第9話 誠実な対価
気絶したタッカーとリムーバを処刑室に放り投げる。
いつ目を覚ますか気が気でないが、さすがは処刑室兼拷問室だ。拘束用の手錠は簡単に見つかった。
ちなみにあたしの所有物であるナイフは、入口近くの棚に乱雑に放り投げてあった。本当に急な処刑だったみたいだ。
そして今のあたしにとってはありがたいことに、拷問室には簡素ではあるが治療用具も置かれていた。おそらくは、拷問する側がうっかり怪我をした時に迅速な処置ができるようにという配慮だろう。この部屋には危ない道具が山程あるからな。
「いてて……!」
矢で切り裂かれた足と、タッカーの魔法で刺された背中に包帯を巻く。
魔力が込められた包帯だ。自然治癒力を高めてくれる効果がある。激的な効果が得られるわけではないが、明日には楽になっているはずだ。
「さて、逃げないとね」
喋れるということが嬉しくて、何でもないことでも思わず口に出してしまうのが少し照れくさい。
処刑室は城の一階にある。捕虜をあちこち連れ回さずに済むようにするためらしい。
廊下に出ると窓の外には夜空が広がっており、月の明かりが灯っていた。この時間帯は見回りの兵士くらいしか出歩いていない。逃亡にはうってつけだ。
それに、その兵士たちの様子もいつも通りだ。
十二歳の子供を反逆罪で処刑するなんて混乱を招くからな。都合の良いストーリーを用意するまでは、あたしのことは内密にしておくつもりだろう。
窓を空けて外へと出る。
王城の周囲には身を隠せるすような茂みは無いのだが、あたしだけは特別だ。大人には使えない大きさの茂みも、あたしの体格なら利用することができる。
夜間ということもある。気づかれる心配は無い。
それより問題となるのは王城の入口に立つ門番だ。王城を囲む外壁が途切れている唯一の場所……どうしてもそこを通る必要がある。
「…………」
「おおーい! ちょっと手伝ってくれー!」
見回りをしていた兵士が声を上げる。彼が話しかけた相手は、門番を担っていた二人の兵士だ。
「どうした?」
「……ちょっと俺を引っ張ってくれないか?」
「はぁ?」
「足が動かないんだよ! 地面にくっついちまったみたいで……」
「なんだそりゃ?」
「いいから引っ張ってくれって!」
門番が一人、しぶしぶといった様子で見回りの兵士へと近づいていく。
「だ、駄目だ! 全然、動かん!」
「どうなってんだ? おい、お前も手伝ってくれ!」
「えー? でも門番……」
「ちょっとくらい目を話したって問題ねぇよ! 侵入者が城に入るんだったら俺たちの前を通るんだしな!」
「分かったよ、面倒だなぁ」
「俺だってこんなことしたくねぇよ! 行くぞ? せーのっ……!」
『ファングド・ファスナー』を地面に仕込んで兵士が歩く瞬間に噛み付いた。噛み付けない距離に仕込んだ口は解除して、動けない兵士を一人だけ作り上げた。
城内の見回りは町よりも厳格で、見回りのルートはしっかりと定められている。あたしも経験者だからね。
隠れていた茂みから抜け出して出口へ向かう。
「…………」
ふと心に浮かんだ感情で自らの足が止まりそうになった。
すごく嫌な気分だ。誰かにではなく自分に対して。
名残惜しさなんて感じたくなかった。唾の一つでも吐き捨てられる人間になりたいと、今だけはそう思えた。
夜の路地裏に身を隠しながら、あたしはこれからすべきことを考える。
問題は山積みだ……たぶん、おそらく。正直に言うと何が問題なのかも分からないという状態。けれど、このままヴェラム王国に留まることができないことくらいは予想できる。
「まずはこの国からの脱出か……」
脱出と表してはみたが、実際はそこまで大袈裟なことではない。
ヴェラム王国は隣国と頻繁に交流しているわけではなく、国を出入りする者が少ない。そのため国境沿いには兵士がおらず、個人の自己責任で自由に出入りできるのだ。
最近は魔物の襲撃も増えたこともあり、国境沿いの体制に見直しをかけるよう主張する声も増えてきたが、しばらくの間はこの体制が続くだろう。
つまり脱出自体は問題ない。不安があるのはその先……つまり国を出た後の方だ。
生まれてこの方、国を出たことがないあたしに、果たして冒険というものができるのだろうか?
「んん? 何だ?」
「っ!」
って、立ち止まって考えていられる時間も無いらしい。
見回りの兵士がこちらを見ている。あたしの姿は見えていないだろう、せいぜい物影が動いたかどうかくらいだ。
逃げるのは簡単だが騒ぎは起こしたくない。息を殺して向こうが去るのを待ってみるか。
「気のせいかな……? おーい、そこに誰かいるのかー? 泥酔した酔っ払いかー? それとも見られてマズいことでもやってるんじゃあないだろうなー?」
兵士は間の抜けた口調で呼びかけてくる。
だがよく考えてほしい。見られてマズいことやってたら……。
「見られてマズいことやってたら返事なんかするわけないでしょ?」
「なに?」
「えっ!?」
ちょ、ちょっと待って! あたし……どうして喋ってるの!?
「それもそうだな。で、君は声からするに子供だな? 何をやってるんだい?」
「逃げてるのよ、フラットクリンチ隊長に見つかったら……ぐっ!? 反逆罪で殺され…………」
「なんだって!? おい、君は何を言っているんだ!?」
全くだ! 兵士の言葉に心の底から完全に同意する。あたしは何を言っているんだ!?
いや、あたしというよりは……あたしの喉元に付けていた『ファングド・ファスナー』の口だ。あたしの考えていることを勝手に喋り始める……!
「冗談にしては笑えないぞ、反逆罪だなんて! 君は誰だ? どうして一人でここにいる? お父さんとお母さんは?」
「…………」
能力を解除すれば当然、あたしは喋れなくなる。ごまかすこともできなくなる。
しかし能力を使うと……!
「おい、どうして黙っている?」
「喋れないからよ! 『ファングド・ファスナー』を使わないとあたしは……むぐっ!」
やっぱり駄目だ!
この『ファングド・ファスナー』、あたしを会話できるようにしてくれた天恵かと思ったが全然違う!
自分から喋ることは無いとはいえ、相手に質問をされると自分の正直な気持ちが勝手に溢れ出てきてコントロールできない……!
「喋れないだって? 喋ってるじゃあないか! あまり大人を
「っ……!」
「お、おい! どこへ行く!? 待ちなさ……うおっ!?」
もう逃げるしかない。
路地裏の壁や地面に『ファングド・ファスナー』を仕込み、追いかけてきた兵士を食い止める。
実際は止めるだけで“食い”はしないが、これ以上ないほどに怪しまれてしまった。
この国の兵士なら、あたしの服装からスティープルにたどり着いても不思議ではない。それに、すぐ近くにいるであろう見回りの仲間に情報を共有するだろう。国に報告すればフラットクリンチの耳にも入る。
いよいよ追い詰められてきた。きっと猶予はもうほとんどない。
「……チクショー」
そんなあたしの愚痴は自分の能力に対してだった。
どうやらあたしの会話は一般的なものにはまだまだ至らないらしい。何も喋らないか全て喋るかの二択だなんて……これではまともなコミュニケーションは望めそうにない。
「……全て喋る、か」
前向きに捉えてみよう。
使い方によっては今の状況を脱することができるかもしれない。
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