第5話 国王への謁見

 王国からの案内はあっという間に国中を駆け巡った。ほとんどの労働者にとっては無関係な話ではあったが、各地を放浪する冒険者にとっては願ってもない収入源だ。

 とはいえ、翌日の城門前を賑わせていた群衆たちはハズレの部類だった。

 彼らは兵士たちからバッジを貰えなかった人々であり、報酬に釣られただけの一般市民が大半だ。

 今日の門番は普段以上の重労働だな、お気の毒に。


「準備は整っておるようだな。では始めよ!」


 王城の一階、中心に位置する謁見の間にて国王ヴェラム七世は低い声を響かせた。

 国王は黄金や宝石を散りばめた純白のローブに身を包み、頭部より一回り小さな王冠を被っている。

 ローブの胸元にはヴェラムの国章が描かれている。中央の一点から何十本もの線が外部へ伸びている模様は花火のようだが、ジョイントいわくカミガヤツリという植物らしい。

 玉座に座って来訪者を待ち受ける国王の横には王国兵団隊長フラットクリンチが立っている。

 部屋の中には国王の護衛役として他に三人……ジョイント、リムーバ、タッカーという紹介不要の兵士たちも待機していた。

 ちなみにあたしのいる場所は謁見の間のすぐ外だ。来訪者に対して扉を空ける役割を任された。大の男よりも幼い子供を置く方が、来訪者の緊張感が解けるだろうという意図が込められているらしい。

 ……緊張ねぇ、よく分からない気の利かせ方だな。

 まぁ、それはともかく楽しみな所はある。これから一緒に行動するかもしれない人を選び抜く場だ。一体どんな人が現れるのか……やはり強力な武器や魔法を使いこなす人だろうな。


「こんにちは」

「……?」


 そうして現れた最初の来訪者は、いきなりあたしの予想を裏切る格好だった。


「ここでいいのかな? スティープル……確かそういう名前だったよねー」


 あたしと同じくらいの背格好をした少年……!

 確か昨日の酒場にいたのは覚えてるけど、まさかそこでバッジを手に入れたというのだろうか? そうでもなければ門番がそう安々と通すわけないしな。

 と、とりあえず仕事をこなそう。あたしは慌てた動きで扉を開け、中へ入るように彼へ合図する。


「は? ガキじゃねーかよ!」


 いきなりジョイントの声が聞こえた。

 来訪者が国王の命を狙う可能性を考慮して、あたしは扉を完全には閉めないように指示されていたため、中の様子が全て聞こえてくる。


「少年、その年で我が国の力になれると申すのか? 武器は持っていないようだが魔法の心得はあるか?」

「え? ううん、僕は魔法は使えないよー」


 国王の威厳ある声に少年はたじろぐ様子なく答える。

 あたしを入口に置いた成果か緊張感が……加えて敬意までもが丸っきり欠落したような話し方だ。


「お笑いですね。とんだ役立たずではないですか」

「馬鹿馬鹿しいのう! 子供なんざスティープルだけで充分じゃ! ヴェラム王国は保護施設じゃあないんじゃぞ!」


 リムーバやタッカーの酷評に国王が頷く。


「聞いての通りだ少年。ここにそなたの居場所は無い。親元に帰るが良かろう」

「親はいないよ。そうでもなければ僕一人だけここに来たりしない。そのスティープルっていう女の子も働いてるんでしょ? なら僕も雇ってほしいんだけどなー」

「思い上がるな! スティープルと同等のつもりか!? そなたのような何の変哲もない少年が! 恥を知れ!」


 思わず体が凍りついた。あたしの話題になった途端、国王の声に怒りの感情が混ざったのだ。


「…………」


 国王ヴェラム七世……あたしに兵士の役割を与えた人物。

 あたしは国王お付きの仕事を貰えるほどの成果はまだ出していないから、国王と顔を合わせる機会はほとんど無かった。

 でも今の言葉が本当なら、あたしを雇うことに特別な意味があるというのなら、あたしはそれを知りたい。

 今日の仕事が終わったら話をする機会があるだろうか。機会だけじゃなくて方法つたえかたも考える必要があるけど……また今度という気分にはなれない。

 あたしの心の中にあるモヤモヤがどんどんと強くなっていくのを感じる。


「はい、これ」

「っ!?」


 いつのまにかその少年があたしの前にいた。

 手に持っているのは……なるほど、バッジをあたしに返そうとしていたようだ。


「不合格だったよ残念。これからどうしようかなー」


 相変わらずのんびりとした口調で帰っていく少年の背中を見つめながら、あたしは彼のことを他人事とは思えなかった。

 同年代の人と一緒に行動した経験なんて無かったから、もしかしたら寂しさのような思いがあったのかもしれない。




「先日はどうも、お嬢さん! おかげでわたくし、この機会をいただけました!」


 次にやってきたのは、これまた戦力として期待できなさそうな男性だった。彼も昨日の酒場で見覚えがある。あたしが商人だろうと予想した人だ。


「お嬢さんにもこちらをどうぞ! ほんの気持ちです!」

「……?」


 目の前の男があたしのポケットに何かを入れる。何かと確認すると、バッジと硬貨だった。

 彼は随分とお喋りな人柄で、昨日の酒場の様子を聞いてもいないのに事細かに話し始めた。

 それによると実際にバッジを勝ち取ったのは荒くれの男だったが、彼はその男と交渉してバッジを買い取ったと言うのだ。

 そこまでして国の警備をやりたいものかと疑問に思ったが……部屋から聞こえてきた話を聞いてあたしは彼の目的を理解した。


「お世話になっておりますヴェラム国王! わたくしどもアグラ料理店フーズは皆様のおかげで大いに繁盛しております!」

「その店主アグラが何故ここにいるのだ……!?」

「もちろん第二、第三の店舗出店を許可していただきたく馳せ参じた次第でございますよ! 聞けば兵士団は外部の冒険者を雇用して、さらなる人員増加を見込んでいらっしゃるとのこと! そうなるとアグラ料理店フーズとしては当然──」

「フラットクリンチ……!」

「はっ! タッカーよ、店主様を然るべき窓口へご案内しろ!」

「いやスティープルの方が良いじゃろう。わしは護衛役じゃ」

「……もう一度だけ言う。ご案内しろ」

「やれやれ、仕方ないのう」


 ブツブツと文句を言いながらタッカーと店主が部屋を出ていった。

 部屋の中からは二人に聞こえないように配慮した音量で不満が聞こえてくる。

 こんな感じの謁見が続いて大丈夫だろうか。そのうち来訪者にバッジを渡した犯人探しが始まるかもしれない……不安になってきた。




「やぁ、スティープル。私も来たよ」


 その声を聞いて胸をなでおろす。

 吟遊詩人のような出で立ちで腰に剣を差した男……あたしが自分の意志でバッジを渡した人だ。

 ただし昨日と違う点があった。それは彼の肩に止まったオウムだ。赤や黄色といった鮮やかな見た目で、あたしのことをじっと見つめている。


「ロロから君にプレゼントがあるそうだ。手を出してごらん」

「……?」


 あたしの広げた両手に向かってロロと呼ばれたオウムが羽ばたく。コロンと落とされたのはバッジだった。それも二つ……!

 一つはあたしが渡した物で、もう一つは酒場で投げた物。それをこのオウムが自力で手に入れたらしい。……本当だろうか?

 そして謁見の間に入っていった男が初めて名を明かす。


「お初にお目にかかります。私はオウム連れのパロットヘフタ、この子はロロ。以後、お見知りおきを」

「イゴ、オミシリオキオ!」

「ほう、よく調教されているようだな。だが我が国がそなたに求める役割は戦闘だ。ヘフタよ、そなたは如何にして敵を打つ?」

「ふふふ……国王よ、このロロは大道芸のためにいるのではありません。ロロこそが私の力であり敵を打つすべなのです」


 ヘフタが剣を抜いて真上に掲げる。次いでロロが鳴いた。


「『帯電ボルタジオ』!!」


 バチバチと音を立てながらヘフタの剣が青白く光りだす。

 ほう、と国王から感嘆の声が漏れた。


「ご覧の通りロロは魔法が使えるオウムなのです! 剣の強化から攻撃まで、数多くの魔法を私の指示で使いこなすのですよ!」

「んふっ……面白いですね」

「飼い主と一緒に戦う愛玩鳥ペットとは珍しいじゃあねーか」


 どうやらリムーバとジョイントは気に入ったようだ。


「いかがでございますか? そちらのお嬢さんも魔法を得意とする方とお見受けしました。私との相性は抜群と思いますが」

「へぇ、あたいとかい?」

「アイシテルッテイッタジャナイ!」


 突如としてロロがそう鳴いた。

 何事かと目を丸くする国王たちの前でロロはさらに続ける。


「アノコトバワウソダッタノ!? ウソジャナイ! アイシテイタサ!」

「ロ、ロロ……!?」

「おい、何を言ってるんだそいつは? 愛してるだの嘘だの……」

「デモソレワ、キミガマダワカクテ、カネモチダッタコロノハナシサ!」

「っ!? 黙りなさいロロ!」


 ヘフタが声を荒げた。だが、それでもロロは一向に口を閉じようとしない。


「モウアキタンダ! イマノキミワ、ウマイクッキーガヤケルダケノ、ツカイフルシダヨ!」

「黙れと言ってるんだ! い、いやぁ申し訳ない! ロロの調子が悪いみたいで──」

「キエウセロメスブタ! キャアッ! サテト、ツギノオンナオサガシニヘフタ! ヘフタァーッ!!」

「あああ聞こえない聞こえないっ! 私には何も聞こえないぞおォォォーッ!!」

「フラットクリンチ……!」

「はっ! では……」

「隊長、然るべき窓口にはあたいが案内するぜ」


 あたしはささっと扉の前から離れると通路の隅で身を屈めた。

 ほどなくして扉が強く開け放たれ、中から二人の人物が猛然とした勢いで飛び出していく。


「ギャアアアアアア私の髪がああああァァァーッ!」

「逃げてんじあゃねーぞ! この野郎がァーッ!!」


 メラメラと燃える頭と共に走り去るヘフタを、ジョイントが地獄へ案内すべく追走する。

 謁見の間には国王の深い溜め息が残っていた。




 その後も様々な人が国王のもとを訪れるが、いずれも国王や隊長の心に響かない者ばかりだった。

 やがて日も傾き始め、今日はあと一人で終わりかと思った時だ。


「大きな城ねぇ……ふーん、なるほどなるほど」


 朱色のロングドレスを来た彼女が現れた。

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