第4話 王国より民へ

 会議室の一件が終わって数時間後、あたしは町中にいた。別に気分転換というわけではない。新しい仕事を受けたのだ。

 十数枚の紙を手に走りながら特定の箇所に配置された掲示板に貼り付けていく。要するに、国王からの急な案内を民衆に伝える仕事だ。

 今頃は隣国にも馬を飛ばしている頃だろう。あたしには馬の心得は無いため、仕事の範囲は国内に収まっている。


「ふぅ……」

 

 やや乱れた呼吸を整えながら、あたしは最後の場所へ向かう。

 そこはヴェラム王国で最も人が集まる場所……つまり酒場だ。まだ太陽も明るい時間帯のため賑わいは鳴りを潜めているが、何人かの客が各々の時間を楽しんでいた。

 彼らはきっと冒険者だろう。身なりもそうだが、この時間帯に酒場にいるなんて国内の労働者とは考えにくい。


「おや、スティープルちゃん。子供がこんな所に何の用かな?」


 酒場のマスターが楽しげに言う。あたしの持ってきた最後の一枚を受け取るとすぐに納得したようだ。


「なるほどなるほど。じゃあ、いつも通りにそこの壁へ貼っておくれ」


 マスターの指差す先には既に何枚もの先客が並んでいた。

 目立つ場所を選ばないとな、と壁をジロジロと眺めていると後ろから声が聞こえてくる。


「可愛い子。お手伝い?偉いわねぇ」

「あの服装は結構な値打ち物だよ。裕福な家庭に生まれたと見た」


 何だか新鮮な気持ちだ。あたしを見た目だけで評する人は珍しい。


「あの子はスティープルと言ってね、子供ながらにして王国の兵士なんだよ。生まれつき声を出せないらしくてね、両親も亡くなって途方に暮れていた所を国王様に雇われたって話さ」


 マスターが冒険者たちへと説明を始める。

 しまったな、さっさと貼り付けて出ていけば良かった。


「それはそれは……随分と壮絶な人生を送っているんだな……」

「あの年頃の少女が兵士ねぇ……」

「本当に可愛そうな子さ。あの子への風当たりは生半可なものじゃあない。夜になると兵士になりそこねた奴らで店が賑わうからね、分かるんだよ。ああいうドン底の代名詞みたいな子は最高に使えるんだ。あの子に優しくしてやると心の底からこう思える。自分はなんてデキた人間なんだろう、天国に行くこと間違いなしだなぁってね」

「マスター?」

「あ、あれ?私は何を言ってるんだ?あ、アハハ!冗談だよ冗談!アハハ……」


 慌てて取り繕うマスターを冷ややかな目で見つめながら思う。

 どうして人間は余計なことを言ってしまうんだろう?ちょっとしたトラブルを避けるために無言でいる、たったそれだけのことがそんなに難しいのだろうか?

 それとも……ジョイントの言ったように、あたしのなのか?


「っ……!」


 やめよう、余計なことを考えるのは。

 首を大げさに振って頭を無理やり切り替える。


「大きな酒場なのにモラルがなってないわねぇ……はぁ残念」

「こんにちはスティープル。それはきっと王国からのお知らせだろうね」


 マスターと会話していた冒険者たちがあたしの所へ、案内の紙を見にやってきた。

 朱色のロングドレスを来た女性は、おそらくジョイントのような魔法使いだ。羽つきの大きな帽子を被った、吟遊詩人のような出で立ちの男性は剣士だろう。


「む?これは……?」


 好都合だな。興味津々と内容を読む彼らを見ながらあたしは思った。

 魔物の襲撃回数は最近になって増加傾向にあった。ほとんどは昨夜のように下級の魔物が相手のため苦戦することは少ないのだが、それが今後も続くとは限らない。

 そこでヴェラム王国は通達を出したのだ。


「警備の依頼というわけねぇ」

「なるほど、報酬も悪くない」


 朱色の女性が中身を要約すると、吟遊詩人風の男が微笑む。

 あたしはそれを見て、ポケットから取り出した物を彼らに見せる。


「それは何かしら?……あ、ごめん、紙に書いてあった。そのバッジが参加証になると」

「というより通行証だな。それを見せればわざわざ面倒な受付をする必要も無い。速やかに王国に入れて、そこで国王様と話ができるってわけだ」


 彼らの言うように、それは一種の推薦状としての役割を持っていた。

 最終的に合否を下すのは国王だが、あたしたち一般兵もこういった形で協力するよう指示を受けているのだ。


「ねぇ、僕にもそれくれなーい?」

「わたくしにもぜひ!」

「人を殴るのは得意だ!お前の体で試してやろうか!?」

「ブチコロス!ブチコロス!」


 噂を聞きつけた人たちがどんどん集まりだす。酒場の外から入ってくる人もいた。

 あたしと同じくらいの少年に、商人のような中年男性、体中に古傷が目立つスキンヘッドの荒くれ者、それ以外に人間らしからぬ声も聞こえた。

 この人たち本気か?身元の保証された冒険者には見えない人たちばかりだが、本当に戦力になってくれるんだろうな?

 全員に渡せるほどバッジは持ち歩いていない。不合格になりそうな人にわざわざ渡すのもな……。


「…………」


 とは思いつつも、あたしはまだまだ子供だった。ほんの少しだけ悪戯心が芽生えてきたのだ。

 ちらりとマスターの方を見る。先程の発言の気まずさからか、マスターはあたしと目を合わせないようにしながらグラスを磨いている。


「な、なんだいスティープルちゃん?」

「…………」


 バッジを三つ手のひらの上に置き、残りはこれだけだとアピールする。そして次の瞬間、あたしはそれらをマスターの方へと弾き飛ばした。

 

「わっ!?ちょっとスティープ──」

「そいつを殴れってことかーっ!?上等だぜ寄越せコラァーッ!」

「ぜひお譲りください!わたくしにも平等なチャンスを!」

「わーい、みんなで取り合いっこだねー!」

「ブチコロス!ブチコロス!」

「おわああああああああああああァァァーッ!!」


 これで勝ち残った人には素質があると言えるだろう。もちろん不快さを味あわせてくれた店主へのお礼という意味もある。


「覚えてろよこのクソガキがっ!今夜の愚痴の酒盛りヘイトパーティーはテメーを話題にしてやるからなっ!大盛りあがり間違いなしだぁごぼげっ!!」


 大騒ぎの店内からマスターの痛々しい悲鳴が聞こえた。

 ……さて、仕事も終わったし城に戻ろうか。

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