第25話 交錯する思惑

「チョキ!」


 部屋に入って真っ先に彼の姿が目に入った。

 チョキは地面に倒れ込んで目を閉じていた。その横にあるテーブルの上には小瓶と布切れが置かれている。

 そしてテーブルの上には小瓶の他に鳥カゴが置かれていた。大人の腕ほどの大きさがある灰色の鳥が、あたしをじっと睨みつけている。


「キョキョ!」

「……何よこいつ?」

「そいつは伝書用に使われる“夜の鷹”ことドルホークだ。訓練された個体なら、夜の間に遠くの家へ手紙を届けることができる。俺たちのじゃあねぇ、ここで飼われてる奴だ」

「便利な鳥ね」

「そうでもねぇよ、相手から返事を貰うにも時間がかかるからな。要件によっては馬を飛ばした方が良い時もある」

「なるほど。そっちの小瓶は?」

「そっちは睡眠薬……俺たちの私物だ。デウムに渡しておいた」


 部屋に入ったチョキはすぐにこいつで眠らされたわけか。

 最初に予想していた通り、ここは倉庫のような部屋だ。

 部屋の奥にはさらにいくつかの扉がある。そのうちの一つは半開きになっていて、中がトイレだと分かった。奴隷商たちは普段、ここで生活しているようだ。

 だが、そうなると次に気になるのは……!


「ねぇ、奴隷商はどこに行ったの?」

「俺たちが知るかよ、依頼人の命令でここに来た時にはもぬけの殻だった。そうでもなきゃあお前たちを待ち伏せなんかできねぇだろ」

「てっきり、あなたたちが追いやったとばかり……」


 でも違うのか。

 だとすると奴隷商たちが自ら避難した? ブロードの依頼人が先手を打ってあたしたちの襲撃を知らせていれば、その時間は十分にある。

 ……ただ表には馬が残ってたんだよな。それにドルホークもいる。

 何というか、避難したにしては物が残りすぎている気がする。持ち去ったという形跡が無い。それともあたしたちを始末した後に戻ってくるつもりなのだろうか。


「お、おい! そいつ……チョキだっけ? もう見つけたんだし、そろそろ出ようぜ!」

「あたしが何のためにここに来たのか忘れたの? 他の部屋も見ておかないと」


 一つの部屋に全員が集まって息を潜めているとは思えないけど、隠し通路があって逃げた痕跡が見つかることもある。全ての部屋は自分の目で確認しておきたい。

 トイレとは別の、もう一つの扉を開けて中を伺う。いくつかの二段ベッドが置かれている。寝室だろうか?

 ──その時だった。


「っ……!?」


 急に寒気がした。禁域に踏み込んだことを本能が警告でもしているかのように、ゾワゾワと鳥肌が立ってくる。


「ブロード……あたしたちを待ち構えてる時にこの部屋は見た?」

「あぁ、だがチラッとだけだ。いつお前らが来るかも分からないんだし、そんな念入りには……どうかしたのか?」

「シーツが不自然よ」


 ベッドの陰からシーツが覗いている。その表面は不自然に盛り上がっていて、何かを覆っているようにも見える。


「まさか誰かいるっていうのか?」

「分からない。でもたぶん違う」


 その不自然な配置のシーツは一箇所だけだ。何か大きくてかさばる物に埃避けのように被せられている。

 人間が隠れるために被っているのではない、と直感的に思った。呼吸による僅かな揺れは全く感じられない。

 なら、この下には何がある?

 どうでもいい物かもしれない。むしろそうであってほしい。あたしのこの嫌な予感が気のせいで、それが原因で再びブロードを図に乗らせたとしても、そっちの方がずっとマシだ。

 あたしは意を決してシーツをめくった。




「うわああああああっ!?」


 ブロードの叫び声が全てを物語っていた。


「何だよこれ!? 何人いるんだよっ!?」

「九人……」


 死体。死体。死体。死体。

 そこには人間が積まれていた。二人ずつ横に並べて四段、最上段だけは一人というように不気味なほどに規則正しく。

 吐き気と恐怖、そして怒りを同時に味わう。

 こんなに大量の死を前にしたのは始めてだ。


「つ、積んでやがる……人間を小麦粉の袋みてぇにきっちりと! 何だよこれ!? 奴隷商の奴らがやったのか!?」

「そんなわけないでしょ! 自分たちの寝る場所に死体を置くなんて! 逆よっ!」


 そう、逆だ。ここに隠された死体は全て奴隷商の方……奴らは“やられた側”だ!


「避難していたわけじゃなかった……最初からここにいたのよ」


 不愉快さを無理やり理性で抑えつけ、積み上げられた死体を観察する。

 彼らは全員が目と口を見開いて死亡していた。安らかな死に顔をした人は誰一人としていない。大きな外傷は無いが何人かは両手の指を負傷している。中には爪が剥がれ落ちている者までいた。


「もしかしたらブロードと同じかもしれない」

「お、俺?」

「溺死ってことよ。この指の爪、苦しさのあまりバケツを必死に引っ掻いたように見えない?」

「あっ……! じゃあ犯人は!」

「あなたの依頼人ということになるね」

「で、でも! あいつにとって奴隷商は自分の欲しい物を提供してくれる便利な奴らだぞ!? 殺すなんてそんな……」

「依頼を達成できなければ死刑を求刑してくる男なんでしょ? 奴隷商だってきっと例外じゃないのよ。そりゃ、あなたたちと比べたら替えがききにくい存在かもしれないけど」

「ひ、一言多いんだよ!」


 死体置き場と化した部屋を出て、あたしはチョキの元へと戻ってくる。

 すやすやと眠るチョキを見ていると、何となく奴隷商たちの殺された背景が思い浮かんできた。


 一昨日の夜、シュージーはチョキを運んでパーチメント王国へと向かった。あの時、彼らは客の要望を受けてから商品の確保に動くようなことを言っていた。つまりチョキを……というより年頃の少年を奴隷として買いたがっている人物がいるということだ。

 その人物こそがブロードの依頼人ではないだろうか? BFDにチョキの誘拐を依頼したのだし、嗜好は共通している。

 だとすれば、奴隷商たちが殺されたことにも説明がつく。

 シュージーからドルホークで連絡を受けた奴隷商たちは、商品の受け渡しが可能な日にちを買い手側に連絡した。

 しかしチョキがここまで運ばれてくることはなかった。

 そして“チョキを売る”という依頼を達成できなかったがために、プレーン能力の条件を満たして攻撃が発生。奴隷商たちは溺死する羽目になった。

 ……そんなストーリーがあったのではないだろうか。汚い手段で稼いできた奴らが、その汚い手段のために命を落とす……なんとも皮肉なストーリーが。


「因果応報ね」

「何の話だ?」

「法を掻い潜って悪事を働いていたようだけど、結局は別の誰かに裁かれる。そんな運命だったのよ。あたしたちの手でわざわざ討伐するまでもなかった」


 そう、裁きの代理人である犯人……ブロードの依頼人という問題は残っているものの、あたしたちの受けた依頼については既に終わっているのだ。




 バシャン……!


「ゴボッ!」




「っ!?」


 ──それはあまりにも突然の出来事だった。

 初めに目の前が真っ暗になった。

 明かりを消したのか、という言葉の代わりにあたしが吐き出したのは泡だった。


「ゴボボボッ!!」


 そんな馬鹿な……!

 攻撃だ……あたしの顔にバケツが被さって溺れさせようとしているっ!?


 ガンッ!


「ッ……ッ!」


 バケツに手をかけてもピクリとも動かない!

 ブロードの時は外せたのにどうして!? 何か条件でもあるのか!?


「──!? ──!」


 ブロードが何か喋っているが、バケツと水のせいか何も聞き取れない!

 マズい! このままではっ……!


「ブロードォッ!」


 『ファングド・ファスナー』で手に口を生成する。水に覆われていなければ言葉を発せる!


「バケツを外してっ! たぶん本人には外せない! さっきあたしがあなたのバケツを外したように!」


 相手の声は聞こえない。一方通行の発言、会話ですらない。


「聞こえてるのブロードッ! 早くっ! 早くをバケツを……このままだとあたしも溺死するっ!」


 ガタン!


 ブロードの手が触れたのは……あたしの体だった。


「ブロード……!?」


 彼の手があたしのポケットをまさぐって……!

 まさか、まだ諦めてなかったのか……!?

 あるいは、ほんの少しの気の迷いなのかもしれないが……今のあたしにとってはどうでもよかった。

 こいつは眼球を奪って終わりのつもりだ……あたしを助けるつもりなんて無い!


「ブロードォォォォォォーッ!!」

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