第11話 牢獄の再会

「お座りください」


 リーダーらしき男が椅子に座ったまま言う。

 サラリとした黒髪は艶やかさを保ったまま腰まで垂れている。右目に眼帯を付けてはいるが彼の第一印象は健康体そのものであり、怪我や病気とは無縁の生活を送っているように見えた。

 彼の言葉に、あたしは慌てて牢屋の奥から視線を戻す。


「あたしはスティープル。見ての通り、訳ありだからあたしの事情を事細かに聞かれるのは望ましくない。あなたたちしか頼れる所が無くてここに来た」

「そうでしょうとも」


 男は口元だけで微笑みながら言う。


「私はディン・シュージー、ご存知の通りヒトを取り扱っております。そう警戒しなくとも大丈夫ですよ。ここを訪れる者は久しく訳ありな者ばかり、あなただけ特別に問いただすような不遜なマネは致しません」

「それは助かる」

「ビジネスというのはねミス・スティープル、実態はシンプルなのです。獲得と提供……たったの二つだけ。それ以外に労力リソースを割くのは無駄なことでしかない。漁師が魚を獲得して市民に提供するのに、わざわざ夕食の献立メニューを詮索する必要はありませんからね」

「自分たちが人間を誘拐して売り捌くのは漁師の仕事と同じだと」

「ご理解いただけましたか?」

「馬鹿じゃないの? 倫理観が違いすぎて同じ人間かも疑わしい! ごめん口が勝手に」

「ガキの分際で貴様っ!」

「ごめんってば!」


 シュージーの横に控えていた案内人の男が激高する。あたしは早くも頭を下げるはめになった。


「悪く思わないで、こういう体質なの。これ以上、険悪になる前に終わらせた方がいい。あたしはただ奴隷と一緒に隣国へ運んでもらいたいだけなの」


 そう言って、あたしはマスターから拝借してきた革袋を机の上に置く。

 シュージーの目配せで、案内人の男がその中身を広げた。


「どう?」

「えぇ、充分ですよ」

「良かった……」


 足りなかったらどうしようかと思っていたので一安心だ。

 ……同時に複雑な気分でもあるが。どれだけ多くの人があたしの悪口で盛り上がっていたんだよ。


「私共としては子供一人程度、大した手間ではありません。今夜はちょうど商品を運ぶ予定もありましたしね。それに金が付随するのなら断る理由はありませんよ」

「じゃあ、取引は成立ね。出発はいつ?」

「二時間後を予定しておりましたが……お急ぎなら早めますよ?」

「いえ、予定通りの方がいい」


 下手に予定をずらして見回りの兵士に見つかるのが一番マズい。ここはこれまで水面下に隠れ続けてきた奴隷商の実績に委ねよう。


「承知いたしました。では出発時刻まで自由におくつろぎください。あいにくここにはミス・スティープルがお好みな飲み物はございませんが」

「結構よ」


 仮に酒が飲める年齢でも貰うつもりはない。眠って起きたら牢屋の中、なんて事態になりかねないし。




 やるべきことも無いので、あたしは牢屋にいる少年の元へ向かう。


「やっぱりだ……」


 こうして近くで見ると、やはり同じ人物だと確信する。

 丸みを帯びた栗色の短髪。シャツと靴下は白く、それを黒のベストとズボンで上書きしている。あたしが今日、会ったときの格好と何ら変わりない。

 確か国王に対して『親はいない』って言っていたな。それに……王に謁見するということは働き口を探しているってことになる。

 あたしと似ているのは年齢だけではなさそうだ。彼にも何か、複雑な事情があるのかもしれない。


「……奴隷か」


 気の毒には思うけど、今のあたしにはどうすることもできないな。ここで奴隷商を敵に回すわけにはいかない。


「喋れるの?」

「えぇ、プレーンの能力で喋れるようになったの」

「へぇ」

「えっ!?」


 慌てて周囲を見渡し……ほっと息をついた。幸いにも奴隷商たちにはあたしの狼狽する声は聞こえていなかった。

 というか少年、起きてたのか!?


「世の中には不思議なことがあるもんだねー」

「っ! ……!!」

「あれ? どうしたの?」


 『ファングド・ファスナー』を解除し、人差し指を唇に当てる。


「心配しなくても聞こえやしないよ。これからお仕事に行く人以外はみんなお酒に夢中だし、そのお仕事の人は外で見張り中だからねー」


 こんな状況でものんびりとした態度の少年に呆れつつも、彼の手を引っ張ってそこに指を走らせる。紙を使わない筆談だ。


『不用意に話しかけないで。喋れるようにはなったけど、質問に嘘で答えたり黙ったりはできないの。あたしの素性がバレるようなことはしないで』

「ふーん、よく分かんないけど大変なんだね。いいよ、僕からは君に問いかけないようにする」

『ありがとう』


 何ら危機感を感じられない辺りは不安だが、仕方ない。プレーンの能力を説明するには筆談だけじゃ無理があるし、理解は得られないだろうから。


『本当にお願いね。隣の国に着いたらあなたを解放できるように頑張ってみるから』

「……えー? 別に大丈夫かな」

『いいから! こう見えてもあたし戦えるの!』

「違うよ違う違う、君を信じてないわけじゃないんだ。自力で何とかできるから大丈夫なんだよねー」

「っ!?」


 ほ、本気か? 武器も持ってないし、たしか国王の前で『魔法の心得も無い』とか言ってたよな?

 そもそも、こうやって捕まっている時点で何とかできるとは思えないんだが……!


「まぁ、自力って言うのは違うか。実はね、僕にはすっごく頼りになる人がいるんだよ。その人が助けに来てくれる。だから君は何も心配しないでねー」

「……はぁ」


 調子が狂うな……!

 そういうことなら放置してもいいか。


「そう言えば……君はスティープルだ」

「……?」

「いや、まだ名乗ってなかったなーって」


 少年があたしの目を見ながら言う。


「僕はチョキ。特技は誰も傷つけないことだよ」


 チョキ……!

 水色の瞳があたしを見つめている。透き通った水晶のような綺麗な瞳だった。まるで見つめるもの全てを奥深くに吸い込むような神秘的な美しさすら感じる。




「さて、そろそろ出発いたしましょうか」


 二時間後、シュージーがあたしの元へとやってくる。


「キンバム、少年を馬車へ」

「はい、ボス」


 キンバムという名の案内人の男がチョキを連れて外へ向かう。

 その様子を見守りながらシュージーが言った。


「私共は無計画な採取はしません。お客様の要望を受けてから商品を揃えるのです。商品の鮮度が重要なのは生き物を扱う仕事全てにおいて共通ですからね。要するに繁盛しているのですよ。商品は一つですが誤解なさらぬように」

「それはいいことね、おかげで窮屈な思いをせずに済みそうだし」


 彼らが路頭に迷う心配をするのはまだまだ先のようだ。憎たらしいな。

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