第2話 誰が仕留めた

「がっ……あああっ!いでぇ!いでぇぇぇぇぇ!!」


 倒れ込んだインプは盛大に喚きながらのたうち回っていた。脳を揺らすほどの金切り声にあたしは顔をしかめつつ、敵の右手に刺さったままのナイフを引き抜く。


「いでぇよぉ!なんで俺様がこんな目にィィィーッ!?」

「…………」


 胸の傷は決して浅くはないのだが、よくもまあこんなに叫べるものだ。叫べば叫ぶほど体に負担がかかって痛みは強くなりそうなものだが。


「お、おい……ニンゲン!?何だよその剣は!?」

「……?」

「お前か!?お前がやったのか!?ガキのくせにこんな酷いことを!?いでぇ……俺様をどこに連れてきたんだよ!?」


 ……何を言ってるんだ?

 インプは目を白黒させながら、あたしに向かって叫び続けている。


「い、いでぇ!さっきから……いでぇんだよ!俺様が何をしたって言うんだ!?ニンゲン共が畜生!さっきから傷が俺様の声で染みるんだ!叫ぶたびに傷口が震えて、塩でも塗り込まれたようにいでぇんだ!なんでだよ!?なんでこんな思いをしてまで俺様は叫んでるんだよォォォーッ!?」

「……!?……!?」


 あ、頭が混乱してきた……!

 まったく要領を得ない話し方で中身も理解できない。どう見てもあたしに向かって言っているはずなのだが……!


「『火砲丸マルボーロ』!」

「っ!?」


 女性の声で唱えられた呪文と共に、真っ赤に輝く放物線があたしたちの方へと向かってくる。

 ……いや、あたし“たち”というのは何てことはなく、単にあたしがインプの近くにいるというだけだ。


「ぐぎゃっ!あっ……づ……!!」


 すぐに距離を取り、インプに魔法が命中するのを見届ける。飛んできたのは球状の炎だ。

 インプは瞬く間に火だるまとなり、黒焦げの状態で倒れ込んだ。致命傷なのは明らかだったが最期の瞬間までそいつの口元は動き続けていた。

 どうにも腑に落ちないな、とインプの亡骸を見ながら思った。挙動が不自然すぎる。何か事情がありそうな……少なくとも単なる襲撃者で済む話ではなさそうだ。


「スティープルッ!」


 そんなあたしの思考は彼女の叫び声によって中断を余儀なくされた。

 炎の魔法を放った人物があたしの方へと向かってくる。あたしの知っている顔だ。


「あたいの管轄にまで耳障りな声が聞こえてきたぞ!負け犬にいつまでも吠えさせてんじゃあねェーッ!」


 女性らしからぬ激しい口調で話す彼女の名はジョイント。あたしと同じヴェラム王国の兵士であり、服装の規律に縛られない……つまり優秀な側に属する人物だ。

 白地に黒を基調とした服装は彼女の全身をピタリと包み込んでおり、直線的な体型と合わさってシワの一つも無い。彼女の余った黒髪は後ろに結ばれ、無駄な動きは抑制されている。

 しかし、わざわざ担当外の場所にまで来るなんて……。


「なんでここにいるんだって顔してんな?別に不思議じゃあねーよ、あんたの所の兵士が助けを求めにきたってだけだ」


 ……あぁ、そういえば兵士の一人が逃げ出していたんだっけ。


「ちゃんと周りに助けを求めたっつーのは評価してやるがよぉ、情けねぇったらありゃしねーぜ!」


 ジョイントは腹立たしげな気持ちを隠そうともせず、刺し傷に呻いている兵士の元にしゃがみ込む。

 傷の手当てをしてくれるのかと、ほっと一息をいれた兵士に対して、ジョイントはその頭をがしっと掴んで言い放った。


王国うちの兵士ともあろうもんがよぉ!あんな子供一人に任せっきりで恥ずかしいとは思わねーのかっ!?ここで結果を出せねーならテメーらが積み上げてきたのは何だったんだよ!?」

「し、仕方ねぇだ……仕方ないじゃないですか、奇襲を受けたんです!あいつが喋れないせいで……あいつが喋れさえすればこんなことには……」

「ちっ!どうだろうな、便利な言い訳に逃げやがって……!」

「…………」


 ジョイントはそう言って兵士を責めてはいるが、やはりあたしの伝達力に問題があったことは否定できなかった。

 あたしが喋れたのであれば、少なくとも兵士たちは意識はしたはずだ。あたしの忠告に素直に耳を貸すかはまた別の話だが、“魔物がいるかも”という意識を彼らにもっと植え付けることはできたはず……!


「スティープルよぉ、テメーもテメーだぜ」

「……!」

「テメーが喋れねーってのは別にいい。だがテメーが喋れねーことでこの国の平和がおびやかされるっつーのは大問題だぜ」


 あたしの心に宿った罪悪感をジョイントは的確に突いてくる。

 要するに“お前は兵士に向いてない”と言っているのだ。


「…………」


 だが、そんなことは誰かに言われるまでもなく、あたし自身が一番に理解している。喋れないことの不便さを最も痛感しているのは他でもないあたし自身だ。

 それでもあたしが兵士を続けているのには理由があって、それもまたあたしが喋れないことに起因する。

 あたしは自分の意思を伝えることができない。せいぜい賛成か反対かの二種類だけで、それ以外は身振り手振りに頼るしかない。筆談という方法もあるにはあるが、ただの子供の一言のために紙やペンといった貴重な資源を消費できるほど、ヴェラム王国は裕福ではない。

 つまり、あたしは自分の意志で兵士をやっているわけではないのだ。ヴェラム国王の命令さえなければ、誰もあたしを入団させようとはしなかっただろう。

 それをあたしのワガママのように思われるのは極めて心外なのだが……どうしようもない。


「…………」

「……あたいの言い方が気にくわねーかよ。不便なもんだぜ、どう直しゃいいのかも分かりゃあしねー」


 そう言うとジョイントは立ち上がり、自分の仕留めた遺体の方へ目を向けた。

 ……と、そこにはまた別の人影がいた。


「おいリムーバ!テメー何してやがるっ!?」

「あれ?見つかっちゃいましたか」


 赤い前髪をひらひらとなびかせながら、その男は黒焦げのインプにロープを結んでいた。傍らには同じように片腕をロープに結ばれたインプの遺体が四体は転がっている。どうやら魔物の襲撃はあたしたちの管轄だけじゃなかったようだ。

 リムーバという名のその兵士は男性ながら、絵画に描かれた女性を切り抜いたかのように美しい顔つきをしている。高く尖った鼻に開けているか分からないほどの細い瞳、そして滑らかな肌が月明かりの下で輝いている。

 その顔とは対象的に体つきは逞しい。とうの昔に兵士の服装から卒業したリムーバは存分に腕や足を露出し、軽装を堪能している。腰に装着した矢筒と背負った弓は彼の得意分野だ。


「道の真ん中にこんなものが転がってちゃあ困るでしょ?私が回収してやってるんですよ、後始末も兵士の役目ですからね」

「んなこた聞いちゃあいねーよ!あたいが聞いてんのは、どうしてスティープルの手柄をテメーのものにしようとしてんのかってことだ!」

「んふふふ、随分と些細な問題に固執するんですね」

「ごまかしてんじゃあねーぜっ!テメーが他人の管轄に首を突っ込む見栄っ張り野郎ってことくれぇ知れ渡ってんだよ!」

「……おっとまた一匹」


 微小を浮かべながらリムーバは天を見上げ、すぐさま矢を放った。

 ギュッという短い悲鳴と共に、首を射抜かれたインプが一体、落下する。


「この程度の魔物一匹、大した自慢にならないでしょうに。そこまで言うならジョイントさんに残しておきますよ。焼死体なんて私、作ったことないですから」

「あたいじゃねーよスティープルだ。あたいはちょいと助けを求められただけでここの管轄はこいつの──」

「おお、見てください!街灯のランプに蛾が止まっていますよ!この大きさは珍しい……本当に珍しい!」

「ちっ!人の話も聞きゃあしねーや」

「…………」


 二人の険悪な雰囲気もあたしにとってはさして珍しいことではなかった。

 あたしにとって会話というのはほとんどが二種類に分けられる。対立して相手の悪い部分を指摘し合うか、団結して第三者の悪い部分を指摘し合うか。

 ……たぶん、あたしが告げ口という行為をできないからだろうな。

 あたしにだったら聞かれた所で困ることはない。そんな思いが、世の中の大人たちにとっては当たり前の“本音を隠す”という枷を解放しているのだ。

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