第12話 赤いタネ

 奴隷商の扱う馬車は運転席と貨物席の二車両で構成されていた。

 運転席は二人分の椅子が配置されて前方が開けている。貨物席は四方を壁に囲まれた箱のような作りだ。

 馬車の運転席にキンバムとシュージーが座る。馬を操るのはキンバムの役割で、シュージーは横で座っているだけらしい。

 あたしが乗るのは貨物席の方だ。チョキに続いて中へと入る。


「…………」

「暗いよねー」


 チョキがあたしの気持ちを代弁してくれた。

 奴隷という人道から掛け離れた商品を扱う都合か、貨物席は黒い布で覆われており、外部からの光が入らないように設計されていた。車両内には灯りとなるような物は存在せず、完全な暗闇状態だ。

 まぁ、シュージーたちからすれば人を乗せるのではなく、物を入れるという感覚なのだろう。乗客しょうひんに配慮する必要など無いわけだ。


「夜が開ける頃にはパーチメント王国に到着するでしょう。どうぞごゆっくり」


 シュージーがそう言って貨物席の扉を閉める。

 ほどなくして馬車が動き出した。


「…………」


 暗闇に包まれてじっとしていると、何だか心細くなってくるな。

 チョキに寄り添って筆談……は指の動きも見えない状態では難しいので小声で話す。


施錠ロックしなくていいのかな」

「うん、奴隷は逃げられないようになってるからね」

「え……!」


 そういえば……扉を閉められた時点では、チョキは体を縛られたり手錠をされたりはしていなかった。


「僕の左手に腕輪がつけてあるんだよ。シュージーの魔力が込められてて、シュージーから離れられないような効果があるんだってー」

「つまりあいつを倒さないとチョキを解放できない」

「そうでもないよ。魔力が込められてるけど物自体は普通の腕輪だから。シュージーが持ってる鍵を奪えば外せるよ」

「同じことだと思うけど……」

「そっか、スティープルには同じに思えるんだね。僕の助っ人にとっては違う意味を持つんだけどなー」

「うーん、よく分からないけど、その助っ人とやらはいつ来るの?」

「スティープルが隣の国に着くまでは来ないよ、たぶん。気を利かせて待ってくれてるんじゃないかなー?」


 助っ人ねぇ……?

 あたしに聞こえるのは一定のリズムを奏でる馬車の音だけだ。奴隷商たちの目を欺いて、その助っ人とやらが尾行してきたりするのだろうか。


「ところでさ、スティープル」

「……?」

「さっきからずっとお預けにしているみたいだけど、君はどうしてこんなことをしているの?」

「っ……!」


 そりゃあ気になるよな。王国の兵士であるはずの少女が奴隷商に協力を仰いで夜逃げしてるだなんて、気にならないほうがおかしい。おまけに喋れるようになってるなんて。

 ……でも駄目だ。

 『ファングド・ファスナー』を解除したまま、あたしは無言で訴えることしかできない。


「…………」

「……そっか、分かったよ」

「…………」


 身勝手なコミュニケーションなのに、チョキは納得してくれたのだろうか。

 あたしには謝罪もお礼も言えなかった。口を開けば何を喋りだすか分かったものじゃないから。


「……?あれ?」


 チョキが少し驚いたように言う。

 その原因はあたしにも分かった。馬車が止まったのだ。


「スティープル?」


 あたしは外へ飛び出すと貨物席の方へ向かって、そこで待つようにジェスチャーをする。

 やはり外はまだ夜明けには程遠い時間帯だ。

 ここは森の中か?目的地ではないな。


「ねぇ、何かあったの!?」


 馬車の横を回り込んで、運転席にいるシュージーへと話しかける。

 だが彼の返答を待つまでもなく、馬車の前方に目をやれば何が起きているのかは明白だった。

 馬車が通るための開いた道の両横に茂みがあり、そこから何十個もの赤い球体が光を放っている。


「魔物ね……!」

「仰るとおりです、ミス・スティープル。では何の魔物かはお分かりでしょうか?」

「さぁ?」


 ヴェラム王国を出た後からだろう、運転席にはランプが灯っていた。その灯りも茂みの中までは照らしてはくれない。


「あれは赤目狼クランベリー・ウルフです。艷やかな赤色の木の実のような目が特徴でしてね、ああやって暗闇の中で発光するのです」

「狼……危険そうね」

「いいえ、そうでもありません。夜行性で嗅覚も強く、私共の接近には気づいているでしょうが、見ての通り……こちらから手を出さない限りは襲いかかってきません」

「だったら素通りして問題は無いんじゃない?」

「ふっふっふ……!」


 シュージーが人を小馬鹿にしたような態度で笑う。


「知識ですよミス・スティープル。ビジネスの本質を理解しただけで成功できるなら世の中は成功者だらけでしょう?そうじゃあない、ビジネスというものは知識が必要不可欠なのです」

「はぁ」

「私共の身の回りには利益を生むタネが大量に存在する。しかし知識がゼロではそれに気づけない。知識を増やせば増やすほど、より多くのタネを拾うことができるようになりますよ」

「ねぇ、聞こえなかった?『はぁ』って言ったんだけど。独り言は一人の時に言ってくれない?」

赤目狼クランベリー・ウルフの眼球は、加工することで強い発光性を持つ貴重な素材となります。いかかです?素通りするあなたと、タネを見つける私。いやはや知識の大切さがよく分かりますねぇ、キンバム」

「はい、知識は力ですボス!」


 キンバムは真顔で頷くと馬車を降りる。

 要するに金目の物を見つけたから拾っていこう、ということだ。

 夜逃げ中のあたしにとっては時間も場所も、そして場合タイミングも不都合極まりないのだが、運転手相手には強気に出られないのが辛いところだな。


「ふんっ!!」


 キンバムが足元の石ころを拾い、それを思いっきり投げつける。

 次の瞬間にはギャン、という狼の悲鳴。そして……!


「グルルルッ!」


 赤い球体が一斉に動き出し、その姿を晒す。

 目の色が赤い以外はあたしの知っている狼と見た目に大差はない。だが今の一撃で逃亡を選択するほど臆病ではないようだ。


「うおおおおっ!」


 投げつけた石が次々と狼へと向かっていく。キンバムの肩の強さと正確性は見事なものだった。

 ……しかし奇襲は既に終わっていた。そこから先に求められているのは動き回る狼を狙い撃つ実力なのだ。それは止まった的に当てる実力とはまた異なる。


「キンバム?」

「ぐっ……!」


 当たらない。石ころが揺らすのは狼の後ろに控える夜の茂みだけだ。


「ブルルルッ!」


 周囲を狼に囲まれたことで馬が怯え始めた。

 このまま距離を詰められれば?その結果として馬を失うことになれば?

 すぐさまシュージーが苛立たしげに叫んだ。


「馬車を走らせなさい!」

「は、はい……ボス!すんません!」

「やれやれ」


 あたしは溜息と共に貨物席の中へと戻る。

 チョキが何か言うよりも先に、運転先に飛び乗ったキンバムが馬車を走らせた。

 

「ガル!ガルガルッ!」


 開け放たれた扉から追尾してくる狼の群れが見える。素人目でも徐々に詰められているのが分かった。


「シュージー!もっと早く走れないの!?」

「無茶を言わないでいただきたいですね、ミス・スティープル!この馬が引っ張っている車両ハンディをお忘れですか!」

「それを分かった上で聞いてるのよこっちは!」

「ねぇ、スティープル」


 不機嫌に叫ぶあたしを宥めるように、チョキが言った。


「狼がいっぱいいるけど何があったの?」

「知識が大事ってことよ!自分の実力をちゃんと知っていれば、もっとマシな状況になっていたってこと!」

「ガルルルルァァァッ!!」

「っ!下がって、チョキ!」


 一匹の狼が飛び上がり、貨物席の中へと入り込んだ。その振動が車両を通して運転席へ伝わる。

 キンバムが慌てふためいた様子で言った。


「狼が……ボスッ!」

「追いつかれましたか」


 それに対するシュージーの声は冷静だった。

 貨物席に入ったなら運転先の自分たちは狙えないから……か?心中を予測するとなお腹が立つな。


「ギャンッ!?」


 突如、狼がビクリと体を震わせて悲鳴を上げる。

 右足の指が数本消失して出血していた。


「これは……!?スティープル、何が起こってるの!?」

「『ファングド・ファスナー』、床に引っ付けた口が狼の足を噛み千切った。狼が飛び移ったその場所は、さっきまであたしがいた場所よ」


 バカ正直な説明を余儀なくされながら、あたしはナイフを手に狼へと突進する。


「ガッ……!」


 喉元に突き刺したナイフを引き抜くと同時に肉体を蹴り、貨物席から狼を突き落とす。

 転がっていった肉体は、すぐそこに迫っていた二匹目、三匹目へと命中した。そして彼らの動きをピタリと止める。

 狼の体に発現した口が、二匹目以降の狼たちに噛みついているのだ。


「シュージー!馬車の速度を落として!」

「私ではない!運転はキンバムです!」

「どっちでもいいっ!狼たちは食い止めた!」

「なんですって……!?」


 小さくなっていく赤い目を見つめながら運転席へと叫んだ。

 倒れ込む仲間たちの異常な様子に怯んだのか、狼たちは既に追跡を諦めていた。


「人間のささやかな欲望であんな目に……可哀想というか悲惨というか。まぁ、人間と魔物ってそういう関係よね。あたしを襲ってきたんだし、反撃くらい大目に見てもらおうかな」


 馬車の速度は次第にゆっくりになっていった。

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