第30話 依頼①

 依頼を受けたあたしたちは、その足で依頼主の元へと向かう。

 一体どれほどの厳重な警備の館に通されるのかと少し萎縮したが、あたしたちは別の意味で萎縮することになった。


「すごいねー」

「えぇ、すごい。すごい……けど……」


 人の住まう場所じゃないわね、という言葉までは出てこなかった。

 なにせ案内されたのはパーチメント王国の中でも一、二を争う高級レストランだったのだ。

 目の眩むほどの綺羅びやかな内装に包まれた店内は、高級な家具の香りに包まれていて、レストランお馴染みの食欲を唆られるといった体験は到底不可能だった。

 視界の端では給仕長がワゴンに料理を乗せて運んでいく姿が映る。

 下手な宝石よりも高級であろう食器の上には料理……というよりも作品と言うべきなのか、何をどう加工したらそうなるのか理解できない未知なる物体が並んでいる。


「何だか胃が締め付けられてきた気分……こんな所で物を食べても消化できる気がしないんだけど」

「あはは、実は僕も。一般人には縁のない場所だよねー」

「お待ちしておりました。チーム・ツーサイドの皆様」


 戸惑い気味に店内を見回していると、鎧を着た男性が現れる。

 治安部隊が来ている物とは形が違うな。鎧の胸の部分にはヤシのような紋様が描かれている。


「ロンタール王国の紋様だね。海の向こうにある遠い国だよ」

「よくご存知で」


 チョキの言葉に、兵士は説明が省けて助かったと会釈する。


「えっと、あたしたちの依頼は護衛と聞いてたんだけど、それはつまり王族の護衛ということ?」

「はい。この度、国王に就任されたユキリ・ロンタール様の護衛です」

「うーん……」


 国王か。考えうる限りの中で最も身分が大きい存在が出てきたな。

 でも、この状況を鑑みると、どうにも真剣な気持ちにはなれないんだよな。


「スティープル?」

「あ、ごめん。何というか……護衛が本当に必要なのかなって思ったのよ。あたしたち、見た目の通り子供よ? それにこのレストランだって侵入者とか簡単に入ってこれそうだし、敵襲を警戒しているようにはとても思えなくて」

「仰る通りです。護衛は我々だけで足りております。ですが、まぁ……ほんのちょっとしたアクセントが必要でして」

「アクセント……?」


 兵士はやや困ったように首を振って言う。


「我々、実はユキリ様の国王就任を祝って世界一周旅行をしているのです。ところが、ずっと同じ顔ぶれで飽きてきたと……ユキリ様がそう申されまして、それで現地の護衛を雇うことに……」

「飽き……え!? 同行者に!?」

「ですので、お二人にはユキリ様と一緒にいるだけで充分なのです。何なら二人とまで言わずに一人でも。それに子供が相手となればユキリ様も無礼講ですから、お二人も気楽に接していただければと……」

「…………」

「スティープルがびっくりしてるよ。大変な依頼になりそうだねー」


 ど、どうやら随分と自己主義な国王のようだ。

 それに前任者のブロードがあれだけ愚痴を吐き出していたわけで……うーん、断りたい気分が沸々と湧き上がってきた。




「どうぞこちらへ」


 兵士に案内された部屋へと入る。この店で最も高級な個室とのことだ。

 部屋の中央にただ一つ置かれたテーブルに一人、食事中の男がいた。彼の後ろにはさらに二人の兵士が直立している。そのうちの一人は両手で王冠を持っていた。


「護衛の依頼を受託したチーム・ツーサイドをお連れしました」

「…………んぐぅ」


 その人物はあたしたちをじっくりと見つめながら、手と口は止めることなく高級な料理に奮闘させていた。

 成人して間もないと思える幼さの残った表情ではあったが、その顔や体つきは兵士の倍は膨らんでおり、裕福な食生活を送っていることが窺える。

 その一方で、彼の服装はとてもじゃないが金持ちの選ぶものとは思えなかった。

 袖や襟周りには染みや汚れが目立っているし、首にかけた宝石入りのペンダントは色褪せてくすんでいる。


 ビシャッ!


 彼の手元では、フォークの突き刺さった肉片がソース入りの小皿へと押し込まれていた。丁寧にカットされた肉片がソースの海を潜水し、溢れ出したソースがテーブルクロスに飛び散っていく。

 つまり彼の服装に刻まれた汚れは、この晩餐が作り出したものだったのだ。だから何だという話だが。

 しばらく無言の時間が続いたが、やがて彼が口を開く。たんまりとソースのついた肉片を口に押し込みながら彼は豪快な言葉を放った。


「ぶわははっはははははっ! マジ!? マジで子供じゃん! これで護衛ってマジで言ってんの!? マジ新鮮ーっ!」

「…………」


 な、なんだこの人……!?

 甲高い声でマジマジと連呼する彼の態度に、あたしもチョキも思わず面食らう。


「あはは、マジだよー! こんな小さい子供が選ばれるなんて不思議だよねー!」


 訂正。あたしだけだった。こいつ順応性が高いな。

 そして事前に兵士が言っていたように、チョキの言葉遣いはさして気に留めていないようだ。


「オッケー、合格」


 肉を切ったナイフをこちらに向けながら彼はそう言うと、そのまますぐに食事に戻る。もうあたしたちにかける言葉は無いらしい。

 兵士に案内され、あたしたちは退室した。

 



「とんでもない人ね……」


 十分な距離を取ったことを確認しつつ、あたしはポツリと言葉を漏らした。一瞬の顔合わせだったのに凄まじい疲労感だ。


「国王とは思えない軽薄な口調だったし、食事の仕方も作法に則っているとは……あたしも詳しいわけじゃないけど、とても思えない」

「自己紹介もしないまま食事に戻っちゃったしねー」

「そうよ! 名乗ってなかった! 実は国王でないなんてことも──」

「ユキリ・ロンタール様です。先代のフリップ・ロンタール様から王の座を受け継いだ正真正銘の国王です」

「でしょうね。言ってみただけよ」

「コホン、とにかく……」


 兵士が改めて言う。


「お二方にはユキリ様と私たち兵士と共に行動してもらいます。面目上は護衛ということになってはいますが、付き添い程度で充分です。むしろ私たちを差し置いて護衛などされてしまっては困ります」

「護衛の兵士にも立場があるもんねー」

「ねぇ、その護衛が必要無いって言うならさ、あたしは断りたいんだけどダメ?」

「え……?」


 兵士が目を丸くする。

 依頼の受託をギルドが保証しているのに、あたしのこの返答だ。当然そうなる。

 あたしは慎重に言葉を選んで言う。


「誤解しないでほしいんだけどさ、あたしは何も好き嫌いで言っているわけじゃないの。“不可能”なのよ。たとえ一緒に横を歩く程度の仕事であっても、あたしの場合は不可能なの」

「あぁー……確かにそうだねー」


 チョキは軽く笑いながら納得してくれた。


「あたし嘘が付けないの。誰かをおだてたり、ゴマをすったりしようとしても、反射的に本音を吐き出してしまうのよ。国王様の機嫌が悪くなったらあなたたちも困るでしょ? だからあたしを傍に置かない方がいい」

「うん。僕も賛成だよ。別に僕一人だけでもいいんでしょ?」

「まぁ、それはそうなのですが……それでは……」

「大丈夫!」


 どうしたものかと狼狽する兵士にチョキは屈託のない笑顔を向ける。


「兵士さんは何も聞かされてない、スティープルが風邪でも引いたことにすればいいよ。国王様のご機嫌は僕が取るからさー!」

「わ、分かりました。それなら安心です」


 あぁ、なるほど。ここであたしが断ると、それは不適切な奴を招いたという兵士の失敗にされてしまうのか。


「あ、でも……一応、聞いておきたいな。僕たちのチームを指名した理由。それを聞けば僕一人でも大丈夫なのか分かるかも」

「それはあたしも気になってる」

「大した理由ではありませんよ」


 兵士があっけらかんとした表情で言う。


「個人を指名すると、その個人が気に入らなかった場合に、また依頼を出す手間が生じます。それが面倒……実際そう感じるのは依頼を出す私たちですが、面倒だからチームにしたのです」

「複数人を連れてきて、気に入らないやつは返せば良いと」

「そしてお二方を指名した理由ですが……ええと、どうかお気を悪くされないでください。ユキリ様は自分を良く見せたいのです。ですのでお二方のように体格の小さい方や、頭の悪そうな方、怪我人などをわざわざ選んでいるのです」

「…………引き立て役ってわけ?」

「あはは、納得したよー」

「はぁ……チョキが笑ってくれて良かったわ。そうやって笑っていられるなら、きっとあの王様にも好かれるでしょうね」


 まぁ、ともかくチョキ一人でも充分ということが分かった。

 最後に今後の予定を確認する。今日はもう出歩く予定は無いということで、明日からの付き添いにおける集合場所や時刻を聞き、あたしたちは解放された。




 閉め切られたレストランの扉を背に、あたしは一つの溜息と共にチョキへと謝る。


「……ごめんなさい、あなたに押し付けて」

「大丈夫。前はスティープルのおかげで依頼が達成できたんだし、今度は僕の番っていう、ただそれだけのことだよー」

「だとしても、あんな身勝手な態度の奴に相方を差し出すとなるとね、あたしにも罪の意識ってものが芽生えてくるのよ」

「えー? そう? 僕はそんなにイライラする性格じゃないし、スティープルが気に病む必要は無いと思うんだけどー」

「シザースの方は?」

「僕と一緒。ちょっと気に入らないことを言われただけで手を出したりはしないよー」

「なるほど……」


 言われてみればそうかもしれない。だからこそ厄介なのだという気持ちは抑えつつ。

 ……と、二人で談笑しているときだった。


「スティープル様、チョキ様」

「え……?」


 レストランの中にいたはずのロンタール国の兵士が現れ、あたしたちに向かって話しかけてきたのだ。


「お二方はここまで馬車で?」

「うん、そうだよー。何か用?」

「内密なお話となりますので、ここではお答え致しかねます。私たちの馬車に付いてきていただけますでしょうか」

「え……」


 兵士が真剣な口調で言う。

 国王様には内緒で何か話すべきことがあるというのだろうか。


「私たちを信用できないと言われても仕方のないことではございますが、お二方の依頼に関わることでございます」

「分かったよ……」


 そう言われてしまっては断れない。

 付き添いは無理ではあるが、他に何かあるのなら話は聞こう。あたしにもできることが残ってるかもしれない。

 あたしたちは兵士の操る馬を追って馬車を走らせるのだった。

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