第20話 承諾

「それで依頼って何なの?」


 ギルド・カートリッジを出た後、依頼人の家に向かう馬車に揺られながらあたしは言った。横に座っているのはシザースではなくチョキだ。


「僕たちにできそうな依頼だよー」


 チョキから受託書を受け取る。

 ウェバリーのサインと受託日が追記されている以外は、ギルドの壁に貼られていたものと同じだ。

 その依頼内容を読み上げると……。


「パーチメント王国に身を隠す奴隷商の討伐。依頼の達成は、依頼人の署名を受け取った上でギルド・カートリッジの担当者が判断する。依頼内容の詳細については依頼人の方から説明。……なるほどね」

「ね?僕たちに有利でしょ?」

「確かに。奴隷商の隠れ家なんて普通の人たちには見つけられないものね、ヴェラム王国が実際そうだったし」


 でもあたしたちの場合は別だ。シュージーの行き先というだけなら、この馬に案内してもらえば良い。なにせチョキの言いなりになっているのだから。


「しかし討伐って……どうすればいいのよ?王国兵に身柄を引き渡せばいいの?」

「たぶんそうなるのかな。さすがに命を奪うってわけじゃないと思うよ、そんな依頼はギルド側が拒否するだろうし」

「そして報酬は……何よこれ?」


 思わず眉をひそめる。報酬欄に書いてあったのは金額ではなかった。


「依頼人の住む邸宅の所有権と、その邸宅に保管された財産の三分の一。うーん、何というか……すごく曖昧な書き方ね。こんなよく分からない報酬のために高い受託料を払わないといけないなんて、そりゃ余り物の依頼になるわけだわ」


 呆れ気味にチョキに受託書を返す。とはいえ、彼がこの依頼を受けたことに納得はできた。

 今のあたしたちにとって住まいを得られのは大きい。大金よりも魅力的な報酬だ。


「あ、見えてきたよスティープル。あれじゃないかなー?」


 チョキの指差す先にその館は佇んでいた。

 一個人の所有するものとして大きいことは一目で分かる。客室が八つはありそうな二階建ての建物で、白い外壁と窓はピカピカに磨かれている。

 建物の前に設置された門をくぐると石畳の通路が設けられており、馬車を止めるための小屋が置かれている。小屋の中では既に先客の馬が寛いでいた。

 通路の外側は山吹色の花を咲かせた植物が生い茂っている。自分が庭の支配者とでも主張しているようだ。緑色の茎と織りなす二色の世界は圧巻だった。


「ここが僕たちの家になるわけだねー」

「こんな豪邸がねぇ……。ボロ屋よりはずっとマシだけど、あたしとチョキだけじゃ持て余しそうよ」


 それに所有権を譲渡されたら、もともとここに住んでいる依頼人はどうなるのだろうか?普通に考えればどこか別の場所にでも引っ越すのだろうが……何だか単純な話ではなさそうだ。


「さて、行くよー」


 馬車を停めて玄関前に二人並び、チョキが呼び鈴を鳴らす。

 ほどなくして扉が開き、一人の女性が姿を表した。


「まぁ!」


 あたしたちを見るなり女性が声を上げる。あどけなさの残る若々しい声だった。

 その女性は服装から察するにメイドだったが随分と派手な印象を受けた。黒のワンピースに白のフリル付きエプロンという服装こそ世間一般のメイドという枠組みに収まってはいるが、彼女の髪型は鮮やかな緋色であり、腰はおろか足元まで届くのではないかというほどに長かった。


「ギルドから伺ってはおりましたけれど、なんて可愛らしい!私、お姉ちゃんに憧れていましたのに子供のお客様なんてそれはそれは貴重で!あ、飴ちゃん舐めます?ほらイチゴとパインとブルーベリーと、あとオレンジもありますよ!」

「あ、あの……」


 興奮した様子で早口に捲し立てるメイドに思わず言葉を失う。

 ポケットから鷲掴みにされて出てきたのは包装紙に包まれた大量の飴玉だ。


「本日はご宿泊ですよね?あぁ、夕食は何にしましょうか!何か食べたい物はございます?遠慮なさらず、この国では大抵の材料が揃いますからね!どのような方でもご要望に沿えられますように──」

「マルカッ!」

「は、はいっ!?」


 館の奥から響いた男性の声に、メイドの早口が静止した。


「ご主人がその者たちと会いたがっている、足止めするんじゃない!」

「は、はい!失礼しました!では私はこれにて」


 パタパタと急ぎ足で去っていくメイドに代わり、あたしたちの前に現れたのは執事と思われる男性だった。

 白い手袋とハンカチーフを覗かせた燕尾服は暗めの茶褐色。クリーム色の短髪の顔は端正に整っており、右目には片眼鏡を付けている。

 先程のメイドはカラフルなフルーツという印象が強く残ったが、執事の方はビターなチョコレートといった雰囲気だ。

 そして随分と厳しい目つきだった。メイドとは違って友好的な態度ではないな。


「……今度はどんな変わり者が来るかと思っていたが子供とはな」

「あなたはあまり歓迎してくれないみたいね」

「この依頼を受ける奴はまともじゃないと決まっているのでな」

「え……?」


 執事は慣れた手付きであたしたちを案内する。

 床を埋め尽くす絨毯、大きな柱時計、棚の上に飾られた花瓶や美術品の数々があたしたちを睨みつけていた。


「高いものばかりだねー、それに手入れも行き届いている。まぁ、それはそうとして、“今度は”ってどういうこと?前に依頼を受けた人がいるのー?」

「ギルドから聞いていないのか?あのような高い受託料……事情くらい聞きそうなものだがな」

「何も聞いてないよ。初めての依頼だから相場が分からなくてねー」

「…………やれやれ」


 扉の前まで進むと執事は振り向いて言う。


「依頼の受託料というものはその難易度に応じて上昇する。では難易度はどうやって決めると思う?ギルド側の主観的な判断だけではなく、指標というものがある」

「指標?それってもしかして……」

「失敗の回数だ」


 執事が言う。あたしたちの前にも誰かがこの依頼を受けて、そしてことごとく失敗しているのだと。一回や二回なんて生易しい回数ではない。その結果が、跳ね上がった受託料なのだ。

 そうして、いつまでもギルドの壁に残り続ける不気味な依頼。まともな人間なら手を出すことはないのだと言う。


「ウェバリーが依頼の受託を認めたのは、そういう理由もあったのね」


 駄目で元々、失敗した所で依頼主に大して迷惑はかからない。受託したあたしたちの評価が下がるだけで済む。

 まさに“いくらでも替えがきく”ってわけだ。


「まぁ、ギルドの都合なんて僕たちには関係ないよ。それより依頼人さんに会わせてよ、その部屋にいるんでしょ?」

「…………」


 そんな背景を聞かされながらもチョキの口調は相変わらずだ。

 執事としては引き返す機会を与えたつもりなのだろうが、どうやら無駄だと分かったらしい。一つ息をつき、扉に向き直って三度のノックをする。


「レサルタです。ギルド・カートリッジから派遣された受託者二名をお連れしました」


 返事は無かったが執事ことレサルタは扉をゆっくりと開いた。

 館の主に相応しい広い部屋の奥には大きなベッドが置かれ、皺だらけの年老いた男性が虚ろな目で天井を見据えていた。

 その傍らには椅子が置かれており中年の男性が座っていた。頭の天辺は禿げ上がってはいたが、側頭部の髪はまだ衰えを見せていない。膨れ上がった体を包む衣服は高級品だ。

 その中年男性は入室したあたしたちを見るなりニンマリと笑った。


「これはこれは実に可愛らしいお客様だ」

「あなたが依頼人?」

「いいや、依頼人はベッドの中にいる方さ。わしは彼の友人だよ。表に馬車があっただろう?」

「あぁ、おじさんが乗ってきたんだねー」

「ほっほっほ」


 いつもの調子で微笑むチョキに男性は負けじと微笑み返した。

 あたしたちは部屋に用意された椅子に座り彼の話を聞く。


「さて、依頼人のナギナタ老だが見ての通り、この一週間でいよいよという所まで来ておってな、もう会話もままならん。依頼についてはナギナタ老と二十年以上の付き合いになる、このバンケシーが代わりに説明するがそれで良いかの?」

「え?えぇ、別に構わないけど依頼人が亡くなったら依頼はどうなるの?ごめんなさい、頭に浮かんだことを喋らずにはいられなくて」


 ナギナタという名の老体をチラリと見る。生命力という物が可視化できるのならば、彼はその最後の一滴がすぐにでも蒸発するのではないかと思えるほどに弱りきっていた。


「三年前、己の死期を悟ったナギナタ老がギルドに渡したのがこの依頼さ。自分の人生における最大の後悔を、死ぬ前に少しでも和らげたかったんだろう。要するにこの依頼はナギナタ老の意志なのさ。彼が亡くなればその意志もまた消える」

「それってつまり依頼は無効になるということ?」

「えー?それは困るなー」

「ほっほっほ、正直な子たちだ。よろしい、今から説明しよう」


 バンケシーはそう言って立ち上がると、部屋の隅に置かれた机の引き出しから紙を取り出して再び椅子へと戻ってきた。


「ナギナタ老がまだ元気だった時に書き記した物だ。依頼について書かれておる。では読み上げるぞ」


 コホンと一つ咳払いをしてバンケシーが語り始める。


「『私ことナギナタの人生を狂わせた奴隷商に裁きを与えること。これが私が受託者に望むことである。裁きについてはパーチメント王国に身柄を受け渡し、法によって裁くだけに留まらない。受託者の報告と私の同意をもって依頼の達成とする。万が一、私の身体が意思疎通の困難な状態となった場合、レサルタ・ドールの同意を持って私の同意とみなす』」

「レサルタ・ドールというのは……」

「私のことだ」


 執事が答える。彼はナギナタの意思を理解しており、ナギナタと同じように同意するだけの能力と忠誠心がある、とバンケシーは説明した。

 バンケシーはその後も読み上げを続ける。

 特に細かく記載があったのは報酬の話だった。邸宅の所有権が譲渡されてからナギナタの死亡までは、ナギナタと二名の使用人に関して邸宅の居住を認めること。

 邸宅の財産については管理者のレサルタから具体的な金額を提示される。


「……と、ここまでがナギナタ老の言葉だ。ここから先はわしの言葉になる」


 バンケシーが紙から目を上げる。先程までの笑顔は鳴りを潜め、その眼差しは真剣そのものだった。


「およそ二十年前、ナギナタ老には二人の孫がいた。姉と弟、当時は片手で数えられるほどの年齢だった。その孫たちと老人を分け隔てたのが奴隷商だ。この意味が分かるかい?」

「誘拐、そして人身売買だよね」


 チョキの言葉にバンケシーが頷く。


「息子夫婦も子供たちから目を離した責任を感じたのか、あっという間に衰弱していってな。最年長の老体が最後に残った」

「なんて酷い話なの……」

「奴隷商という生物はな、人間を人間として見ない、ふざけた連中なのさ。他人の破滅と不幸を金に変えて生きていく。わしに言わせれば、人間でないのは奴らの方だ」


 バンケシーは言葉を紡ぎながら、次第に拳を震わせ始める。そしておもむろに立ち上がり、あたしたちへ頭を下げた。


「これはナギナタ老の依頼ではなく、わし個人の頼みだ!あのふざけた連中に……奴隷商に然るべき裁きを与えてくれんか!?」

「…………えぇ、もちろんよ。それがあたしたちの受けた依頼だもの。そうでしょ、チョキ?」

「うん、僕たちに任せて」


 こうしてあたしたちの最初の依頼が始まった。

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