第18話 揉め事の予感

 朝食というある種の人生の職務を達成したあたしたちは、続いてギルドへと向かう。王国の入口で聞いた通りに向かうと、馬車を止める場所が隣接した大きな建物が見えてきた。

 大理石で作られた建物は意外にも閑散としていた。陽の光がキラキラと光る様子は美しく、この場所がまるで神聖な場所なのではないかと錯覚するくらいだ。

 ギルド内には受付を除いてスタッフの姿は見当たらない。その受付嬢も冒険者と思われる三人組と話し合っており、あたしたちは少しだけ疎外感に苛まれる。


「繁盛していない……なんてことはないよね?」


 やや不安げな口調で隣を歩く相方に投げかける。チョキは『あはは』と軽く笑いながら答えた。


「ちょうど冒険者……受託側がいなくなった頃合いなんだろうねー。ギルド側も一段落しているんだと思うよ。あっ、案内があるね」


 チョキが指差す先には看板が置かれていた。仕事を委託する人は左、受託する人は右へ向かうように記載されている。

 左側には壁際に委託申請書とペンが置かれており、記入例が壁に留められている。記入用のテーブルは壁際に向かって配置されており、情報保護のためであろう敷居で分けられている。

 右側の壁には記入済みの委託申請書が壁に留められており、所々が歯抜けになっている。こちらにも左側と同様に申請書とペンが用意されてはいるが、テーブルは円卓だ。邪魔にならないように壁から離れた位置に何個か置かれており、記入例も円卓の上に貼られている。


「あたしたちの用事は受託みぎがわよね?」

「もちろん。依頼の内容と報酬をよく考えて選ぶよー」

「うーん……どれが良いのかさっぱりね」


 報酬の欄だけ見ても書いてあることはバラバラだ。単純に金額だけ書いてある依頼ならばすぐに理解できるのだが、中にはお礼の品物が書いてある依頼もある。ほとんどはあたしにとって価値があるのか無いのか分からないものばかりだ。

 それにチョキの推察通りなら、今の時間帯は受託する側が一通り品定めした後ということになる。


「食い荒らされた後って感じだけど……割の良い依頼なんてあるのかしら?」

「それ以前に、僕たちにできる依頼があるかどうかだと思うよ」

「まぁ、そりゃそうか」

「それよりスティープル、受付を見ていてくれない?僕たち初めてだからさ、何か手続きを求められるかもしれないし、早めに知っておきたいんだよねー」

「確かに大人の世界って面倒事に時間使うのよね。分かった、依頼の方はよろしく」


 そう言ってあたしは受付で会話中の彼らの方へ近寄っていった。

 それにしても、あたしって本当に世間知らずだな。何から何までチョキに頼りっぱなしで。

 そんなことを考えていると彼らの話が耳に入ってきた。


「いいかげんにしてくれ!依頼は達成した!お目当ての魔物はちゃんと仕留めた!激闘だったんだぞ!?あんな恐ろしい魔物を相手にしたのは初めてだ!何度も死ぬかと思った!なのに報酬が貰えないってのはあんまりだろ!?」

「そう申されましても達成を示す条件を満たされておりませんので。申請書に記載された条件で受託された以上、その条件を満たさなければ依頼は未達成となります」

「ああ、“四つ剥ぎ取って持ち帰る”っていうこの一文だろ!?だがな、実際は三つしか無かったんだ!依頼の中身が間違っていたんだよ!」

「その依頼の条件で受託されたのは皆様です。受託した時点で依頼の内容に問題はないと判断されますので、やはり皆様が未達成ということになります」

「じゃあ依頼人に抗議して依頼を修正してもらう!依頼人の居場所を教えろ!」

「当依頼は秘密裏の依頼ですので、皆様との面会はできかねます」

「ふざけるな畜生がァァァーッ!」


 うわぁ揉めてるなぁ。ここに来た時はまだ静かだった会話が徐々にヒートアップしてきているよ。

 しかし、受付に座る女性の肝の座り具合と来たら見事なものだ。後ろに束ねた髪や体型に合致した服装には清潔感が溢れていて野蛮な雰囲気は一切ないのだが、銀縁のメガネの奥で光る瞳は鷹のような鋭さを放っており、彼女が何事にも動じないような性格に思えてならない。

 冒険者の三人組は、剣使いと思われる頬のこけた小男と、暗緑色のフードで顔を覆った大男、そして緑色のドレスを来て手足を露出させているロングウェーブの女性で構成されている。

 小男がけたたましい声を上げる後ろで、大男と女性が受付嬢を睨みつけているが、彼女は全く意に介さずに依頼が未達成だと繰り返すばかりだ。相手は魔物を討伐できるような人たちだというのに怖さは感じないのだろうか?


「だったらお前の所から依頼人に伝えろ!標的の目ン玉は三つしか無かったってな!それで修正してもらうように言ってくれ!」

「承知致しました。連絡がつき次第、当ギルドから皆様に連絡致します。お次に並びの方がお待ちですので本日はお引取りください」

「そうやってここを離れたらお前らが来るのはいつになるんだ!?お前らの手隙を待っていられるほど客は寛大じゃあないんだぞ!?」

「次に並びの方がお待ちですので本日はお引取りください」

「ちっ!」


 小男が舌打ちと共に振り向き、受託側に置かれた円卓へと向かう。仲間の二人もそれに続いた。


「BFDをナメるなよクソビッチが……!」


 受付嬢がその言葉に顔を向けた。独り言のように呟いた捨て台詞だったのだが、残念ながら彼女の耳には届いてしまったようだ。

 ……まぁ、仕事に誠実そうな様子を見る限り、その余計な一言があたしたちへの対応に悪影響を及ぼすとは思えないけど。


「……で?子供なんかが何の用です?」

「撤回。気のせいだった」


 受付嬢は、先ほどとは打って変わって気だるげな表情に変わる。

 何とも気まずい雰囲気の中、あたしの後ろから受諾申請書を持ったチョキがルンルンとした様子でやってきた。


「スティープル、依頼を決めたよー!」

「依頼?まさか受託する気でいるのですか?」

「うん、金額が高い物を見つけたんだ。それで僕たち初めての──」

「はぁ……いいですか坊や?」


 露骨な溜息と共に受付嬢が言う。


「確かにパーチメント王国は実力が物を言う社会。人を見た目で判断するっていうのはその風潮に反することです」

「うん。だから僕たちが単なる子供に見えたとしても、仕事を与えない理由にはならないはずだよー」

「えぇ、その通り。ですがね坊や、世の中っていうのは理由を求めるもの。理由が無いということは“何もしない理由がある”のと同じなんですよ」

「えっと……つまり?」

「坊やに仕事を任せられる理由、それを当ギルドに示しなさい。それができないなら当ギルドは何もしない……すなわち実力を認めないということです」


 受付嬢はフンと鼻を鳴らすと何やら紙に走り書きをして席を立ち上がった。ちょうど奥の扉から出てきた別のスタッフにその紙を渡し、あれこれと指示をしてからこちらに向き直る。


「ちなみに坊やの言った『金額が高い』というのは報酬ではありません。それは受託料といって、坊やたちが当ギルドに支払うものとなりますので」

「え?そうなの!?」


 チョキが慌てて手元の紙に視線を落とす。

 ……これはすごい、一週間は贅沢して遊べる金額だ。


「仲介手数料と同義です。当ギルドも組織ですので利益を生む仕組みは必要でしょう?それに『受けたけどやっぱり駄目でした』では依頼側もギルド側も時間のロスでしかありません。当ギルドの設定した金額を支払えるような実力が無い限り、受託は認められない。それほど困難な仕事ということです」

「なーんだ、お金が貰えるわけじゃないんだー……」

「仕方ないよ、チョキ。実力主義の国って言っても結局、子供が不利ってことには変わりないってことよ」


 諦めて今のあたしたちで受けられる依頼を探そう。

 ……そう言おうとした時、チョキが紙を受付の机に置く。


「まぁ、いいや。それでも報酬が良いから。この依頼を受けるよー」

「チョキ!?」

「坊や、あなたねぇ……!」


 受付嬢の表情が歪んでいく。

 彼女は既に三人組の冒険者たちから充分な量のストレスを与えられているのだ。これ以上、火に油を注ぐのは危険すぎる。

 だが、チョキは冷静に言い放った。


「理由があればいいんでしょ?」


 そう言って彼はポケットから何かを取り出し、紙の横に添える。


「これは僕たちが実力で手にしたものだよ。その意味が分かる?」

「チョキ、それって……!」


 ドロドロとした赤い濁り……邪眼人狼ブラックベリー・ウルフの眼球が一つ。

 それを意味ありげに見せびらかす彼の目もまた赤く……!


「あの赤目狼なんとかオオカミの眼球って高く売れるんでしょ?その変異種の物ともなればさらに珍しいんじゃない?えぐり出した後で拾っておいたんだよ、使い道があるかもって思ってさー」


 シザースだ……いつのまにかチョキがいなくなっている!


「えぐり出した……ですって?どういう意味です?いや、どのようにしたのです?」

「腕輪だよ。奴隷を拘束するための腕輪あるでしょ?それを閉じる前の状態で目に引っ掛けたんだよ、それでグリッて……いやブチッかな?」

「ちょ、ちょっとシザ……チョキ!」


 すごく嫌な予感がする。

 さっきからずっとチョキに対しては“頼れる”なんて思っていたけど、こいつの場合は全くの逆!頼りにならないならまだしも“悪化させる”奴だ!常に何かを起こす可能性を秘めているような、そんな危険なやつだ!

 このまま見ているのはマズい気がする!あたしが何か動かないといけないんじゃないか……!?

 そんなあたしの不安はすぐに現実へと変わる。


「やっと見つけたぜ!探してたんだよだなァーッ!」


 わざとらしい大声を上げて受付机の上から眼球をひったくる人物が現れた。それは先程の冒険者三人組のリーダー格であろう小男だった。

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