第14話 人狼と狩場
「い、一体何なんですかこいつは……!?私の知っている
シュージーが振るえながら声を上げるたびに、彼の右手にあるランプがガタガタと揺れる。
そいつはハァハァと生暖かい息を吐きながら言う。
「聞いたことがないィ?なら耳の穴かっぽじってよく聞きなァ!
「
「上級魔族の魔力を与えられて進化した
親切に説明してくれた、というよりは誇らしげに自慢したような物言いだった。
進化か……単純な成長とは違うな。肉体的にはもちろんだが、精神的な面で種族としての殻を破っている。
風貌だけ見れば魔物としての粗暴さや乱暴さが残っているが、その言葉には軸となる信念すら見えるようだ。
「わ、わ、私をどうする気です……く、食うのですかっ!?」
「重要なのはだァ……人間ン、お前らが俺様の仲間を傷つけたことだァ」
人狼が人差し指を突きつけながら言う。
「進化はしたが俺様が
「復讐……いや、個人的な感情とは違うか。仲間意識とでも言おうかしら。シュージー、こんな状況に置かれても、まださっきの失敗はプラスだったと言うつもり?」
「な、何だと……?よくもまあ冷静に振る舞えるものですね!」
「冷静なわけないでしょ!あたしは頭に浮かんだことを喋っただけよ!」
頭の中はどうすれば良いのか分からずに混乱している……最低だ!
この男をぶん殴って事態が好転するのなら迷いなくそうするって気分だ!
「ふ……ふふふふ……!」
「……?」
シュージーが急に笑い始めた。
「何だァ?気が触れたかァ?」
「いえいえ、そうではありません。私は今、新たな知識を得たのですよ。“生きる”という枠組みで捉えればこれもビジネスのようなもの……大事な大事な知識をね」
「何を言っているの?」
この場でビジネス論を展開して何の意味があるんだ?
そう思っていると、シュージーはあたしに向けて手のひらを差し出しながら言う。
「ミス・スティープル、あなたは
……え?
「足を引き千切ってナイフで喉を突き刺した!お前まさかっ!あたしにそれを言わせて囮に──」
ドシュッ!
人狼の足がわずかに動いた光景が見え、あたしは咄嗟に横へ飛んだ。
一瞬でも遅ければ……!頬に触れると血で濡れているのが分かる!
「いやはやあなたのお口は大変に正直なようだ!さぁ、狼殿よ!お聞きの通り、あなたのお仲間を傷つけた犯人はその女です!私が止めるのも厭わず、そいつが身勝手にもあなたたちの平穏と誇りを踏みにじったのですよ!ワハハハハハァーッ!」
「ま、待てっ……!」
待つわけがない。シュージーはランプを持ったまま馬車の方へ走り去っていく。
「違うっ!あたしは……あたしも被害者だ!あたしの話を聞いて!」
「ああ、聞いたさ人間ンンン!お前が話した通りの傷だァ、俺様の仲間が負ったのはなァ!」
「ぐっ……!」
マズい!いくらあたしの両親が優秀でも、あの人狼を上回る運動量は今のあたしには無い!
それにシュージーがいなくなれば周囲は闇に染まる!あたしからは何も見えないが人狼の視力ならあたしを見つけられる、それだけは絶対に駄目だ!
「くっ!」
逃げるのは森の中しかない。あたしの体格なら木や茂みが目隠しになってくれる。
どうせ、あたしから何も見えなくなるのなら、一方的に攻撃を受けるリスクを減らせるだけこっちの方がマシだ……!
メキッ!
「っ!?がっ……!」
足が……足に何か食い込んだ!?
地面を転げ回りながら足を
これは……石ころか。キンバムがやって見せたものとは比べ物にならない、威力も精度も。
足音だけであたしの足に命中させてくるなんて、これじゃ下手に逃げ回ることもできない。
「さすがに視界が悪いなァ、逃げていった男の方ならまだ見えるんだが……」
ガサガサと枝を揺らす音があたしの周囲を囲んでいる。
目論見通りに夜目の
「だが森は俺様の狩場だァ……!人間ンンン、いくら視界から消えた所で俺様には聴覚と嗅覚があるんだぜェ!お前がどこに隠れていようが大体の位置は掴めるんだぜェーッ!」
少しずつ距離を詰められているのが分かる。
もう投擲は必要無いということか。その鋭利な爪で確実に、あたしにトドメを刺すつもりだ。
「……ンン?だが待てよォ?そうだァ、もう一つあったなァ!お前の居場所を確実に探る方法だァ!」
「…………」
「スティープル、そう呼ばれていたなァ!お前は今どこにいるゥ!?」
「ここよっ!」
あたしの口が勝手に叫ぶ。
森の中なんて詳しくはないから抽象的なことしか頭には浮かばないが、それでも叫ぶことには変わりはない。
そして、それこそが相手の狙い……!
「ギャハハハハッ!便利な口じゃあねぇかァ!お前には
「あたしはここにいるっ!」
「声の位置は掴んだァ!喉笛の位置もなァ!そこだスティープルゥゥゥーッ!」
ブツンッ!
人狼の聴力は精確にあたしの口……もとい口の位置から計算した喉笛の位置を捉えていた。
だが……!
「えっ!?」
随分とマヌケな声が出たな。
当然か、そこにいるはずの獲物がいなかったのだから。
『ファングド・ファスナー』、あたしの場合は口が顔に付いているとは限らない。
「な、何だァ!?俺様は今……何を切ったァ!?」
「髪の毛よ」
「っ!?お前っ……!」
あたしがいたのは人狼が切りつけた所から一歩横だ。
落ちていた枝に髪の毛を数本結びつけ、横に伸ばしてピンと張った。
そして返事をした。髪の毛の先端に付けた口から、元気よく!
ガリッ!
「ギャッ!?いっ……腕が!」
「
人狼が飛び込んだ場所には既に仕込んである。肌にへばり付くであろう葉っぱや枝にたっぷりとね……!
「狩場に迷い込んだのはお前の方だウルフッ!噛み砕かれろォーッ!」
「ギィィィィヤアアアアアアアァーッ!!」
人狼の全身から肉が千切れ飛び、風船が破裂するように血液が噴出する!
「アアアアアアァァァァ……!」
先程までとはうってかわり、よろめいた人間並の速度で人狼が走り去っていく。
「っ!そっちは……!」
逃げるだけなら森の奥にでも引っ込めばいいだけの話だ。
だがあいつが向かったのはあたしが来た方、すなわち馬車の方向だった。
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この世の物とは思えぬ恐ろしい絶叫が聞こえた。
しかし、いくらシュージーが疲弊していたとしても、その絶叫を少女の声と聞き間違えるほど冷静さを欠いてはいない。
「まさかあの狼の絶叫……!?だが、そんな馬鹿なっ!あの少女にそんな力があるとは……!」
シュージーは運転席に座りながら、じっと森の奥に目を凝らす。無論、それで何かが見えるわけではないが。
仮に、万が一にでも生き残ったのがスティープルの方であったなら、シュージーにはここで彼女を待つ意味があった。
彼女が装着している腕輪には自分の魔法がかけられている。たとえスティープルが山を砕くほどの豪腕を持ち合わせていようと、魔法の詠唱者である自分に危害を加えることはできやしない。
だからこそ待つのだ。囮にした時点で使用済みの消耗品でしかなかったのだが、そこに再び商品としての価値が生まれる。再利用は大切な考えだ。いつの日かヒト以上に貴重な資源を扱う際、大いに役立つだろう。
「……いいえ、確定じゃあないですね、価値が生まれる“かもしれない”。ヒトの価値は傷の多さに比例して低下していく……あの少女が五体満足でいるとは限りません」
ガサガサと草をかき分ける音が近づいてきた。
人間並みの速度だ。やはりスティープルか。
「っ!?」
──否、それは
腕や脚の肉が所々、抉り取られて酷く出血している。だが、それがどうしたというのだ。シュージーにとっては、どれだけ傷ついていようとも自分を狙いに来た魔物には違いない。
「ひっ!」
「落ち着けェ……大丈夫だ、お前に手を出すつもりはねェ」
「え……?ほ、本当ですか!?」
「お前の命を取って俺様に得があるわけでもねぇし……ガハッ!はぁ……はぁ……何ならお前に同情だってしてるんだぜェ!用事が済んだら解放もしてやる、だから落ち着きなァ……!」
「そ、そう……ですよね?私はあなたに対して特に何も──」
その時、人狼が最後の力を振り絞った。
運転席のシュージーを引っ掴んで地面に叩きつけ、その腹部に爪を食い込ませながら持ち上げる。
「いっ……いぎっ……!?いぎゃぎゃぎゃァーッ!?なんでぇっ!?」
「今のは馬に言ったんだぜェ……お前を連れて走り出しちゃあ困るからなァ、クソ人間ンンン!!」
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