第23話 BFD

 奴隷用の部屋に入ってから扉は開けたままだ。チョキがもう片方の部屋に向かった瞬間も見えた。

 そうして彼が視界から消えて……そして何が起きているんだ!?


「チョキッ! 聞こえているの!? 聞こえているなら返事をしてっ!」


 間違いなくチョキの方にも誰かがいるはずだ。ブロードはギルドで手を刺されていたから、残るはもう一人の大男……そうだデウムだ。そいつがいると考えられる。

 そしてチョキの身に危険が及ぶならシザースが出てくるはず。あいつは無言で戦うような奴じゃない。誰も返事をしないなんて明らかに異常事態だ!


「『鎌風ウィンシック』!」

「っ!」


 ファインが牢屋越しにあたしを狙う。距離は離れている、避けるには充分だが……!


「このガキィーッ! あんたのせいでチームBFDは絶望の崖っぷちまで追い込まれたのってのに!」

「知らないよ、そんなの。邪魔をしないで、あたしは今──」

「“助けにきた”のよ! あんたは“私を助けにきた”と、そう言ったわ! 言ったからには実行してもらうわよ! 『鎌風ウィンシック』! 私を助けるために今ここでブッ倒されろォーッ!」

「……なるほどね、あんたを相手にしていたら、シザースの気持ちが少しだけ理解できた」


 こんな奴を相手に会話を試みるのは果てしなく時間の無駄だ。『もういい』って気持ちが心の底から湧き上がってくる。


「もういい、分かった。少し大人しくしていてもらうから」


 ファインの攻撃をかわして檻の方へと走り出す。

 そしてナイフを投げた。狙いは奴の胸元だ!


「チッ! 『鎌風ウィンシック』!」


 あたしのナイフと、ファインの放つ魔法の刃。刃物同士がぶつかり合う高い音が鳴り響く。

 あたしのナイフは回りながら地面を滑り、壁にぶつかって静止した。

 充分だ。魔法を一発、打たせた。それだけで充分。


 ガチャリ!


「っ!? こ、このガキ扉を……!」

「あぁ、やっぱりここは開いてたのね。あたしの予想は正しかったってわけ。これで一人、無力化した」


 ファインがナイフに気を取られている隙に、あたしは壁にかけられた鍵を手に取り、牢屋を施錠した。

 鍵は檻と正反対の方向へ放り投げる。もうファインの手に届くことはない。


「せいぜい助けを待ってなさい。ほとぼりが冷めたら迎えに来るからその時までね」

「そ、そうはいかないわよ! 『鋸風ソーネイド』!」

「……!」


 ファインの手のひらに発生した刃は円状で、しかも回転していた。彼女はそれを鉄格子へと向ける。

 キュイイイン、という大きな音が鳴り響き、火花と共に鉄格子が切断されていく。


「この程度、自力で脱出できるわっ! チームBFDをナメるんじゃないわよっ!」

「そう……せいぜい頑張って」


 あたしはファインを無視して部屋の入口へと向かった。

 内開きの扉だ。外開きなら部屋の外につっかえ棒を置いて閉じ込めることもできたのだが、今は彼女のことは後回しだ。

 扉を閉め、最初にあたしたちが入ってきた一室へと戻ってきた。

 ……やはりだ。そこには残りの二人がいた。

 地下室の入口からブロードが顔を覗かせ、真下にいるデウムと会話をしている。


「あぁ、馬車には無かった! 二人のうちどっちかが持ってる!」

「分かった。だがブロード、少年の方は持っていなかった」

「そうか、だとすると女の方だな!」

「……もしかしてこいつのことを言ってるの?」


 あたしがポケットから取り出した赤い球体に彼らの視線が集まる。


「しつこい奴らね! そんなに依頼を達成したければもう一匹、狼を仕留めてくればいい話なのに……そんなに楽がしたいの!?」

「知った風な口を聞いてんじゃあないぞポッと出のカスがっ! 俺たちBFDに求められているのはお前の持っているソイツだ! デウム、男のガキの方は何とかしたな?」

「あぁ、薬で眠らせた」

「よし! じゃあ、あとはその女をブチ殺して眼球を奪えばオーケーだ!」


 ブロードの勝利を見据えた言い草にデウムが頷き、あたしへと躙り寄る。その手に握られているのは大きな棍棒。あれで殴られたら、確かにブロードの指示するように“殺し”になるだろう。


「おっと、待てデウム……焦るなよ? その女をブチ殺すだけならお前だけでも事足りるだろうが、目的はあくまで眼球だ! ファインが来るまで待つんだ!」

「あぁ、分かっている」

「頭に血が登っているのかと思ったら随分と慎重ね。言っておくけどファインなら来れないよ」

「なに……?」

「さっさと攻撃してくるのをオススメするよ。もう一度、言うけどあなたたちが頼みにしているファインはここには来れない」

「はっ! お前マヌケか!? あいつの声はここまで届いた! あいつが魔法を使って鉄格子をぶった切っていることは分かっているんだ!」

「その通りだ、俺の方がよく聞こえたぞブロード。あいつの魔力ならすぐに脱出できる。もうすぐ扉を開ける頃だな」


 デウムの言葉とほぼ同時だった。

 あたしの後ろにある扉がガン、と音を立てた。


「え? 開かな……ああァッ!?」

「ファイン?」

「キャアアアァーッ! うげげっ! 手がっがああァァァーッ!!」

「なっ! ファイン!? 何が起きたっ!?」

「予想通り。扉のすぐ後ろにいるな」


 ドガン!!


 扉を全力で蹴り開く。扉は部屋の方へと開くから、その正面に立っているファインを突き飛ばす。その先に待ち受けているのは壁と扉の挟み撃ちだ。


「げぶっ……!」


 扉の下から流血が見えた。直後にファインが倒れ込む音。

 『ファングド・ファスナー』を前もって扉のノブに仕込んでおいた。扉を開けようとしてノブを掴んだ瞬間、大量の口が顕現してその手はズタズタに引き裂かれる。

 それと床にもね。扉のすぐ真下に口を顕現させて噛みつかせておいた。扉を開けようと引っ張れば口がになって音を立てる。

 ノブに口を付けたままでは気づかれてしまうから顕現させるタイミングを見計らう必要があった。そのための仕掛けだ。


「忠告はしたのよ、助けを待ってなさいって。素直に従っていれば良かったのにね」

「ぐ……! このガキ、ファインを!」

「それで、ブロード? あたしの言ったようにファインは来なかったわけだけど、次は何を言い当ててほしい?」

「デウムッ! そいつをブチ殺せェェェーッ!!」


 リーダーの命令と共に巨漢が棍棒を振りかぶる。


「うおおおおおおおおおっ!!」

「っ!」


 身を屈めて攻撃を避けたつもりだったが、予想以上に大きな衝撃があたしを襲う。

 大きくえぐられた壁が彼の腕力を物語っていた。


「おらぁっ!」

「うぐっ!」


 バランスを崩して転げ回るあたしの腹に、デウムの蹴りが炸裂する。飛ばされた体が部屋に置かれていた机に突っ込み、埃を撒き散らす。

 ギラリと目を光らせたデウムが倒れ込むあたしの元へ向かってくる。


「ブロード、確認するが殺して良いんだな?」

「もちろんだデウム! 重症でも再起不能でもなく確実に殺すんだ! 俺の言っている意味が分かるよな!? 一番大事なのは何か分かるよなぁ!?」

「あぁ、もちろんそれは眼球だ。ポケットの中に入れているのを俺は見ている」

「いて……て……」


 あたしのズボンの右ポケットの中、それが一番の目的だ。ポケットを狙わずにあたしを戦闘不能にする。その最適解がブロードの選んだ“殺す”だ。

 デウムが棍棒を掲げた。その狙いは……!


「頭部だ、覚悟はいいな?」

「殺せデウムッ! 脳みそバラ撒いてブチ殺せェェェーッ!」


 バシャッ!


 水の飛び散った音。だがそれはあたしの頭部からではない。水の色も白みがかった薄い緑色だ。


「あがっ……がああああっ!」

「デウム……?」

「目があああァァァーッ!」

「デウムッ!?」

「ちょいと失敬しておいたのよ、奴隷商相手に使えるなって思って。あなたが相手とは思わなかったけどね」

「お前デウムに何を……何だその手は!?」


 ようやく気づいたようだ、あたしの持っている能力に。

 あたしの右掌に付いた口は泡を吹いている。同時にシュワシュワと音を立てながら液体を滴らせている。


「石鹸よ、それも安物で質が悪い。『ファングド・ファスナー』で齧れば唾液と混ざって石鹸水が出来上がる。それはもうめちゃくちゃに染みるやつがね」

「は……!? ……!?」


 とはいえ、ブロードに全ては理解しきれないか。あたしが単なるガキでない以上のことはきっと理解できていない。


「何なんだよこれは!? ブロード、目が見えねぇ! 目が……ぐぇっ!」

「ふぅ、これで二人目」


 デウムが落とした棍棒を奪い取り、頭を殴りつける。

 彼は白目を向いて……いや、石鹸水のせいで白目に見えるだけだな。ともかく気絶して突っ伏した。


「残るはあなただけよ、ブロード。そんな所から顔を出してないで降りてきたらどう?」

「う……ぐ……!」

「別に戦えとは言ってない。降参しろって言ってるのよ、そこからりてじろって。無抵抗の奴を痛めつけたりはしないって約束するからさ」

「はぁ……はぁ……!」

「ただし逃げることは許さない。あなたが逃げるという選択をした瞬間、あたしはそれを“被害者ヅラをしてあたしを犯罪者扱いする行為”だと解釈する。それは無抵抗じゃない、分かるわね?」

「し、し……死にたくない!」


 ブロードが青ざめた顔で言う。そして……!


「俺は死にたくないっ!」

「っ!? ちょっと!」


 踵を返して……逃げ出した!?


「うわああああっ! 頼むっ! 命だけは助けてくれェェェーッ!」

「待ちなさい!」


 ハシゴを掴んで地上へと登る。

 このバカ! 錯乱しているのか!?


 ガゴン!


「がっ!」

「……?」


 金属音が響いた。同時に聞こえた悲鳴はブロードのものだ。


「……何をやってんのよ」


 地上に戻ったあたしが見たのは、転倒して足をバタつかせているブロードだった。その頭にはバケツが被さっていて、アゴから上の部分は完全に隠れている。


「無様ね……」


 立ち上がることもできずに必死にもがくブロードを見つめながら、あたしはそっと呟いた。

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