第37話 惨劇の開幕

「交渉成立だな。ではユキリから離れてもらおう」


 ローエンビッツは胸をなでおろしたように軽く笑い、シザースの方へと歩きだす。

 一方でシザースは……微動だにしなかった。


「すまないが離れてくれないか。これから魔法を使う。私の手で仕留めたという証拠を作るのだ。巻き込まれるぞ」

「やってみなよ」

「なに……!?」


 シザースの表情を目の当たりにしたローエンビッツに戦慄が走った。少年の目つきは明らかに味方に向けるものではない。


「……私の計画に乗ったのではなかったのか?」

「乗ったよ。だからこうやって国王様のそばにいるんじゃないか。君がように、僕が護衛をしているんじゃないか!」

「っ!?」


 “殺し屋ローエンビッツの実力が護衛シザースを上回る”……確かにそういう筋書きを提案した。だが、それはあくまで周りにそう言うための口裏合わせだ。それをわざわざ検証しようと、少年はそう言っているのだ。


「君の提案は悪くない。でもね……嘘はつけないな。別にどこぞの誰かが僕を問いただすなんて思ってるわけじゃないけど、一つの嘘は大きな亀裂を生みかねない。特にずっと隠し通さなきゃならない嘘はね」

「ほ、本気なのか……!?そのためだけにわざわざ戦いを……自分の命を危険にさらすつもりか!?」

「それにさ、よく考えてみなよ」

「む……?」

「名の知れた殺し屋?“相手が悪かった”で済む?すごいねー、あはは!ギルドの受付は君のことを初めて見たってさ!僕を丸め込むつもりなら、まずはその腕前に偽りが無いことを証明してもらおうか!」

「っ……!!」

「それとも、まさか僕ごとき掻い潜れないなんてことないよね?」

「……失念していたよ、私の実績はロンタール国内だけのものだったと。確かにそなたの言い分はもっともだ。いいだろう……」


 ローエンビッツとしては十分な実力を見せつけたつもりでいた。

 道化師という浮いた格好でシザースにだけ追跡を気づかせてみせた。ロンタール国の兵士二名を倒し、そのうえ故意に急所を外したことも示してみせた。

 だが、それだけではシザースは不満だった。

 そして、その少年の態度を前にローエンビッツはある種の使命感を抱く。彼に眠る血が騒ぎだした。殺し屋の血とは別にもう一つ……道化師の血が!


「観客諸君の望む舞台に立ち続けてこそ私の道義……!『電光走路エレクトラ』!」


 魔法。そして地面がボコンと盛り上がる。

 ローエンビッツの後方に数か所、地面に埋め込まれるような形で球体が生成されていた。それらの球体が同時に、上方へと光を放つ。

 そして高らかに宣言した。


「これより惨劇の幕を開ける!観客諸君よ、最期までお付き合い願いたい!」


 あぁ、今が夜であればどれほど美しい光景だっただろうか。

 ローエンビッツの宣言はシザースにとってあまりに新鮮だった。殺しという血なまぐさい闇の仕事が、華々しい光の溢れる舞台劇へと昇華されたのだ。

 もちろんシザースは『いくら演出を凝っても殺しは殺し』などと無粋なことを言う性格ではない。


(そういう役目は彼の方だよねー)


 ユキリの口から剣を引き抜く。先程まで懸念していた国王の茶々も、今は事情が変わった。

 ここは殺しを扱う舞台劇。被害者役の台詞が無ければ盛り上がらない。


「ァ……ァ……」

「……って国王様?」

「ァグ……」

「あーあ、なんだよもうー」


 なんとも残念なことにユキリは既にシザースの剣に恐れをなし、何も言葉を吐き出せない状態だった。

 ユキリという国王が周囲を失望させる存在であると、シザースは改めて痛感した。


「『三短刀デルタダガー』!」


 ローエンビッツの手に三本の短刀が出現する。彼はそれらを宙に放り投げると、器用にジャグリングを始めた。


「わー、すごーい!」

「……フンッ!」


 シザースの感嘆に答えるようにローエンビッツが腕を振り抜いた。三本の短刀は真っ直ぐユキリの方へ突き進む。

 これが花束であれば観客へのサービス精神だろうが、花束でもなければ観客相手でもない。これは攻撃だ!

 当然、シザースも予期している。手放しで喜んでいたわけではない。


 ギィン!


 刃物同士が衝突し、金属音が響き渡る。弾かれた短刀は空中で一回転し、地面へ突き刺さった。


「あれー?さっき僕に言ってたよね?剣で殺したら駄目なんじゃなかったー?」

「『三短刀デルタダガー』。手間が増えるだけだ。刃物とは別の方法で死体を傷つける。それで問題はない。『強襲脚アーミーミュール』!」

「足を強化する魔法か……!」


 詠唱者の両足が淡く光るため、初見のシザースも効果を察する。


「ハァッ!」

(速い!)


 ローエンビッツが一歩を踏み出したとき、その姿はシザースの眼前にあった。右手には魔法で生み出した短刀。距離が縮まればシザースの剣よりも、刀身の短い短刀の方が小回りがきく分、素早く攻撃できる。

 ……だが、それはシザースの剣が普通の剣であった場合の話だ。


「っ!?剣が消え──」


 プレーン能力『デュアル・ブレード』で顕現された剣は、シザースの意思で引っ込めることができる。

 長剣を振れば大振りになる。それが間に合わないというのなら、腕だけを振るった後で長剣を再出現させれば良い。

 言うなれば、それは突如として配置された刃の壁!


「『デュアル・ブレード』!」

「っ!?くっ!」


 ローエンビッツの強化された脚力が咄嗟に地面を蹴る。あと少し遅ければシザースの刃に衝突していただろう。

 回避が間に合ったのはシザースへの接近があくまで威圧に過ぎなかったためだ。彼の標的はシザースではない。

 高速で横へ飛び、シザースの後ろでへたり込んでいたユキリを睨みつける。

 短刀を投げることもできるが、シザースとの距離を考えると長剣を受け止める手段を手放すのはリスクが高い。ローエンビッツは別の手段を取る。


「『出火吐スピット』!」

「火っ……ヒィッ!?」


 ユキリが悲鳴を上げた。

 道化師の口から放たれたのは火炎放射。ある程度の距離までは素早く直線上に進み、敵の懐近くで拡散、一気に燃え広がる。


「アヅ……アァァァァーッ!!」

「命令するよ、埋めろ」


 シザースの発声と同時に地面が波のように盛り上がった。そして命令した通り、大量の土がユキリに覆いかぶさり、生き埋めにする。もちろん目的は火を消すためだ。

 シザースはすぐに次の命令を下し、ユキリを解放する。


「ゲホッ!オゲッ!」

「あーあ、高そうな服だったのに焼け焦げて台無し。まぁ、命が助かったならそれに越したことはないよねー」

「ひ、ヒィィ!もう……やめろ!助けてくれ!助けて……!」

「え?助けたじゃん」

「ち、違う!命がどうとかじゃなくて俺様を無傷で……」

「さて、ローエンはどこに行ったかな」

「『焦土爆アードバーク』!」


 魔法の詠唱は上から聞こえた。

 見上げると、高く飛び上がったローエンビッツが手元から何かをバラ撒いているのが分かった。


(黒い玉?わざわざ高所から撃つってことは、ローエン自身も避難する必要があるってことだね。だとするとあれは……!)

「いかにも。爆弾だ」

「打ち飛ばせ」


 命令した相手は、最初にローエンビッツの投げた短刀だ。

 急発進すると、バラ撒かれた爆弾をテニスボールのように遠くへ飛ばしていく。


 ガガガァン!!


「ヒャアアアアアアアアーッ!!」


 耳をつんざく轟音と爆炎、同時にユキリの叫び声。恐怖から来たもので新しい傷ができたわけではない。ゆえに戦いはまだ続く。


三短刀デルタダガー!」

「引っ張ってでも避けろ」


 爆炎を目くらましに短刀が放たれた。

 しかし、着地したローエンビッツが目にした短刀は、ユキリからは数センチずれて地面に刺さっていた。


「……ユキリの服か靴か、いつのまに斬った?命令してユキリごと動かしたな?」

「靴の方だよ。国王様の足を斬ったときについでにねー」

「ヒィィィィ……」


 このわずかな時間の攻防で、何度ユキリは味わったのだろうか。殺す側は当然として、護る側にすら優しさや温もりといった感情が何らこもっていない。

 いつものユキリであれば掠り傷を一つ追わせた時点で護衛は失格だ。時と場所を選ぶことなく即座に罵り、クビを言い渡してやっているところだ。


「ウ……ウゥゥゥ……!」


 ところが今はそれができない。やったところで意味がない。

 初めての経験だった。自分の思い通りにならない事態に泣き喚くことしかできないなんて。

 ユキリの心に“苦しい”という経験と知識が積み上がっていく。明日の命も保証されていないこの状況の中、彼は皮肉にも成長したのだった。もっとも、周囲の人々はいずれも戦闘に集中しており、彼の成長に目を向けることは無いのだが。

 爆発の衝撃が治まりつつある中、ローエンビッツが言う。


「プレーン能力だな、その剣は。命令すればその通りに動かせる」

「うん、大体そんな感じだねー」

「どうやら一筋縄ではいかないらしい」


 そう言うと、彼の右手が宙をつかみだす。まるで透明な筒状の物を握っているかのような仕草を前に、シザースはハッとした。


「そういえば……ギルドで見た時の君はステッキを持っていた。それが今は持っていないということは、その右手の形から察するに……」

「あぁ、そなたの剣と同じ。私のとっておきだ」


 ローエンビッツの右手に顕現したのは、見覚えのある例のステッキだった。


「プレーン能力……君もか。ふふふ……なるほどねー」


 一見すると何の変哲も無いステッキだが、出し入れ自在な手品用の小道具マジック・アイテムで終わるものではないだろう。

 シザースの『デュアル・ブレード』と同じ。ローエンビッツだけの特別な能力チカラがそこには秘められているに違いない。


「第二幕に入る。観客諸君よ、存分にお楽しみいただこう……!」

「うん、楽しみだよ君の反応が……とっておきなら僕にもある」

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