第19話 剥がれるメッキ
「何してるの? それ僕のなんだけどー」
「いいや、俺たちのだ!」
首を傾げるシザースに、小男が続けて言う。
「俺たちBFDに与えられた依頼は、この辺りで目撃された
そういえばさっき揉めてたな。四つあるはずなのに三つしか無かったから達成を認められない、そんな話だった。
……なるほど、こいつらが仕留めたのはあたしたちが出くわした
「さぁて、これで俺たちの依頼は達成だ! 文句は無いな!?」
「あるよ。それは僕たちの物だもん」
「黙ってろ! 俺は今、仕事の話をしているんだ!」
「あの、ブロード様? 先程は三つしか無かったと、そして依頼に誤りがあったとも仰っておりましたが」
受付嬢が小男へと呼びかける。ブロードと呼ばれたその小男はあっけらかんとした表情で答えた。
「ああ勘違いだった! 狼の目は四つあったよ! そこのガキに盗まれたんだ! なぁ、デウム! ファインも覚えてるよな?」
「あぁ」
「えぇ、すれ違いざまにね」
デウムと呼ばれた大男、ファインと呼ばれたドレスの女性が即座に頷く。
彼らの中では既にストーリーが出来上がっているようだ。あたしたちの役割はスリの子供というところか。
「これで決まりだな、三対一だ! よく見たら薄汚ぇ格好だぜ、こりゃあ浮浪児だな! 親の顔も知らねぇんじゃあねーのか!?」
「……ねぇ、スティープル。この国って僕が聞いていた話と違うのかな? 人を見た目で判断する人ばっかりだよー」
「チョキ……?」
「はん! いいだろう、だったら根拠をつけてやる!」
呆れ気味に笑うシザースに、ブロードが誇らしげに語りだした。
「俺たちはBFD! リーダーのブロードに、デウムとファインだ! 発足から時期は浅いが既にいくつもの依頼を達成してきた! 俺達には実績がある!」
「ふーん……」
「その一方でお前たちは? 以上だ! 俺とお前、どちらの言葉が信用に足るか? よく、よく、よおおおおぉーっく考えて口を利け!」
「もういいよ、分かった」
「はっはっ! 素晴らしい! 消え失せろ! 俺たちはちゃんとした大人だからな、お前たちのちゃちなイタズラくらい寛容な心で見逃してやるさ!」
……違う、シザースの『分かった』はそういう意味ではない。
『こうして話していても無駄だと分かった』だ。ブロードの言葉にはこれっぽっちも納得していない!
それでは……彼は次に何をしようとする?
あぁ、不安は的中した。この状況、最優先で解決すべき問題はシザースだ!
「何もしないでシザースッ!」
シザースの体がビクリと強く震える。彼は既に前傾姿勢を取り、手を後方に構えて振り抜く準備をしていた。
それは本当にギリギリのタイミングだった。後は『デュアル・ブレード』を発現するだけで大騒ぎとなっていただろう。
「あたしが何とかする……いいね?」
「…………。しょうがないなー、分かったよ」
シザースは実につまらないといったように肩の力を抜いた。あたしは少しだけホッとしたが、まだ彼はシザースのままだ。気を抜かないようにしないと。
「ウェバリーさん、こちら先程の件です」
「あら、ありがとう」
奥の扉から出てきた女性が受付嬢に走り書きされたメモを手渡す。
ウェバリーという名の受付嬢はチラリと紙を一瞥し、ブロードの方へ向き直った。
「それでブロード様、話が錯綜しておりますので改めてお聞きしますが……こちらの眼球はBFDの皆様が手に入れたものでよろしいですか?」
「面倒くせぇなぁイチイチイチイチぃ! 何が気に入らねぇんだよさっきからぁ!? 四つ揃えたんだからそれでいいじゃねぇかよ! あぁん!?」
「おい、ブロード!?」
「え? あ、あれ……?」
シザースのように実力行使に及ぶ必要は無い。
『ファングド・ファスナー』、質問をぶつければブロードにつけた口が真実を垂れ流す。
あとは、あたしが聞くだけだ。
「ねぇ、その狼はどこで見つけたの?」
「流れてきたんだよ! 川の流れに……って、何だよお前は! 消え失せろって言っただろ!?」
「目玉はいくつあった?」
「三つだ! あっ!? いや、これは……」
「苦戦した?」
「楽勝だったぜ! もう虫の息だったからちょちょいと殺して目玉を取って……!」
「おいブロード、さっきから何を勝手に喋ってるんだ!?」
戸惑いの声を上げる三人組を尻目に、あたしはウェバリーへ向かって言う。
「聞いたとおりよ、彼らは死にかけの獲物に巡り会えただけのハイエナたち。実際に獲物を仕留めたライオンは他にいるの」
「それはどなたですか?」
「あたしたち……いや、違うな。あたしは弱らせただけだった。トドメを刺したのは彼の方」
「違うよ、僕も弱らせただけだよー。僕は今まで誰も殺したことが無いって言ったでしょー!」
「よく言うよ、あんなに嬉しそうに指を切り落としていた癖に。えっと、じゃあ言葉を変えよう。あたしは弱らせただけで、獲物を死に追いやったのは彼の方」
「……ふむ、では坊やにお聞きしましょうか。切り落としたのはどの指ですか?」
「右手の小指と親指だよー。……スティープル、どうかした?」
「別に……なんて異様な質疑応答だろうって思っただけ」
「ああああああもう面倒くせェーッ!!」
ブロードが割って入り、ドンと机を強く叩く。
「眼球を四つ揃えた! 以上だ! 他に何が要るってんだクソビッチが! さっさと依頼の達成を認めやがれェェェーッ!!」
ドン!!
さらに強く机を叩く音がした。
あたしもブロードも思わず縮こまる。ただし、ブロードの方には縮こまるための理由がもう一つあった。
彼の右手にはペンが突き刺さっていた。
「あ……が……」
「ぶ、ブロード!?」
「ちょ、ちょっと……あんたうちのリーダーに何やってんの!?」
「…………」
ウェバリーは眉一つ動かさずにグリグリとペンをねじり込む。そして変わらぬ口調で言い放った。
「当ギルドの名前は、依頼を受託される皆様を指して付けられました。ギルド・カートリッジ……“いくらでも替えがきく”という意味です」
「がっ……がぁっ! がァァァーッ!!」
彼女の発した言葉にデウムとファインが言葉を失う。ブロードだけがずっと苦痛にあえいでいた。
「お、お前……あがっ……がっ! お、俺たちを“替える”……つもりか!? ふざけるなイカレ女が……俺たちに実力が無いとでも……!」
「パーチメント王国……実力社会のこの国において、実力の無い者は最初から存在しないようなものです。わざわざ誰かが淘汰するまでもなく勝手に消えていく……」
ブチンと音を鳴らして、ウェバリーがペンを引き抜く。
ブロードはようやく解放された右手を押さえながら床に転げ回った。そこにウェバリーの怒声が降り注ぐ。
「しかしイキがるのなら話は別です! この国では誰もが互いの実力を信頼しあい、仕事を任せあって暮らしている! 実力を偽るとはすなわち! 社会における信頼を失墜させる悪質な行為! 淘汰しなくてはなりません!!」
そう捲し立てた後、彼女は同僚から受け取ったメモを読み上げた。
「今朝のことです。傷だらけの狼、いえ人狼が川を流れていると市民から通報がありました。全身は傷だらけ、二本の指が切断され、四つある目の一つには腕輪のような物がはめ込まれていたと」
「あ……!」
「皆様はあたかも自分たちがその人狼を倒したかのように報告しました。傷は全て自分たちが付けたものだと。誠に残念ながら、偽りの評価を得ようとする行為を当ギルドは認めておりません」
「ぐ……ぐぅぅ……っ!」
「ぶ、ブロード……!」
「それとご希望していた依頼人との接触ですが、依頼人に連絡したところ許可が降りました。こちらに住所とご都合のつく時間帯を記載しておりますので、失態はご自身で報告してください。当ギルドからは以上です、お引取りを」
ウェバリーの差し出した紙と三個の眼球をファインがおずおずと受け取る。
悶え苦しむブロードをデウムが支えながら、三人組はギルドを去っていった。
「あっはっは! スティープルに任せて良かったよー!」
「はぁ……あなたがそう言って喜んでるってことは失敗したってことね」
血みどろの展開を避けるためにシザースを止めたのだが、まさかウェバリーの方から手を出すとは。
「お姉さんもありがとうね! 面白かったよー!」
「礼を言われる筋合いはありません、使い切った物を替えただけですので。坊やたちが彼ら以上の価値を生み出すと判断しただけのことです」
「ということは、あたしたちは依頼を受託できると思っていいの?」
「はい。受託料は特別に後払いとしておきます。それにこの依頼であれば失敗した所で依頼人も困りはしないでしょうから」
「……?」
依頼を選んだのはチョキの独断だ。報酬と受託料を見間違えたとはいえ、てっきり見返りの多さで選んだのかと思ったが、もしかして失敗したときのことまで考えていたのだろうか。
「それとお姉さん。ついでに聞いておきたいんだけど、この辺りに泊まれる場所ってあるかなー? 僕たち子供でも泊まれて、変に詮索されることもなくて、馬を含めて荷物を預かって貰えるような場所」
「注文が多いですね。そのような都合の良い宿などそうそう見つかることもありませんが、今回であれば依頼人の邸宅をお勧め致します。当ギルドから連絡を入れておきましょう」
「そっか、ついでに依頼内容についても聞けるねー」
「……そんなに世話になっていいのかしら?」
普通に考えたら世話になるのは依頼人の方なのに。
まぁ、シザースの言う条件に合致するならそれに越したことはないけど。
「そう言えばまだ“坊やたち”でしたね」
ふと思い出したように、ウェバリーが言う。
「改めてよろしく申し上げます。ギルド・カートリッジにて受付を担当するウェバリーと申します」
「僕はシザース、彼女はスティープルだよ」
「あたしはスティープル、彼はチョキよ」
「…………はい?」
……ウェバリーの再度の質問まで、しばらくの沈黙が続いた。
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