第6話 プレゼント

 窓から射し込む夕日に溶け込む彼女の姿は、まるでそこにいること自体が当たり前のようにあたしの目には映った。

 朱色なのはロングドレスだけではない。腰まで伸びた金髪のツインテールに、それぞれ結ばれているリボンも朱色だ。朱色と金色の二色で構成された格好は、まるで紅葉の山のように目を奪われる美しさだった。

 彼女はキョロキョロと周りを見ながらゆっくりと歩いてくる。初めて訪れたヴェラムの王城内部に感激する様子は一切ない。ただただ冷静に観察していた。


「こっちの部屋は食事用の部屋ねぇ。向こうにあるのは書庫かしら。そしてここが国王と会う部屋」

「…………」

「ハイ、スティープル。まだ名乗ってなかったわねぇ、私はヴェル・ミリー。ミリーでいいわ……ってごめん。よろしくねぇ」


 そう言ってミリーは右手を差し出した。あたしと二つか三つほどしか違わないな、と思いながらあたしも右手を差し出す。


「さて、ご対面と行きましょうか。……と、その前に」


 ミリーがポケットからバッジを取り出す。

 あたしはそれを受け取ろうとして再び右手を差し出したのだが……。


 ピンッ!


「っ!?」


 ミリーの親指で弾き飛ばされたバッジが宙を舞う。慌てて拾いに行くが、バッジは天井に吊るされた照明の上に飛んでいったまま落ちてこなかった。


「プレゼント」


 ウインクしながらミリーはそう言うと、あたしの手を借りずに扉を開けて勝手に謁見の間の中へ入っていってしまった。

 って何がプレゼントだよ、借りたものを返しただけじゃないか! それもわざわざあたしの手の届かない所に! 意地悪な人!

 ……まぁ、届かない物は仕方ない。後で物置から台でも持ってこよう。

 そう思って扉の近くに戻った時、部屋の中でざわめきが起こっているのに気づく。


「ナニモンだよテメー……!?」

「この魔力、明らかにジョイントよりも上じゃぞ……!」

「うるせーぞタッカー! あたいと似たりよったりのくせに、あたいだけ貶してんじゃあねェーッ!」


 ジョイントやタッカーのわずかに震えの混じった声が、目の前に現れた応募者の実力を物語っていた。

 そんなミリーが柔らかな微笑みを込めながら言う。


「いきなりでごめんなさいねぇ、別にあなたたちを襲いに来たわけじゃないの。こうして見せた方が私を計る上で手っ取り早いと思っただけなのよ。だから剣を引いてもらえるかしら?」

「ぬう……! 貴様はそう言うが……」

「フラットクリンチよ、従うがよい」

「……国王様が仰るのであれば」


 剣を引いた瞬間に目の前の少女は魔法を放つのではないか? そんな疑惑を抱きながらも、フラットクリンチは主君の命令に従う。

 幸いにも少女は魔力の放出を停止した。


「そなたの実力については把握した。我が王国の力になってもらえるのであれば、これほど有り難い話はない」

「それはどうも」

「だが真意を問いたい」


 ヴェラム七世は鋭い視線でミリーを見つめながら言う。


「それほどの実力があれば、そなたの居場所などいくらでもあるはずだ」

「もったいないお言葉ねぇ」

「話を逸らすな。我が国の案内状に記載した報酬など、そなたの実力に見合う額では到底ない。だがそなたはここに来た……それは何故だ?」

「…………くす」


 わずかな逡巡の後、ミリーは意地悪げに言う。


「この国が滅ぶから」




 謁見の間が静寂に包まれたまま数秒が経過した。

 フラットクリンチは彼女の言葉を真っ直ぐに受け止められず、自ら静寂を破る決断をする。


「貴様、何を知っている……!? この国が滅ぶだと!? 何者かが襲撃を企てているとでも言うのか!?」

「あら、それは早計よ隊長さん」

「早計……!?」

「えぇ、決めつけは良くないわ。“滅び”にもパターンってものがあるでしょう? 襲撃にしても魔物だったり人間だったり。あるいはそれ以外の、ウィルスや自然災害という可能性もある。それに犠牲者もよ。“滅び”とは何か? 国民の大半が犠牲になる事態を指すのか、単純に国王様が表舞台から降りるという──」

「そんな言葉の意味などどうでもいいっ! 貴様の知っていることを吐けっ!!」

「何も知らないわ」


 フラットクリンチに気圧されることなくミリーはあっけらかんと言い切った。


「私ねぇ、魔法だけじゃなくて占いも得意なの。過程や原因なんて知ったことではないけれども、ただ未来は知ることができる。ふふ……この国が滅ぶという未来はねぇ」

「詐欺じゃ! 国王様、こやつはわしらの不安を煽って自分の思い通りに事を運ぼうとしておる! 典型的な詐欺じゃ! わしには分かる!」

「身に覚えでもあるんですかタッカーさん……? まぁ、それはさておきですよ。矛盾はしています。だって未来が分かると言うならどうして滅ぶかっていう過程も分かるはずでしょう?」

「くすくす、下っ端の意見なんて取るに足りないわ。大事なのは……ねぇ、国王様? あなたの意見よ?」


 その態度にタッカーとリムーバはカチンときたようだが、国王の御前ということもあって何とか抑制する。

 もっとも、飛びかかった所で実力差は既に見せつけられているわけだが。


「……真意を問いたいと言ったはずだ」


 誰もが少なからず心を掻き乱されている中、ヴェラム七世は極めて冷静に言う。


「我が国が滅ぶからここへ来たと、そなたはそう主張している。その真意は何だ? 我が国を滅びの未来から救おうという善意か?」

「まさか!」


 ミリーは吐き捨てるように言うと、わずかに口元を抑える仕草を見せたが、もう止める意味は無かった。


「金塊を積んだ船が大海原で沈んだとして、あなたはそれを黙って見ているつもり? 国が滅びれば領土という概念は無くなる! そこに残るのは誰の物でもない瓦礫の山! ただし大層な価値のある瓦礫を含んだ……オーケー? 私の目的はそれよ!」

「なんと無礼な!」


 フラットクリンチが再び剣に手をかける。三人の兵士たちも思わず息を飲んだ。

 その一方、当のミリーは何やら首を傾げている。


「うーん? なんで私こんなこと言ってるんだろ? 本当のこと言ったら絶対、雇ってもらえないのに……」

「そう思っているならば立ち去れ! 国王様、この女はもうよろしいでしょう!?」

「うむ」


 フラットクリンチの問いかけにヴェラム七世は頷いた。


「はぁ、せっかくのチャンスを不意にしちゃうなんて私らしくない……。まぁ、いいわ。楽しみな子に会えたし」

「何のことだ……!?」

「スティープルよ」


 カツン!


 ……それはまるで図られたようなタイミングだった。

 謁見の間の外にて、照明の上からバッジが床に落ちて音を立て、転がっていく。


「この部屋に入る前にねぇ、あの子にとっておきのプレゼントを渡したの。気に入ってもらえるかしらね」


 ミリーの声をどこか他人事のように聞きながら、あたしは転がっていくバッジを追いかける。

 彼女から返された所であたしの物になるわけではない。元々はヴェラム王国からの支給品なのだし、見失うのは後で困るから追いかけているだけだ。

 別に貴重な一品物というわけでもないが、義務感に駆られている今のあたしにとっては、そのバッジの行き先は至極重要だった。


「…………」


 あたしが追いかけた先は書庫だった。

 ヴェラム王国の蓄えてきた先人の知識が束となり、壁際に立てられた本棚にぎっしりと詰め込まれている。

 バッジがその歩みを止めたのは本棚と本棚の隙間だった。

 神様というのは本当に意地悪だな、とあたしは思った。こんな狭苦しい所にわざわざ落とし物を配置して、探す側の苦労を見て楽しんでいるに違いない。

 本棚に手をかけ、もう片方の手を隙間に伸ばす。

 あともう少しだけ届かない。

 本棚を掴む手に力が入った。


 ガコン……!


 それが何の音かを知るより前にあたしは前へと倒れ込んでいた。

 慌てて体を起こして埃を払う。そんな事態が起こるなんてありえないのに。


「っ……!?」


 本棚が横に動いている。そしてその陰には穴があった。穴の先には下へ降りる階段が見える。

 ここは王城の一階……地下室があるなんて話、あたしは聞いたことがない。

 立ち上がったあたしの足元にバッジが転がっていたが、そんなことはもはやどうでもよかった。先程まであたしを動かしていたバッジへの執着はどこかに消え失せ、代わりに人生で味わったことのないほどの異様な好奇心に苛まれる。




 これは運命なのか。

 バッジが落ちて、転がって、本棚の隙間に入って、あたしがそれを取ろうとして……そうしてあたしはここに来た。

 その一連の流れがまるで神様によって定められた、人間にはどうしようもない絶対的な運命に思えた。


「はぁ……はぁ……!」


 息が荒くなるのが分かった。

 心臓が早鐘を打ち、逃げ出したい気持ちと前に進みたい気持ちが板挟みとなってあたしを焦らせる。

 階段の先にあるのは扉だった。取っ手という物が無く、扉を象った壁と言ったほうが相応しいような、不思議な扉だ。

 扉には模様が描かれていた。

 分かってる。あたしの焦りはその模様によるものだ。


 これは……あたしの胸にある痣と同じ模様だ……!!


「────────────!」


 誰かがあたしを呼んでいる。

 聞いたことのない声だ。あたしの知っている言葉かも分からない。

 でも、その意味は理解できた。

 あたしを求めているのは理解できた。


「…………」


 いつのまにかあたしの呼吸は整っていた。

 扉の模様が淡く光っている。

 あたしは静かに右手で扉に触れる。


 これで終わりなんだ。


「スティープル」

「っ!?」


 ガツンと瞳の奥で火花が散った。

 やがて、あたしの意識は深い闇の中へと沈んでいった。

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