第7話 生きる意味

 ズキズキという鈍い痛みを感じる。

 あたしは気を失っていたらしい。おそらく後頭部を殴られて……だが一体、誰に?


「やっと起きましたか」

「まったく待ちくたびれたわい」


 リムーバとタッカーの声が聞こえる。


「……!?」


 意識がハッキリしてきた。

 それと同時に、自分の身に何が起きているのかを知る。

 あたしは……柱に縛りつけられていた!


「何があったのか分かっておらんようじゃな」


 当たり前だ!一体、どうしてあたしがこんなことに!

 ここは……この部屋は知っている。

 じめじめとした窓のない部屋に蝋燭が灯り、壁や床に染み込んだ赤黒い模様を照らしている。

 あたしのような新米の兵士には、しかも子供となれば尚更、縁のない場所……!


「見ての通り拷問室ですよ。捕虜を痛めつけて洗いざらい吐かせるためのね」

「じゃがスティープル、お主のような何も喋らん奴のための部屋でもある。拷問などという七面倒な作業よりも効率が良い。何のことか分かるか?」


 拷問室の別の役割……処刑……!?


「準備は終わっているか?」

「隊長!えぇ、滞りなく」


 入口からフラットクリンチが現れる。彼はあたしの様子を見ても眉一つ動かすことはなかった。


「それで?隊長や、わしにも聞かせてくれんかのう?国王様の命令というのは分かったが、こんな小娘一人を反逆罪で処刑するとはどういう事情があるんじゃ?」

「しかも秘密裏にとはね。僕としてもですね、何も知らされずにやれと言われるのはどうにも気分が悪い。下っ端じゃあないんですから」

「……そうだな、話さなければならないだろう。国家機密というのはもはや過去の話になった。貴様らも聞いていたはずだな?ヴェル・ミリーとかいう女が言っていた、この国の未来の話を」

「この国が滅ぶという話ですか……」

「何を馬鹿なっ!そんな与太話を本気で信じておるのかっ!?」

「聞け、タッカー!貴様にとっては与太話なのだろうが国王様にとっては違う!あの女の言葉は大きな意味を持つのだ!」


 フラットクリンチは自らを落ち着けるように一呼吸を起き、続けて言う。


「ヴェラム王国には貴様らの知らない秘密が存在する!歴代の国王と兵士団の隊長が守ってきた、国の存亡に関わる重大な秘密が!」

「存亡……まさか隊長が向かった書庫の地下に……?」

「地下には封印の扉が隠されている。具体的な中身は想像もできないが、国を滅亡させる絶大な力であると語り継がれているものだ」


 封印の扉……それってあたしが見た扉のこと……!?


「スティープルよ、貴様が本棚を動かしたことはすぐに我々に伝わった。そして私は見たのだ!扉に施された封印を貴様が解除しようとする、その決定的な瞬間を!」

「っ!?」

「伝承によれば封印が解除される前兆として、扉の模様が光を放つとのことだ。貴様にも覚えがあるな?」


 確かにあたしが扉を見つけて近づいた時、扉の模様が光りだした。

 もし、あのまま殴られることなくあたしが扉へ近づいていれば……封印が解除されて、この国が滅亡していた……!?


「……十二年前のことだ。扉の模様と同じ痣を持つ子供が生まれたと国王へ報告が入った。もちろん貴様のことだスティープル」

「隊長、いきなり何の話じゃ?」

「タッカーよ、貴様らも気にしていたな。なぜ年端もいかぬ子供なんぞに、しかも言葉も喋れぬものに国王様は兵士としての役割を与えたのか」

「……!」


 まさか……!?


「全ては監視のためだ。貴様の存在に何か深い意味があるのではないか、そう考えた国王様は兵士の肩書きを利用して貴様を手中に収めていたのだ。何か異常があればすぐに分かるようにな」


 フラットクリンチが冷たく言い放つ。

 それが……真実?

 あたしがあんなにも知りたくて知りたくてどうしようもなかった……真実?


「わずかながら期待はしていた。貴様を監視していれば、そのうちに封印に関する情報が何かしら得られるのではないかとな。そうして明らかになったのは、貴様が封印を解除するためのカギだったのだということだ」

「……ははぁん、つまり隊長。ヴェル・ミリーの言う国の滅亡はその封印の解除であって、スティープルというカギを抹消することで回避できると」

「上出来だ、リムーバ」

「…………」


 あたしは何を期待していたんだろう……?

 何も知らないことが一番の不幸で、真実を知ることで幸福になれるとでも思っていたのだろうか。

 あたしの存在は……人生は、その封印を解除するためだけの……!


「さて、ここからは私の憶測になるのだが」


 フラットクリンチの言葉は止まらない。


「私の前の兵士団隊長、つまりスティープルの父親もまた反逆罪によって処刑された。おかげで私はこの隊長の座に就くことができたわけだが、同時に不思議に思ったものだ。一体、何をすれば反逆罪などという重罪が適用されるのか……とな」


 あたしが知りたくもないことをひたすらに喋り続ける。


「隊長という封印の存在を知る立場の娘が、封印を解くカギだったなど偶然とは思えん。おそらくあの男は、最初から封印を解除する目的で貴様を産ませたのだ。国を滅ぼす気はなくとも、その力を使って支配者になろうとでも考えたのだろう。これぞ反逆罪と呼ぶに相応しい悪行だな」


 やめろ……!

 もうやめてくれ……あたしの心はもう……満杯だ……!


「おっと、喋りすぎたか。貴様のせいか、スティープル?以前にジョイントが言っていた、スティープルの前だと余計なことを喋ってしまうと。貴様のその性質もまた、この国を滅ぼす要因の一つなのかもしれんな」

「“喧嘩が多くなる”ですよ隊長」

「あぁ、そうだったか。まぁ、どちらでも構わん。私は他の仕事があるからここを離れるぞ。この反逆者の後任を決めなくてはならんのでな」


 そう言うと、フラットクリンチはあたしに背を向けた。

 これが今生の別れだと言うのに……最後まであたしの目を見ることはなかった。


「さてさて。夜も遅くなってきましたし、さっさと始めましょうか」

「そうじゃな。リムーバ、お主がやれ」

「え?私がやっていいんですか?」

「人殺しはお主の方が適役じゃろ?」

「んふふっ!確かに……のタッカーさんには不向きかもしれませんねぇ」

「……言うてみぃ、何の天才じゃ?」

「嫌ですねぇ、それを言ったら私も一緒に処刑されてしまうじゃあないですか。いくら怠け者の天才とはいえ自分を侮辱された時くらいはちゃんと働くでしょう?あっ、言っちゃった」


 険悪な雰囲気の会話を繰り広げながらリムーバが弓を手にする。


「処刑の方法は実行者に一任されています。私の場合はもちろん射殺これですよ」


 ギラリと光る矢の先端があたしの方を向く。

 あたしは死ぬのか……。

 自分は特別だと思っていた。生まれつき言葉を喋れないという試練を課せられて、他の人とは違う特別な意味が自分の人生にはあるのだと……そう思っていた。

 その意味が明らかになって、あたしの望みとは掛け離れたものだったなら……!

 あたしの生きる意味はもはや無いのか……!


 ビスッ!


「っ!───!」


 放たれた矢があたしの右膝をかするように突き刺さり、皮膚を切り裂いた。

 思わず上げた苦痛の声は、やっぱり誰の耳にも届かない。


 ブツッ!


「っ!」


 第二の矢があたしを縛り付けていたロープを切った。

 迷いは無かった。


「うっ!?」


 リムーバが第三の矢を放つと同時にあたしは駆け出していた。体勢を低くしたあたしの体に矢は当たらず、後方の壁に突き刺さる。

 慌てて第四の矢を手にしたリムーバの右手に飛びかかり、弾き飛ばす。床を転がりながら右足の痛みに歯を食いしばり、立ち上がる。

 あたしは部屋の入口へと走った。


「『尖点鎖デルトイド』!」

「っ!?」


 あたしの背中に衝撃が走り、転倒する。

 矢ではない……何か尖った物が背中に刺さっている。そこから鎖が伸びていて、タッカーの右手と繋がっていた。


「何を遊んでおるんじゃ!夜が遅いと言ったのはお主の方じゃろうが!さっさと終わらせんかい!」

「んふふふ、遊んでなんかいませんよ。処刑人としての責務を果たしているんじゃあないですか。罪人に現実を突きつけないと処刑の意味が無いでしょう?」


 リムーバが拾った矢を構え直す。

 ……わざとだ。こいつら、わざとあたしを逃したんだ!

 あたしを絶望させるために……わざと!


梔子クチナシの花は天国に咲くそうですね。今の口無しあなたにピッタリだ。んふふふふ」


 抵抗するという展開はもう終わった。次は無い。

 リムーバの矢はあたしの額を捉えている。


 嫌だ……!


 痛みを受けて分かった。

 特別な人生とか生きる意味とか、そんなものはどうだっていい。


 死にたくない……!


 あたしの体が望んでいるのは、そんな大げさなことなんかじゃない。

 もっと単純で根本的な、たった一つの欲求に過ぎなかったんだ。


 死にたくない……!




「あたしは死にたくないっ!!」

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