第36話 陰謀案

「うーん、やっぱり木々が邪魔で見えないなー」


 そう呟くシザースがいたのは空中だった。彼は今、ダフマの背中に乗ってどこかへ逃げたユキリを上空から探していたのだ。


「君は見つけた?」

「い、いや……私もまだ……」

「そういえばさっきは聞きそびれちゃったな。この近くに崖とかあったりする?あるいは熊とか魔物とか住んでるの?……正直に答えろ」

「私の知る限り人が落下死するほどの崖は見たことはない。熊も、私以外の魔物も」

「そっか。それなのにこうして騒ぎ立てる声がしないってことは……走り疲れて休憩してるのかもねー」


 ニコニコと笑うシザースの声を背に受けながら、ダフマはすっかり怯えた表情で飛び続ける。まだ先程の光景が脳裏に焼き付いていた。

 生贄にしたはずの死体に背後から肩を掴まれ、振り向いたら今度は殺したはずの少年に背後から喉笛を切り裂かれた。かと思えば、いつのまにか傷口は消えており、少年の命令に体が勝手に動いてしまうのだ。

 この状況、ダフマにとっては逃亡したユキリの行方などあまりにチッポケなことで、シザースが何をやったのかの方が遥かに重要だった。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。奴隷商じゃないんだし、用が済んだら解放してあげるからさー。だから頑張って探せ」

「むぐぐ……!」


 ダフマは命令のままにユキリの捜索を優先する。シザースに説明を求めて時間を無駄にするマネは許されない。

 また、シザースにとっては“終わったこと”だ。ダフマにわざわざ説明してやる義理はない。


(でも……そうだなー。スティープルには教えてあげよっと)


 ダフマの槍を『デュアル・ブレード』で弾いていたわけだが、この時点で槍はシザースの命令に従う駒となっていた。すなわち命令一つで動く状態。いくら槍で牢屋を作ったところでシザースを捕えることなど不可能だったのである。

 砂埃を発生させて視界を封じた後、槍に命令して牢を開けたシザースは兵士の遺体へと向かう。そして兵士を斬って命令、大量の血を吐いてもらう。あとはダフマが槍を放ち終えるのを待って牢屋に戻れば、死体となったシザースの完成だ。


(人間の遺体を利用するなんて、スティープルが一緒だと絶対にできないよねー)

「何を楽しそうにブツブツ言っておるのだ?お前の標的だろうに、私に命令ばかりしてないで少しは自分で探さぬか!」

「何言ってるの?自分で探す気が無いから君に命じてるんでしょー?」

「くっ……平和な所だと聞いてきたのにとんだ災難だ……!」

「……!そういえば気になってたんだけど」


 ふと思い立ったようにシザースが言う。


「ここっていくら人里を離れた山の中とはいえ、一国の王が野鳥観察バードウォッチングの名所と勧められた場所だよ。どうして君みたいな、兵士も敵わないような危険な魔物が生息しているの?」

「……だからこそだ。私たち堕封魔鳥は獲物の扱いが特徴で、他の魔物と同区域に住むことを避ける。魔物のいない安全な場所だからこそ私にとっては絶好の狙い場となるのだよ。もっとも噂が広がれば、また別の場所を探しに移るがのう」

「その安全な場所っていうのはどうやって見極めるの?人づてにでも聞くの?」

「うむ……いや、違う。私の場合は野鳥に聞いた」

「そっか、鳥の方かー」


 すっかり失念していた、とシザースは納得した。

 “魔物”とは人間と異なり、生物学的な一つの種族を指す言葉ではない。人間のように二足歩行をする個体もいれば、狼や鳥のような野生動物のような個体も存在する。

 言葉もまた然りだ。彼らが人間の言葉を把握して罵り合うように、人間以外の動物や植物と会話ができる個体も存在する。

 

「……む?あれは……?」

「どうしたの?」


 ダフマが訝しげにある一点を見つめて言った。シザースもその方向を見る。


「いや、お前の探す相手ではなかった。仲間でもないな。あのような奇抜な服装の男、一緒に行動していれば見落とすはずは──」

「あいつの所へ行け」

「え?うおっ!?」


 戸惑いの感情を抱いたままダフマの体が動く。先程までユキリを探していたはずなのに、ここへ来て急な心変わりだ。

 目当ての男がダフマの姿に気づく。

 彼もまた戸惑っていた。ゆえに先に声を上げたのはシザースの方だった。


「やぁ、ローエン!また会ったねー!」

「少年……!?なぜそなたが魔物を……それにその血塗れの服装は……!?」

「僕はシザース、そう言わなかったっけ?」


 ダフマから降りたシザースは奇抜な服装の男ことローエンビッツを一瞥し、そしてチラリと後方へ目を受けた。

 そこにいたのは尻もちをついているユキリと、地面に倒れ伏した二人の兵士。


「兵士の二人は……うん、気を失ってるだけだね。というより意図的に急所を外したのかな?」

「……私の疑問に答えてはくれないようだが、少年……シザースよ。そこまで分かっているなら身を引いてはくれないか?私の狙いは国王ユキリのみ。それ以外の命を奪うつもりは毛頭ない。特に同じギルドに通う同業者の命となれば尚更だ」

「だからダフマの襲撃前に僕を誘い出したのか。じゃあ君とダフマはグルってこと?どうなのダフマ?答えろ」

「馬鹿な!私は悪魔神様に仕える誇り高き堕封魔鳥!人間なんぞの言いなりになると思うか!?」

「なってるじゃん、僕のいいなりに」

「フーッ!フーッ!」

「冗談だよ、君が僕に従ってるのは僕のプレーン能力のせい。これでいいでしょ?でもグルじゃないとすると……うーん?」

「お、おい!さっきからどうなってるんだ!?」

 

 ユキリが声を荒らげる。


「その鳥を殺せって言ったのになんで生きてるんだ!?早く殺せ!そっちの馬鹿も今すぐ!」

「そっちの馬鹿……ってローエンのことだよね?男とか敵とかじゃなくて馬鹿呼ばわり?ねぇ、ローエン。もしかして国王様と知り合いなの?」

「あぁ、護衛に雇われたことがある。二日くらいで解放されたが」

「あー、国王様の好みに合わなかったんだねー」

「こいつは味を占めたんだ!俺様の部下ともなればどんな馬鹿でも周りに羨んでもらえる!一度、味わった蜜が忘れられないんだ!しかも他の部下を殺せば部下の座を独り占めできるなんてマジで馬鹿な考えだぜ!分かっただろ、俺がこいつをクビにした理由が!?」

「うるさいな。ねぇローエン、ちょっと待ってて。大人しくさせるから」

「俺様は先にパーチメント王国に戻る!お前は今言った奴らを殺してすぐに来い!」

「『デュアル・ブレード』」


 シザースが両手に剣を顕現させ、ユキリの方へと駆け出す。それはユキリがちょうど視線を外して背を向けたタイミングだった。

 あと一瞬でも待っていれば、シザースの発する言葉を聞いていなくても殺意だけは目の当たりにできたかもしれない。とっさに命乞いをして、シザースに実力行使以外の選択肢を渋々取ってもらえたかもしれない。


(僕が見計らったわけでもないのに最悪なタイミングで目を逸らすなんて。ローエンの言った通りだね。彼は何の気なしに不正解を選び続ける……とんだ逸材だよ!)


 シザースはたまらず笑った。

 言い訳しなくて良くなったのだから。


「ギャッ!?」


 ユキリの両足、ふくらはぎの部分から血が噴出した。

 悲鳴と共に転倒し、泥まみれになったユキリの顔の前に剣が突きつけられる。


「い、いて……いてェェェーッ!お前……クソがっ!どういう──ガッ!」


 突きつけられた剣はなおも接近し、喋りかけの開いた口内に侵入した所でピタリと静止した。


「やっと僕の話を聞く気になった?」

「ガ……ガガ……!」

「君はもう黙って行末を見守ってなよ。もう誰も君の言うことなんか聞きやしないんだからさー」


 閉じられない口から唾液を垂れ流しながら、ユキリはカタカタと体を震わせた。

 抵抗はおろか返事すらできない。イエスにしろノーにしろ、首を動かせば斬られてしまうのだから。


「これから僕はこの剣を引っ込めるかもしれないけど、それは君が喋って良いということじゃない。余計な口を開いて場を乱すようなら、次はもっと深く斬るからねー」

「ハ……ハアアアガガガガアッ!」

 

 刃がゆっくりと横へ動く。そしてユキリの唇に触れて出血し始めると、悲鳴も大きくなっていく。

 ここまで脅してみせればさすがにユキリも分をわきまえるだろう……とは思えなかった。

 いくら言って聞かせても、それはこうして剣を向けている間の一時で終わるかもしれない。剣を引いた瞬間から、『この裏切り者』とか『俺様を誰だと思ってる』とか、後先を考えない罵声が飛んでくるかも……!

 ローエンビッツもそれを感じ取ったのか、シザースが剣を引くより先に口を開く。


「早まるなシザースよ、ユキリを殺すのは私の役目だ」

「分かってるよ、そういう依頼なんでしょ?僕も同じだよー」

「そなたの場合は護衛もあるだろう?報告のために死体は持ち帰ることになる。当然、人目にもさらされる。死因が剣となればそなたの関与を疑われるぞ」

「…………君は随分と物知りだなー」

「私はそなたともう一人の少女を尾行し、ボラッサスのアジトにたどり着いた。そこでそなたが護衛と暗殺の双方を請け負っていることを知ったのだ」

「尾行?本当に?それともそういう筋書き?」

「疑わしくとも私の発言を否定する証拠は無いだろう?」

「まぁね」


 シザースは思った。

 おそらくボラッサスは保険をかけたのだ。極秘依頼を頼んだ相手が護衛の側に傾いた時のために、別の殺し屋、すなわちローエンビッツを雇った。

 もちろんそれはシザースからしてみれば、暗殺の依頼を妨害して失敗に追い込まんとする裏切りの行為。

 そのため“ローエンビッツが自分の意思で暗殺を試みようとしている”という偽りの筋書きが必要となる。

 なんともふてぶてしい奴らだよ……苦笑するシザースにローエンビッツが言う。


「これはそなたのためでもある」

「僕の?」

「私はロンタール国では名の知れた殺し屋だ。そなたが護衛に失敗しても“相手が悪かった”で済む。そう言わせるほどに結果を残してきた自信がある」

「なるほどね。暗殺の方も……まぁ報酬は君に横取りされちゃうかもしれないけど、国王様が死ぬっていう結果なら丸く収まりそうだ。命で精算する事態は避けられるかもねー」

「私が脅してそなたを共犯者にしてやったと言ってもいい。何にせよ同業者の命を奪うことはしたくない。私自身がこれからギルドに通ううえで不利になるだろうしな。さて、どうする?」

「まったく……ここまで僕にとって都合の良い話があるなんてさー……」


 シザースは少しだけ間を開け……そして答えた。


「悪くないね。君の提案も面白そう」

「アガ……」


 一方、シザースの懸念とは裏腹に、ユキリは自分の置かれた立場を理解できていた。シザースとローエンビッツ、彼らは共に敵となった。自分の命令を聞く味方はもはや誰もいない。

 彼の喉元を濡らしているのはいつのまにか涙に変わっていた。

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