第35話 槍と鳥

 あさっての方向へと走り出したユキリと、それを慌てて追いかける二人の兵士。シザースもダフマも、しばらくは彼らの様子を見届けていた。

 やがてダフマが口を開く。


「ホッホッホッ……どうやらあの重罪人には軌道修正するつもりがないようだ。あのまま放置しても人里まで降りていくことはないだろう」

「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、この近くに崖とかあったりする? あるいは熊とか魔物とか住んでるのかなー?」

「護衛としては心配であろうな」

「うん。国王様の葬り方はもう決めてるんだ。変な死に方されたら困るんだよねー」

「お前からも相当な罪の香りがするな。だが……ホッホッ、私は嬉しいぞ!」


 ダフマが笑みを浮かべながら動く。向かう先は槍に倒れた兵士の遺体だった。

 何をする気? シザースがそう問いかけるよりも先にダフマの前足が遺体を持ち上げる。そして……近くにあった木の枝へと突き刺した。


「仕留めた獲物を放置して他の動物共に食い荒らされたら嫌だろう? こうして生贄に捧げることで宣言するのだ、この獲物は私のものだと」

「モズの早贄かー」


 モズの早贄。モズ科の鳥類が、狩りで仕留めた獲物を木の枝などに突き刺しておく習性を指す。その理由は一意に解明されてはいないが、餌を保存しておくため、獲物を固定して楽に食事するため、異性の気を引く条件として早贄の腕前を求められるため、などの説が挙げられている。


「私の槍は攻撃の手段ではない。魂が新鮮なうちに生贄を捧げるための手段なのだ。あぁ、悪魔神様の喜ぶ姿が目に浮かぶ……ホッ……ホホホッホホ!」

「新説の登場かー……僕は学者じゃないし、きっと忘れたまま墓場まで持っていくことになりそうだなー」

「安心せい、忘れるよりも前に私が地獄に送ってくれる! 『金舌メタリングァ』!」


 再び放たれる槍。だがシザースは難なく弾いてみせる。


「『三対トリブ金舌メタリングァ』!」


 新たな魔法。放たれた槍が三つ。

 ふぅ、とシザースが息を吐く。数の問題では無かった。

 弾かれた槍の数々が周囲に散らばっていくのを見ながら、シザースは退屈そうな顔で言う。


「他には無いの? これくらいの魔法じゃ、いつまでも僕には届かないと思うよー」

「さて、それはどうかのう? ……『巣籠ニドゥ金舌メタリングァ』!」

「むっ」


 転がっていた槍がフワリと浮かぶ。一本、二本と順に動き出した槍たちは空中でゆっくりと回転し、地面と垂直となった瞬間にシザースへと急接近する。

 とっさに剣を構えたシザースだったが、彼へ衝突するよりも前に槍の接近は止まった。そして槍はその場で真下に突き刺さり、柵となる。

 前方だけではなかった。四方を全て、見上げれば槍で天井も形作られていた。


「鳥が人間を鳥カゴに押し込めたってわけ? 厚かましいもんだね」

「ホホッ、その中では剣も振れまいて!」


 全く身動きが取れないというほどではないが、せいぜい数歩程度の広さだ。これまでのように、剣を勢いよく振るって槍を弾くという芸当は封じられた。


「……ということはつまり、君は隙間から槍で攻撃してくるってことか」

「その通り。だが、親切に正面から撃ってはやらんがな」


 ダフマは笑いながら上空へと飛び立っていく。


「壊せぬ牢に閉じ込められたお前にできるのは数えることだけだ。何本目の槍で脳天をブチ抜かれるのか、指を折りながらな! ……だが残念、槍は同時に放たれる!」


 ダフマの口内が光りだす。先程よりも大きな光量だ。


「さぁ、お前はどうやってこれを防いでみせるのか! 見ものだのう!」

「考える必要ないかな」


 シザースは冷たく言い放つと、両手の剣を地面へと突き立てた。


「砂煙が欲しいな……命令する、用意しろ」


 『デュアル・ブレード』。斬り殺したものは蘇り、シザースに従うようになる。ただし地面のように、それ自身が命を持たない場合は斬るだけで良い。

 剣と地面の接点から、主の要望通りに土が舞い上がる。

 その現象はシザースの周囲から徐々に広範囲へと広がっていき、あっという間に地上を覆い隠した。


「ホッ、ナメられたものよ。私の魔法でこさえた牢、隙間の位置など熟知しておるわ! 『プルービャ金舌メタリングァ』!!」


 ダフマの口から放たれた十数本の槍が雨となって降り注ぐ。

 シザースは知らないことだったが堕封魔鳥という種族にとって、それは容易なことだった。彼らは槍で貫いた遺体を木の枝に再度、刺して生贄とする習性を持つ。既に開いている穴に棒を通す程度、彼らにとっては精密な行為でもなんでもないのだ。

 だが、シザースはどこ吹く風だった。


「どうやって防ぐかって? 僕はね、そんなことよりもっと考えるべきことがあるって思ってる……存分にやってみればいいさ」


 槍と槍の隙間から別の槍が入り込む。

 ダフマは知的なパズルを解くかのような心積もりで、地上の牢獄へと槍を投下し続けた。


「ふぅ……ふぅ……さすがに大技は疲れるが……どうなったかのう?」


 砂煙が落ち着きを見せた所でダフマは地上へと舞い戻る。


「……ホホホホホッ!」


 そして高らかに笑った。

 牢獄の中にいたシザースは前傾姿勢で槍に体をあずけていた。その体は全身が血塗れで、一目で膨大な出血量だと見て取れるほどだった。


「マヌケな子供め、大人しくあの者共を見捨てて逃げていれば良かったものをのう。だが、おかげで生贄が増えたぞ。あぁ、悪魔神様……私はやりましたぞ! ホーッホッホッホ!」


 牢獄を形成していた魔法、『巣籠ニドゥ金舌メタリングァ』を解く。

 ……と、ここでダフマは少し悩むこととなった。

 シザースの肉体は一体、何本の槍で貫かれているのだろう? あれだけの出血量だ、少なく見積もっても十は超えるだろう。

 全身が穴だらけの遺体を木の枝に刺して、はたしてバランスを保てるのだろうか? 重心が偏ると体の一部が千切れて地面に落ちてしまう。そんな不格好な生贄を悪魔神に捧げるなど、ダフマの信仰心が許さない。


「ぬうう……困った。いや、まずは穴の数を確認するところからだな」


 シザースの前方は槍で塞がれているため、ダフマはシザースの背後に周る。

 

「……? 何か変だ」


 シザースは全身が血塗れだ……当然、背中も。だが、その背中からは……!


「槍が出てな──」


 ガシッ!


「い……っ!?」


 誰かの手に肩を掴まれた。

 馬鹿な──!

 ダフマは猛烈な寒気を感じて振り向く。砂煙に向かって外部から入ってきた者はいなかった。一体、誰が自分の肩を掴めるというのか……!?




「うわあああああァァァァァーッ!!?」


 そこにいたのは……兵士。

 ダフマが木の枝に突き刺し、生贄として捧げたロンタール国の兵士!

 腹部から止めどなく血を流し、目や口をダラリと開いた……紛れもない死体がそこにいたのだ!


「ヒィッ!? 馬鹿な、こいつは私が──!」

「そう、君が殺した」

「っ!?」


 少年が耳元で囁いた。

 その時には既に、ダフマの喉元はパックリと引き裂かれていた。


「僕は最初から『どうやって君に近づこうか』しか考えてない。それ以外は、強いて言うなら君にどんな言葉をかけてやるかくらいかな」

「ガッ……ガハッ……!」

「ねぇ、随分と情けない悲鳴だったよ。君が奪った命なんだからさ、目をそらさずに向き合わなきゃ駄目でしょ?」

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