第38話 惨劇の第二幕
「とっておきだと?」
「そう。君も芸の道を極めているなら覚えがあるでしょ?とびっきりの奴は最後まで取っておきたいっていう強い思いだよー」
得意げに言うシザースに、ローエンビッツは眉をひそめる。
「そなたのプレーン能力はもう十分に味わった。他に何がある?魔法でも使うと言うのか?」
「へぇ、びっくり。そうだよ、今から魔法で君を攻撃するんだ」
「……それは期待薄だな。『パンケーキに何を乗せるか』、大魔道士シナバルはそう表現した。プレーン能力に比べれば魔法などさして特別なものでは──」
「やれ」
「『
「なに!?」
茂みの中から槍が呼び出し、ローエンビッツに襲いかかる。間一髪、免れたものの彼の顔は冷や汗にまみれていた。
槍の放たれた箇所で叫び声が轟く。
「ぬおおおっ!逃げようと思っておったのに体が勝手に魔法を!お前ぇ、私を忘れてなかったのか!?」
「うーん場所が悪かったね。もうちょっと後ろに行ってくれてたらなー。まぁ、いいや。奇襲に失敗した以上は正々堂々やるしかないよ。勝手に逃げ出すことは僕が許さない」
「ぐ……!」
ダフマの足がカタカタと震える。シザースから遠ざかろうとすると動きが止まってしまう。
既にダフマに戦意は無かったのだ。間違ってもローエンビッツの暗殺に挑戦するつもりはなかった。
「ま、待て!待つのだ人間……ああ幼い方の人間よ!もう十分だろう!?」
「十分?何が?」
「道化師の腕前だ!たった今、あの道化師はお前の剣を掻い潜って標的に炎の一撃を与えた!それで十分だと言っているのだ!」
「あ、そのこと?うーん、でもたった一撃で評価しろって言うのもなー」
「だ、だったら私が保証してやる!これでも私は情報通なのだ、渡り鳥を通して世界中の出来事を知ることができるからな!そこの男に合うのは初めてだが、戦い方を見て確信したぞ!ロンタール王国で“惨劇の立役者”と呼ばれている殺し屋だ!」
「“惨劇の立役者”……?」
「その者の殺しには依頼主が立ち会う!それにただ殺すだけではなく、大道芸を織り交ぜた魔法で娯楽性を演出しながら、標的をいたぶり苦しみ悶えさせたうえで殺すのだ!“憎たらしい奴の虐殺ショー”で依頼主を楽しませることを生業とする、とんでもなく残虐な重罪人だ!」
「ふーん……ローエン、それって本当なの?」
「風のうわさに尾ひれはつきものだろう。ましてや人間を当たり前のように串刺しにする魔物の言葉だ。“残虐”の意味を理解しているか怪しいものだな」
ひたすらに捲し立てるダフマを、ローエンビッツが睨みつける。思わずダフマは体を震わせた。
「と、とにかく!これ以上、殺し屋の腕前を試す必要など無い!大人しくその国王を差し出して終わりにするのだ!」
「……だそうだ。どうする、シザースよ?」
「どうするもこうするもないよ」
迷う素振りも見せずにシザースは言い放つ。
「道化師が一番の演目を見せるって言ってるのに中断?そんな残虐なマネ、僕にはできないよー」
「ふ、ふざけるなお前ェェェーッ!!」
「あてが外れたな。では私も遠慮なく行かせてもらおう」
激高するダフマを余所目に、ローエンビッツがステッキを構える。先端の向く先はシザースの後方……ユキリだ。
その仕草は何かを発射するように見えた。
シザースは剣を構えて待ち受ける。
(何が来ようと『デュアル・ブレード』で対処してみせる……!)
ピカッ!
「……!?」
ステッキの先端が赤紫色に光った。だが、それだけだった。その後に来ると思っていた攻撃らしきものは何も来なかった。
そしてローエンビッツはというと、ユキリの方へ向けていたステッキを既に戻していた。
シザースの脳が警鐘を鳴らす。
間違いない……ローエンビッツは
「ダフマ、国王様を守れ!」
「こ、断る!お前たちの勝手な争いに私を……あ、あああ体が勝手に……!」
「『
ダフマが拒絶しながらユキリの前に立ちふさがる。そこへ魔法による短刀が一本、放たれた。
(また魔法!?プレーン能力はどうしたのさ!それに残りの二本は持ったまま……)
どう考えても不自然な行為だった。
だが敵の意図を見極める時間は無い。シザースは剣を振り抜き、短刀を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた短刀は一回転しながら前方へ落下し……。
「っ!?」
空中で旋回して再び前方へ進撃した!
「ぐっ!」
シザースの右肩に短刀が突き刺さる。
ダフマの素っ頓狂な声が上がった。
「い、今の動きは何だ!?短刀が鳥のように……意思を持った生物のように向かってきたぞ!?」
「こ、この力……なるほどね……」
シザースは左手で短刀を抜こうと握りしめていた。足は地面を強く踏みしめ、全身に力を込めていた。
「ねぇ、ダフマ。まだ終わっていないみたいだよ。この短刀……まだ
「ホ……?」
「命令だよ、国王様の体を調べろ。何か変わったところは無い?」
「……う、これは……!?」
ダフマの調査はすぐに終わった。ユキリの胸元、炎で服が燃えきれ、あらわになっていた肌に奇妙な紋章が浮かび上がっていた。
円の内側に十字が埋め込まれた模様のそれは、淡く赤紫色の光を放っていた。
「それが照準だ」
ローエンビッツが言う。
「あるいは“矛先”と表現した方が適切かもな。攻撃の矛先はステッキで指した箇所と変更される」
観客への説明と並行しながら、ローエンビッツは残りの短刀二本を無造作に投げ捨てる。
捨てられた短刀は地面にたどり着く前に空中で軌道を変え……!
「国王様を連れて逃げろ!」
「ふざけるな!私は、う、うおおおおおォォォーッ!!」
「いい返事だよダフマ!その照準を死ぬ気で守るんだ!」
「嫌だ!私は死にたくない!」
「ヒィィィッ!助けてっ!助けてぇぇぇーっ!!」
シザースの命令通り、ダフマはユキリの両足を掴んで飛び立つ。そのユキリは真っ逆さまの体勢で恐怖に叫び散らかすが、そんなことを気にしている余裕は誰にも無かった。
シザースが後ろへ倒れ込む。引き抜かれた短刀が先の二本に続き、獲物を狙う猛禽類の如く、ユキリの方へ飛びかかっていく。
「これが私のとっておきだ、シザースよ。演目の名は『ミサイル・マエストロ』という。ミサイルとは敵を倒すための投擲物全般を指す言葉だ。あぁ、それと話は変わるが……」
ローエンビッツがパチパチと手を叩きながら言う。
そういえば彼の手は白い手袋ではなく素肌だったな……と、シザースはどうでもいいことを思い出し、苦笑した。
「そなたのとっておきを侮った非礼を詫びよう。あの魔物がいなければ私の目的はとうに達成していただろう」
「まるで、もう勝敗が決したかのような勝ち誇り方だね」
「直に終わる。あの魔物の飛行速度では引き離せない。そなたも諦めろ。その傷は本来であれば負う必要の無かった傷だ。わざわざ無理をすることはない」
「ううん、そんなことはないよ。負けた側として振る舞うなら、怪我してる方が説得力がある」
シザースは右肩をかばうように立ち上がる。右手はダランと垂れ下がり、持っていた剣が地面に落下した。
それでも左手の方にはまだ剣を握っているところを見るに……。
「まだやる気か?」
「うん、せっかく舞台に出させてもらってるんだ。なら君に敬意を払って最後まで護衛役を演じないとねー」
「ゲストが私の舞台を心配する必要は無い。もう動かすのも辛いほどに痛むはずだ。やめておけ」
「いいのいいの、僕が好きでやってるんだから。それより自分の心配をした方がいいと思うよー」
「なに……?」
シザースが左手だけで剣を構え、言い放つ。
「この距離じゃ僕が国王様への攻撃を防ぐのは無理。そんな状況で護衛を成立させるのであれば、取るべき方法はただ一つしかない」
「っ!?正気か!?」
否、正気じゃない。
この少年はどこか狂っている。
「プレーン能力を解除するために、君の命を絶つ」
「忘れたのか!?余計な殺し合いを避けるための交渉だったはずだ!」
ローエンビッツは、この少年に交渉を持ちかけたことを後悔し始めていた。
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