第27話 後始末

 バンケシーの身柄はパーチメント王国へと引き渡された。罪人の裁きを担当する兵士は、この国では保安部隊に所属しているそうだ。

 冒険者の多い国ということもあるだろうか。彼らの理解力は優れていた。

 バンケシーがプレーンであることと、その能力の内容について。それを説明したのがあたしのような子供であってもすぐに納得してくれたのだ。幸いにも一足早く目覚めたチョキに説明を任せることができたおかげでもある。


「我が国の保安に貢献いただいたこと感謝する」


 あたしたちの要請に応じた保安部隊の男は名をフォルカンと名乗った。

 銀色の磨き上げられた鎧に身を包み、その表情は常に引き締まっている。


「奴隷商の発展に協力し、その裏では数々の人間を暗殺。そして今回は冒険者を脅迫して殺人教唆。言うまでもなく重罪である」

「その発展した奴隷商も結局はバンケシーさんが殺しちゃったんだよねー」

「そうね。何もかもバンケシーの罪になって、あたしたちは奴隷商を討伐できなかったことに……」


 思わず溜息。

 バンケシーのプレーン能力である『バケット・パニック』は、保留中の攻撃を含めて全て解除させた。それは『ファングド・ファスナー』による本音の吐露で確認済みだ。

 なので、今のあたしたちはバンケシーの依頼を躍起になって達成しようと振る舞う必要は無いのだが、ナギナタ老の依頼もまた諦めざるを得ないのが残念だった。

 ……と、落ち込んでいる所へフォルカンがやってくる。


「お二人にはこちらを渡しておく」

「……? 何かしら?」


 そう言って彼が渡してきたのは直筆の署名だった。

 そこに書いてあったのは……!


「バンケシーの身柄確保はお二人の功績であるということ、並びにその功績が奴隷商を討伐させたことに等しいと保安部隊が保証するものである。必要であれば証人として依頼主やギルドに証言することも厭わない」

「えっ!? い、いいの……そんなこと!?」

「奴隷商と溺死事件。保安部隊であれば誰でも知る未解決事件である。この功績に正当な評価が受けられぬなど、我が国ではあってはならぬことである」

「あ、ありがとう……!」

「礼など無用である」


 これが彼らなりの流儀ということか……とてもありがたい。


「ところで一つ聞いておきたいのだがよろしいだろうか?」

「なーに?」


 フォルカンはチラリと、床に転がっている鳥カゴに目をやった。それにチョキが応対する。


「あの鳥カゴに入っていたのはドルホークだと考えている。アジトに餌が用意されていたことからもそう考えられる。お二人は何か知っていることはあるだろうか?」

「あ、もしかして鳥カゴに何もいないのが気になるのー?」

「その通りである。しかもカゴの蓋が。普通は閉めておくものであろう?」

「…………」

「私が危惧しているのは、奴隷商が仲間に異変を知らせた可能性である。手紙を持たせずにドルホークを飛ばせば、相手側は緊急事態だと気づくであろう。開いたままの蓋についてもそれを示唆していると考えられる」

「なるほど、僕そんなこと思いもしなかったよ。保安部隊の人ってすごいなー!」


 チョキは朗らかに笑いながら言った。


「でも僕たちは何も知らないんだ。気づいた時は鳥カゴは空になっていた。最初にドルホークがいたのはスティープルが見てたんだけど」


 チョキの言葉にあたしは無言で頷く。

 証人はあたしだけではない。今は三人とも気絶しているがBFDの面々も鳥カゴの中身は目にしている。


「蓋が偶然にも開いて勝手に逃げちゃったのかな。ごめんね、気が付かなかったよ」

「そなたが謝る必要は無い、不可抗力である」


 フォルカンはそう言ってこの話を切り上げた。

 まったくその通りだ。ずっと眠らされていたチョキが責任を感じる必要なんて無いのだから。




 その後、あたしとチョキはフォルカンと共にナギナタ老の邸宅に戻り、応接室にて依頼の達成を報告した。

 マルルは笑顔であたしたちの帰還を喜び、レサルタも珍しく感心したような表情を見せたが、その雰囲気は初めだけだった。

 バンケシーの逮捕という結末は彼らの感情を即座に打ち消した。


「し、失礼ではございますが何かの間違いでは……!?」

「お気の毒ではあるが、バンケシーは正直に罪を告白している。保安部隊の尋問に何ら隠すことなくスラスラと全てを……むしろ正直すぎて怖いくらいである」

「そんな……」


 マルルはそう言って口を噤む。

 一日だけの知り合いだったあたしたちとは違う。彼らの場合はもっと長く、ナギナタ老に至ってはあたしが生まれるより前からの関係なのだ。

 ……掛ける言葉なんて見つかるはずもない。


「……フォルカン様、バンケシーはプレーンだというお話でしたね」

「うむ」


 レサルタの問いをフォルカンが肯定する。するとレサルタはゆっくりと首を振りながら観念したように言った。


「そういうことなら……納得せざるを得ませんね。かつてバンケシーはこう言ったのです、『囚われの奴隷たちを全員、助けてやってくれ』と」


 それは彼の言っていた、優秀な冒険者の話だった。


「あの男をどうやって死に至らしめたのか長きにわたる疑問でしたが、バンケシーのその能力であれば容易いことでしたね。奴隷の一人を前もって死体にしておくだけで良い、それだけで“全員を助けること”はできないのですから」

「そんな……兄さん……! では本当に……!?」

「スティープル様、チョキ様」

「っ……!」


 レサルタがあたしたちへ言う。そして頭を深々と下げた。


「ご主人への報告は私共にお任せいただけませんか。何卒お願いいたします」

「……うん。スティープルもいいよね?」

「えぇ、それが一番だと思う」


 不思議な感覚だった。昨日あたしたちが会ったレサルタとは違う。今の彼は丁寧な態度で……フォルカンという客人の前で取り繕っているはずなのに、その言葉は嘘偽りのないレサルタの剥き出しの本音なのだと、そう思えた。

 断るつもりなんてない。報告のために席を立つ彼らを、あたしたちはただ無言で見送った。


「……マルル、あなたも付き添ってあげて」

「で、ですがあたしは……!」

「あなたがメイドで、あたしたちがまだ客人なのは分かってるよ。でも……」

「ねぇ、マルル。スティープルは席を外してほしいんだよ」

「……かしこまりました」


 マルルはお辞儀と共に退室し、部屋にはあたしとチョキだけが残った。




 しばらくの間は時計の針が進む音だけが聞こえていた。

 やがてチョキが無言に耐えかねたのか口を開く。


「ねぇ、スティープル。言っておくけど僕からは話を振らないよ。そんなことしたら君は勝手に答えちゃうからさ」

「……そうね、『わざわざマルルを追いやってまで何を話したいの?』なんて普通は聞きたくなるものよね」


 不用意な質問をしないチョキは、あたしの扱いをよく心得ている。


「倉庫でフォルカンと話していたときのことよ。危ない所だったわ、咄嗟に『ファングド・ファスナー』を解除して無言を貫いたけど……」

「あはは、ありがとうね。スティープルが喋ったらどうしようって思ったよ」

「あなたは何をやったの?」


 あたしはバンケシーを見張っていたため、目覚めたチョキからは目を逸らしていた。だが、彼がドルホークを逃したのは分かっているのだ。


「あと、あなたの言う『ごめんね』っていうのが気になったのよ。もしかして、謝らないといけない何かをしでかしたんじゃないでしょうね?」

「うーん、まぁ……とりあえず謝っておいた方がいいと思ったんだよ。同じ僕のやったことなんだからさー」

「……はぁ、勘弁してよね」


 見張っておくべき相手がの方だったなんて、そんなの無理に決まってるでしょう……!


「蓋を閉め忘れたのは閉める前にチョキに戻ったから?」

「そうだよー」

「それじゃシザース、あなたは何を企んでいるの?」

「企んでいるなんてそんな、僕はただ……!」


 少年は赤い目であたしを真っ直ぐ見つめて言った。


「受けた依頼を達成しただけだよ」




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「恐ろしい光景ですね……」

「ふん」


 ヴェラム王国の兵士ジョイントは共に行動していた兵士の言葉を軽くいなして言った。


「“おめでたい”の間違いじゃあねーのか? 王国うちの兵士が追い求めてきた奴隷商が滅びたんだ。その代わりに今じゃあスティープルを追い求める毎日だがな」


 彼女の視線の先に広がっていたのは……死屍累々の惨劇。

 十数人もの人間が倒れ込んでいる。いずれも首に刺し傷があり、その出血量はあまりにも膨大だった。


「しかし、聞いたことありません! ドルホークが人間を……これほどの人数を襲うなんて! 前代未聞ですよ!」

「確かに記録っつーものがあるなら世界一を更新するだろうぜ」

「キョキョキョキョ」


 開け放たれた牢屋の中でドルホークが鳴く。奴隷商の血で全身を染め上げながらも興奮した様子は無く、仕事終わりの労働者のように力を抜いて休憩している。


「不思議な鳥だぜ。人間の首だけをブッ刺したんだ。まるでそこ以外は狙っても無意味だっていうようにな」

「不思議なのは狙う相手もですよ! 奴隷商を皆殺しにしておきながら、私たちには見向きもしません! それこそ私の知っているドルホークと同じように人懐っこい!」

「まるで奴隷商の急所だけを狙うよう操られているみてーだな」

「最近は操られた魔物の襲撃も多いことですしね。やはり処分すべきでしょうか」

「……いいや、放っておく」

「え……!?」


 ジョイントは懐から紙タバコを取り出し、火ををつける。


「一般人ならまだしも、そこの鳥さんがブッ殺したのは奴隷商だぜ。あたいたちの代わりを務めてくれたんだ。礼を言おうじゃあねーか……あいつも浮かばれる」

「あいつ? …………い、いえ! 失礼しました! 踏み込んだことを──」

「あたいの友人だよ」


 ふぅと吐いた煙を見つめながら、ジョイントは言う。


「五歳くれーだったかな、弟と一緒に誘拐されて……売られたんだ。何とか逃げ出して人間らしさを取り戻しはしたが、弟の方は別の客に売られてそれっきり。生きてたとしても顔も分からねーだろうな」

「そ、それは……何とも残酷なお話ですね」

「あぁ、あたいが奴隷商への情けを捨てたきっかけになった。あたいは将来、素敵な旦那と結婚して子供産むって決めてっからな。こんなクソの集まりは魔物以上に許しちゃあおけねーんだ!」


 ジョイントは奴隷商の亡骸を一瞥すると、躊躇なくタバコを押し付ける。

 そのままドルホークを一瞥して出口の方へと歩き出した。


「だが……奴隷商か。そういう可能性はあるかもな」

「何がです……?」

「スティープルさ。あいつは身寄りのねー迷子の子供なんだ、奴隷商の目に止まった可能性はある。もしかしたらこの国にはもういねーかもな」

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