第2章 矛先~Two-side Target~
第29話 二面性
あたしが触れた場所には口を生成することができる。触れてすぐにというだけではなく、自分の望むタイミングで。数も自在だ。
人体に生成した場合、その人物の本音をさらけ出す。頭に浮かんだことを即座に漏らすようになる。口の構造はその人物と同じだ。唇の厚さや歯並び、そして発する声も全て。あたしのように、生まれつき声の出ない人間でも喋れるようになる。
ただしどの人体に生成したとしても、あるいは人体以外に生成したとしても、その噛み付く力は共通だ。入れ歯の老人にでも生成しない限りは、肉体を容易に噛み千切るほどの力を持つ。
これがあたしの能力『ファングド・ファスナー』。
世間ではこうした一部の人間だけが持つ固有の能力をプレーン能力と呼んでいる。
プレーン能力を持つ人がどれほどの数いるかは定かではない。
でも、きっと至る所にいるはずだ。周囲が気づいていないだけで、英雄として名を馳せた名騎士や、町中ですれ違う無邪気な子供に到るまで。これから先の人生で能力を開花させる人も含めれば、もっと溢れかえる。
現に、あたしの隣にも……!
「チーム名?」
ギルド・カートリッジの受付にてチョキは告げられた言葉を繰り返す。それは受付嬢のウェバリーからの要求だった。
「はい。以前はスティープル様、チョキ様という名前で依頼の受託を許可いたしましたが、それはあくまで個人としての受託になっております。今回はチームとしての依頼になりますので、お二方個人の受託は認められないのです」
「えー、何だか“システム”って感じで面倒くさいなー。」
「どうする、チョキ? 依頼なら壁紙に山程あるんだし断っても……」
「そうは参りません」
ウェバリーはきっぱりと言い放つ。
「これは当ギルドからの指名なのです。依頼者が希望する受託者の条件に最も合致しているのがお二方であると、私の主観ではなく当ギルドとしての方針なのです」
「何だかズルい言い方ね……」
ギルド・カートリッジは単なる依頼の仲介組織だと思っていたが、それは間違いだった。
時には今回のように、要人の依頼者が金に物を言わせて、受託者を指定してくるパターンが存在するのだ。
ギルドも社会に属する一組織だ。事を荒立ててまで権力者と敵対するほど挑戦的ではない。長いものには巻かれろ、そういう精神だ。
そんなギルドを稼ぎの頼みにしようと目論むなら、当然ながら彼らの期待に応えなくてはならない。ここで断るということは、すなわち依頼を達成できなかったことに他ならないのだ。
「へっ! 悪いことは言わねぇ! 止めておきな!」
あたしたちの後方からガヤが飛ばす包帯男がいた。チームBFDのリーダー、ブロードだ。
「あんな依頼、受けなきゃあ良かった! 心の底から思うぜ、時間と労力の無駄だ!」
「ブロード様、お静かに」
「あんな報酬に釣られたのがバカみてぇだ! 俺たちBFDは一瞬でクビにされたが失敗だとは思ってねぇ! 逆だ! 大成功だ! 傷口を広げずに済んだんだからな!」
「ブロード様……聞こえませんか?」
「ウェバリー、落ち着いて。あたしが黙らせてくるから」
何気なくペンを手にした彼女をなだめ、あたしは渋々ブロードの元へ向かう。
「あ、待ってスティープル。その前に君の方針を聞いておきたいんだけど……」
「いいよ、チョキ。依頼は受ける。チーム名は……悪いけど思いつかない」
「うん。じゃあ、それっぽい奴を考えておくねー」
奴隷商の討伐という大きな成果を上げたとはいえ、まだまだ新参者のあたしたちに依頼を断るという選択肢は無い。
受託の手続きはチョキに任せ、あたしは騒がしい厄介者を鎮めに行く。
「いいかげんにしてよ、ブロード。あなたがウェバリーを敵に回すのは勝手だけど、それにあたしたちを巻き込まないで」
「俺は親切心から言ってやってるだけだ! この前のお詫びも兼ねてな!」
「お詫びぃ? それで勝手に借りを返したつもりになられてもねぇ……。で、その忠告がお詫びになるくらいに危険な依頼なの?」
「……いや、そうでもねぇ。依頼内容は護衛だが、パーチメント王国は好き好んで汚い場所に踏み込んだりしない限り安全な国だし、護衛付きの相手をわざわざ狙うような命知らずもいない」
「まぁ、そうでしょうね。あたしたちみたいな新参者の子供を指名するくらいだもの、そんな切羽詰まった状況じゃないのよ」
実績だけが指標なら、あたしたち以上の適任がいるだろう。ギルドの労力があればすぐに探し出せる。
それにも関わらずあたしたちを指名したということは、それなりの理由があるはずだ。実績よりも重要な何か……例えば見た目が子供とか?
「だが違うんだ! 危険とかじゃあない! 問題なのは──」
ブロードは言葉を区切る。いつのまにやらギルドが込み始めていた。
「問題なのは……何?」
「いや、止めておこう。下手なこと言って誰かに聞かれていたらマズいだろ?」
「何よそれ! 自分で言い出しておいて、意気地なし!」
「う、うるさい! とにかくお前らがすべきことは別の依頼だ! この壁紙を見ろ! こんなに多くの選択肢があるんだ! わざわざ選択を強制されることはないぜ!」
ブロードがバシンと壁を叩く。
おいおい、張り紙が落ちたらどうするんだよ。そう思って紙に目をやると……はて、その中に一枚だけ変わった紙があった。
「ねぇ、ブロード。あの依頼は何? 報酬しか書かれてないみたいだけど」
「あ? ……いや、あれも止めておけ。あれは極秘依頼だ」
極秘依頼。ブロードがそう称した紙には依頼の内容が一切、書かれていない。
「ギルド側も依頼の中身は知らねぇ。受託者に依頼者の居場所を教えるだけで、その先のやり取りは当事者だけで行うんだ」
「何が出てくるか分からないってこと?」
「あぁ、と言っても大抵はヤバいものしか出てこねぇだろうがな。極秘依頼を出すには膨大な金がかかる。少なくとも一個人の財産では無理だ」
ブロードがそう言って喉を鳴らす。
一個人を超えた規模での依頼、それも公にできない内容となれば、避けたいと思うのが普通だろう。
「それに……これが最も大事なことなんだが、極秘依頼はキャンセルできねぇ。依頼者から話を聞いたら必ず受託しなければならねぇんだ」
「へぇ? まぁ、依頼する側からしてみれば事情を知っている人をタダで帰すわけにはいかないものね」
「分かってるじゃねぇか。もちろん失敗なんてもってのほかだ。俺は極秘依頼を受けた奴は何人か見たことはあるが、失敗した奴を見たことは一度もねぇ。俺の言っている意味は分かるよな?」
失敗は死を意味する。
そんな危なっかしい依頼を堂々と張り出すとはとんでもないギルドだな。
でも……まぁ、ギルド側だってあたしたち受託側からの信用は重視するはずだし、依頼がキャンセル不可ということくらいは説明するだろう。
よほど鈍感な人でもない限りは大丈夫なのかな。
ドン!
「いたっ!」
「失礼」
いつのまにか男が一人、あたしたちの後ろにいた。
二メートルはあろうかという長身に折れそうなほどの細い体つきがあたしを見下ろしている。
彼の奇妙な出で立ちに、思わずあたしは言葉を失った。道化師のような服装は濃い紫を基調として、黄色や水色といったまだら模様が目立ち、スカートのような構造で足元まで覆っている。頭にはシルクハットを被り、片手でステッキを付いている。
そして、彼の両手は一見すると白い手袋を付けているように見えるが、実際は素肌だ。病的なまでに白い手の先に、異なる十色のマニキュアが存在感を放っている。同様に顔の色もまた白いが、その目つきは病気どころか英気で満ち溢れたように鋭く光っていた。
「怪我は?」
「い、いえ平気。あたしの方こそごめんなさい」
「なんだこいつ、ヘンテコな格好しやがって。おい、ここは大道芸人の来るところじゃあねぇんだぜ! ウケ狙いなら他に行きな!」
「…………」
「無視してんじゃあねぇぞ! 挨拶の仕方も知らねぇのか!?」
男はブロードの言葉には目もくれずに張り紙をじっと見つめている。それがブロードの癪に障ったようだ。
だが、男は表情一つ変えることなくブロードを見つめ返す。
「遊び相手が欲しいなら他を当たれ。貴様のような二流に見せる芸など持ち合わせてはいない」
「こ、この野郎……俺たちの怖さを知らねぇらしいな!」
「ブロード、誤解を招く表現は止めて! 何が俺“たち”よ、仲間は置いてきたくせに! ねぇ、あたしとこいつは何の関係も無いの。喧嘩するなら巻き込まないで。あとここの受付嬢を怒らせると危ないから、喧嘩は外でやった方がいい」
「ご忠告どうも」
余計なトラブルに巻き込まれそうだ。あたしはささっとチョキの元へ戻る。
「スティープル、もういいの?」
「えぇ、ブロードの相手はあの人がしてくれそうよ。どこの誰かは知らないけど」
「初めて見る方ですね」
ウェバリーが道化師風の男を見ながら言う。彼女の言葉は本当だろう。あんなに個性的な服装なのだ。
まぁ、どうでもいいか。そんなことよりも、あたしたちに関係のある話をしよう。
「それで、チョキ。チーム名はどうなったの?」
「うん、チーム名ね。一つ思いついたんだけどさ……」
チョキは一度、言葉を区切って言う。
「ツーサイドってどうかな?」
「
「そう、僕とスティープル、二人のチームだからツーサイド」
「なるほど……いいね、ぴったりだと思う」
「ありがとう、それじゃあこれで決まりだねー!」
チョキとあたし、そしてチョキとシザース。
チーム・ツーサイド。それがあたしたちの所属するチーム名に決まった。
そしてそれは同時に、チーム・ツーサイドが依頼を受託した瞬間でもあった。
この時のあたしは思いもしていなかった。
護衛……その依頼のためにあれほどの血が流れることになろうとは!
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