がかなり安く済ませられるだけかもしれないが、それにしても持ってると思う。


「いらっしゃい! 話はもう聞いてるぜ勇者さん。いや、カイと呼んだ方がいいか?」


 身体の大きい男だ。縦には単純に身長で大きく、横には筋肉で大きい。

 髪の毛がなく、奥で燃えている炎の光がスキンヘッドの頭を光らせている。見た目、そして一声からわかる、元気なタイプだ。

 店は洞窟の壁に武器がかかっていて天井に明かり。そして奥には工場らしき場所が見える。そこの炎が頭を光らせていたのだ。


「それはどっちでもいいよ。それにしてももう話がここまで来てるんだね」


「この村は広いけど情報が伝わるのは一瞬だ。それでどうだ」


「どうってなにが……?」


「そこの嬢ちゃんと仲良くやってるかって話だよ。かなり腕が立つみたいだから、仲がいいなら嬢ちゃんに選んでもらいな。仲良くないなら……あー、これを機に仲良く、な?」


「いや、な? じゃないが」


 余計なお世話だし少し鬱陶しい言い方なのがムカつく。アルとはこの短い時間でこれだけ仲良くなったんだ、ってところを見せつけてやるぜ。


「アル、武器とかわからないから教えてくれない?」


「わかりました。一つずつ試させてもらいましょう」


 アルは快く受け入れ、店の中こと洞窟の中に飾ってある武器を一つ一つ眺めて吟味し始める。数が多いだけ時間がかかりそうだ。

 こっちからは敬語なんて使わないでタメ語で話せるんだぜ。しかも名前は呼び捨て。これは仲がいい。

 店主に対してドヤ顔を見せつける。それに対する反応は首を振った姿とため息だった。


「嬢ちゃんに動いてもらわないで、自分から行動しな。そういうところもカイそっくりだな」


「わからないのに勝手に動いたら困るかもしれないじゃん。今はアルに任せる、それが今ここでの最善だよ」


「武器選びでそこまで硬くならなくてもいいだろ……。まぁ個人差があるところか、それは」


 勝手に納得した店主を横目に、剣を持ってこちらに走ってくるアルに気づいて身を硬くした。

 悪意も敵意も何もないのはわかっているのだが、剣を掲げながら走ってくる様子は余程の信用がない限りは流石に身を硬くしてしまう。

 持ってきた剣は、アルが持ってるのよりも短いもので八〇センチほどだった。

 それを手渡され、実際に手に持ってみる。アルはあれだけ大きな剣を軽快に振っていた。だけど俺はこの剣ですら重かった。


「この剣……重い方だったりする?」


「ちょっとだけ重いかもしれないけど、私のよりは軽いですよ」


 アルに負ける筋力。見た目ではそんなに筋肉が付いているように見えないのに。だけどそれは疑いようのない事実で、現にこの剣を軽々と持ってきたのが証拠だ。

 なんとか剣を持って上に掲げて振り下ろす。振れなくはない。けど、こんな明らかな前動作を含んだ攻撃なんて誰も当たるわけがない。

 次は素早くその動きをしてみる。


「ぐっ……!」


 やれなくはない。けど、振り終えた後に耐える動きがいる。重いと痛いが腕に負荷としてかかる。

 息を吐いて耐えるその様子を見て、アルが一言教えてきてくれる。


「最初は振ろうとするよりも、強く握ることに意識を持った方がいいかもしれないです」


「なるほど? 握って……! こう!」


 ブンッ、と風を切る音と同時に振られたそれは、先程とは見違えるほど良くなっていた。先程が酷すぎるからマシになっただけとも言えなくはないが。

 アドバイス通り強く握って振ったことで、振り終えた後にもすぐに動かすことができた。ただ一つ、問題があるとすれば……。


「手のひらいてぇ……」


 剣を近くの机の上に置いて、手のひらを見ると真っ赤になっていた。


「それは慣れるしかないですね。でも、最初でこれだけ振れてるならいい方だと思いますよ。ほら、手のひら見せてください」


 手のひらをアルに見せると、優しく赤くなったそれを撫でてくれる。


「今日は頑張りました。ロングソード……長身の剣は鍛えてからにしましょう。短剣から握って徐々にいろんな武器を使えるように練習しよ?」


 手のひらがこそばゆい。

 それに過保護な母親みたいで恥ずかしい。それをしてくれたのが幼い見た目の子、アルだと思うと余計にだ。

 自分はプライドはあまりない。

 だけど、恥ずかしいと思う羞恥心は残っている。顔が熱くなり、みるみる赤くなっているのが自覚できる。


「仲良くって言ったけど、いちゃつけって言ったわけじゃねぇんだわ……。


 そんな二人の様子を死んだ目で店主が見ていた。

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