第39話 惨劇の終幕

 ローエンビッツは、自分がそうであるように、自分自身のやり方にこだわる人間がいることを知っている。

 彼らの言うやり方とは、理屈や損得で語ることはできず、自分以外の人間には理解も共感もされることはない。にも関わらず常に最優先事項となる非常に厄介な代物なのだ。

 赤の他人がいくら不平不満を述べようと、どうしようもない。

 ローエンビッツにとって、今のシザースの姿勢はまさにそれだった。


「行くよー!」

「……仕方あるまい」


 そんな厄介な少年のやり方をローエンビッツは渋々だが受け止める。

 彼もまた、こだわる側の人間だった。たとえシザースがいくら食い下がってこようと、ユキリと同様に命を奪ってやろうなどという気はさらさら無い。

 殺し屋として、道化師として、ローエンビッツとして。


「『三短刀デルタダガー』!」


 魔法で生成した短刀でシザースの刃を防ぐ。


「なんと弱々しい力だ……」


 シザースは左手だけで剣を振っている状態だ。右肩の怪我の影響もあるのか、先程までのスピードはまるで感じられない。これでは見ていて痛々しいだけだ。

 早くユキリが死なないだろうか。ローエンビッツはそう思いながら、標的の逃げていった方向に目を向ける。


「『金舌メタリングァ』!『金舌メタリングァ』!うおおおおォォォーッ!」


 ダフマの抵抗の声が聞こえる。


「無駄なことを……」


 『ミサイル・マエストロ』で照準を刻まれた以上、投げられた短刀をいくら狙おうと攻撃が止まることはない。一時的に空中で弾かれるだけで、再びユキリを狙って飛び始めるのだ。


「逃亡も防御も不可能。今はシザースの命令に従って抵抗しているようだが、どうにもならない。すぐに限界が来るぞ、体力も魔力もな」

「『金舌メタリングァ』……!ゲボッ!『金舌メタリングァ』ァァァーッ!おげっ!ゲホッゲホッ!ぐおおおおおおおおォォォォーッ!!」

「……!?いや、何か妙だ……!」


 ダフマは既に限界に達している。声色を聞く限り、ローエンビッツにはそう思えた。

 だが、その声は尚も魔法を唱え続け、空中を飛び回っている。


「なぜ倒れない?いつまで抵抗を続ける気だ!?」


 もしも生物が限界を超えた力を発揮したとしても、それは一時的なものであって継続することなどできない。

 普通であればブレーキがかかる。筋肉や神経が動きを停止し、意識を失う。死へ向かって突き進む自分自身を止めるための本能的なブレーキだ。

 ……つまり、これは普通ではない!


「『デュアル・ブレード』」

「え……」


 ローエンビッツの意識にわずかに隙が生じた。そのため、視界の左から右に向かって横切った何かに対して反応が遅れた。

 視界の左側、すなわち直面している相手の右側。

 全くの無警戒だったシザースの右手が、傷を負う以前と変わらない速度で剣を振るっていた。


「あぐ……!」


 腹部から流れる鮮血が、道化師の純白な両手を赤く染め上げる。


「よ、弱っていたのは……演技……!」

「うん、僕はね……自分が傷つけられても何とも思わないんだ。だから平気な顔して他人を傷つけられるのかもしれないね」

「……っ!全ては私を油断させるために……!」

「君が僕を殺したがらないのは分かってたからね。僕が怪我人のフリをしている限り、適当にあしらいながらダフマが力尽きるまで待つだろうと思った」


 やがてダフマの異様なしぶとさに気づく。そうして生まれた混乱こそが隙を生む。

 シザースは“死ぬ気で守るよう”命令した。その絶対的な束縛は、ダフマの意思や肉体的限界を容易に超越する。

 全てはシザースの能力による策略だったのだ。


「これから僕の能力が君を殺すわけだけど、傷は治るし護衛が終われば命令は解除するつもり。でも、もしも君が余計な抵抗をするならその保証はできないからね。ちゃんと警告したよー」

「なっ……そんなことをすれば護衛が成功してしまう!それでは──」

「いいんだよ」


 シザースは静かに微笑む。


「君の言う魅力的な提案は、僕にとっては色褪せた滑り止めでしかなかったんだ。僕には僕の考えがある。昨日からずっと考えてきた、国王様の葬り方をね」


 二本の剣がローエンビッツを襲った。




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 ユキリをぞんざいに地面に投げ出し、ダフマは息を切らせて倒れ込んでいた。


「ハァ……ハァ……オエッ!や、やった……ぞ……!」


 ユキリの前方に並び立っているのは、ダフマの魔法で生み出した槍だった。それらは隙間なく地面に突き刺さり、壁となって短刀を防いでいた。

 さらに、それらの槍は二重三重となって厚く形成されており、短刀の持つ“ユキリへ向かう力”を完全に防ぎきっている。


「よくも……こんな酷いことを……重罪人め……」


 直前にシザースと戦ったうえ、さらに大量の魔法を唱えたことで、ダフマは指一本すら動かせないほどに疲弊している。『デュアル・ブレード』の命令が無ければとうの昔に意識を失っていただろう。

 そんなダフマの肩に一羽の鳥が止まった。


「お、お前……!」


 それは白い鳩だった。ダフマはその姿を見て腹立たしげに言った。


「お前のせいだ……お前が安全だと言うからこの地に来たのに……どうしてあんな奴らが山に来る……!?剣の少年に、惨劇の立役者……どこが安全だ……!?お前がもっと物知りだったなら──」


 パタパタと羽ばたく音が聞こえた。

 一羽、また一羽と同じ種の鳩が集まりだす。


「ヒィィィッ!!」


 ユキリの叫び声を聞いた瞬間、ダフマは猛烈な吐き気に襲われる。

 ああ、また働かされるのか?もううんざりだ!誰か解放してくれ!


 グチャッ!


 耳元で奇妙な音がした。


 グチャッ!グチャッ!グチャッ!


 ユキリが何に怯えているのか、ダフマには分からなかった。ただ、ダフマの方を見つめながら何か叫んでいるように見えた。奇妙な音に掻き消されてよく聞こえない。

 ダフマの目の前を鳩が占拠し始めた。

 冷たい瞳をダフマに向ける鳩たちのクチバシは揃って赤く変貌していた。




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「『鳩狩猟ピーシューター』……!」

「うっ……!?」


 シザースが剣を振るおうとしたとき、ローエンビッツは魔法を唱えていた。

 道化師の衣服の中から大量の鳩が飛び出し、大空へと羽ばたいていく。


「魔法で鳩を……!?」

「観客諸君には説明が必要だな。シザースよ、そなたのいない間に堕封魔鳥がユキリを襲ったのは偶然ではない。私がけしかけたのだ、この山で狩りをするように……そしてユキリと出くわすように。偶然があるとしたら、私が堕封魔鳥を見つけたということだけだ」

「僕は鳩の説明を求めてるんだけどー?」

「私は鳩の説明をしているのだ。そなたも知っての通り、魔物という生き物は人間の言葉に従うようなタマではない。それを従わせようと目論むならば相応の策が必要となる」

「っ!じゃあ、それがあの鳩……!?」

「すぐに話を聞いてもらえたよ、私の言葉を通訳しているだけとも知らずにな」


 その通訳が今、ダフマの元へ向かった。

 今更、何を伝えることがある?鳩が何かを頼んだ所で『デュアル・ブレード』の命令の前には意味をなさない。

 ……他に狙いがある!


「ヒィィィッ!!」


 ユキリの叫び声が聞こえた。


「シザースよ、そなたは『守れ』と命令したが、何が来るかも分からない状態でユキリを“何から”守らせるつもりだったのだ?堕封魔鳥に委ねたのではないか?つまり、そなたの命令はこうだ。『堕封魔鳥よ。自分自身が“脅威だと思うものから”ユキリを守れ』と」

「……そういうことか。わかった、もういいよ」


 “守る”には前提が必要だ。それが殺意のある攻撃と認識できる前提が。

 しかしダフマにとって、あの鳩は善意の情報提供者でしかない。

 前提は崩れた……ダフマは“守れ”ない!


「堕封魔鳥は死んだぞ!今度こそユキリを守るものは何も無い!私の短刀が攻撃を再開する!」

「ああ、もういいっ!刺し抉れ『デュアル・ブレード』ッ!!」」




「ギャッ!!」




「惜しくも間に合わなかったな」


 シザースの剣はローエンビッツの直前で静止していた。


「今のはユキリの声だ……勝った!」

「…………」

「さて、刃物の傷はごまかしておかなければな。ユキリにつけた照準は胸の位置だ、爆破しても顔の判別はつくだろう。『焦土爆アードバーク』!」


 ローエンビッツが乱雑に放った黒い玉が、標的を爆破すべく飛び立つ。

 シザースはそれを見つめながら剣を引き、ゆっくりと後ずさっていた。


「そう警戒するなシザースよ。もうそなたと争う理由はない。そなたはよくやった。その右肩の傷と私に負わせた傷は、そなたが護衛の役目を果たした証拠だ。結果はどうあれ、その真偽を疑う者はいないだろう」

「……あはは、随分と新鮮な体験だったな。やっぱり僕には護衛なんて向いてないや、国王様を無傷で……いや軽傷ですら帰せなかったんだもん」

「……!?」


 自虐的に笑うシザースに、ローエンビッツはやや不自然さを感じた。

 なぜなら……少年は未だに剣を手にしたままだったのだ。


「あぁ、それと……君が何を言おうと警戒はするよ」

「え……?」

「君は僕の警告を無視したんだ。だから僕は警戒しないといけないんだよ、巻き込まれないようにね」

「何の……話をしている!?」

「というわけでダフマ……これが最後だよ、ローエンに届けろ」


 ゥゥゥ……!


「っ!?何の音だ……いや、声か……!?」


 ゥゥゥ……グスングスン……!


「鼻をすする音……?まさか泣き声……なんて!そんなはずはない!生き残っているはずが──」


 ヒュンッ!!


 ユキリはいまだ、泣き声を上げられる状態にある。ローエンビッツがその事実に気づいた時には手遅れだった。

 木々を超えて空から迫ってきた“それ”が、ローエンビッツの足元に落下する。

 シザースは心の中で観客へ向けて言う。


(君が殺した“それ”は、まだ僕の『デュアル・ブレード』に従っているんだよ)


 ローエンビッツの思考が凍結した。突如として出現したのは、頭部を惨たらしく食い散らかされたダフマの死骸。

 死骸の足は何かを掴んでいた。

 特筆するようなものには見えなかった。赤く染まった薄い何かは、どうせ死骸の脳髄が足に付着しただけの些細なものでしかないはずだ。

 ──否、それこそが最も重要で、最も局面を左右する要素だった。


(僕の命令どおりにダフマは“刺し抉った”……守るべき相手をね。守りながら刺し抉ったんだし、致命傷にはなっていない。そして刺し抉ったものを持ったまま逃げ回ってくれた。“照準を守る”ように命令しておいたんだから。そして……最後だ)


 ローエンビッツの視線は当然、ダフマに向けられている。その死骸が本当は何を届けに来たのか、彼の視界には入っていない。

 シザースは衝撃に備えた。


 ガガガガガガァァァァン!!


 短刀と爆弾が飛来する!

 ダフマの届けたユキリの皮膚、すなわち照準に向かって彗星のように降り注ぐ!


「ううううううううおおおおおおおおおォォォォォォォーッ!!」


 惨劇の立役者は犠牲者となり、激しい舞を踊って……やがて倒れ崩れた。


「護衛完了」

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