別れとやがてきた春

 ただいま、と言って、帰った。家に警察が来ていた。

「何かあったの?」

「聡子さんに何かあったみたい」

「パパは?」 

「警察が預かってる」

 若村さんから私を引き離すように、婦警さんが寄ってきた。

「誰かに刺された」

「昨夜はおれとずっと一緒にいたから、こんなことできるはずがない。でも信用してもらえない」

「聡子さん、妊娠していました。その子もだめでした」

「慶一郎は、昔、高校辞めたとき恋人を殺したんだ。経緯は知らない。でもずっと苦しんでた」

 そのとき、私は初めて、慶一郎が警察を嫌っている理由を知った。

「泰子が死んで、聡子ちゃんまで……」

 若村さんは泣き出した。私も狂ったように泣きたかったが、こらえた。

「慶一郎は殺してない。絶対違う」


 刑事は、あからさまに、慶一郎を犯人扱いしていた。

「飯買ってきてやったから食えよ」

「いらない」

「そう反抗せずに。女殺しは楽しそうだね」

「おれは殺してない」

「誰もそうは思わないよ。悲しいね」

「いい加減にしろよ。おれはやってないんだよ」

「奥さん、どこに?」

「実家に帰るって」

「奥さん、実家ってあるの?」

「不倫の子を妊娠して、その相手が、この前殺された、タクミって子。あなたと同じ会社の」

「どこからそんな話を」

「我々は調べ尽くす」

「調べたと言うなら、おれの娘が誘拐されたことも調べたのか?」

 刑事は黙ってしまった。後ろにいた刑事がわって入った。

「我々は捜査を進めているところだったが、次の事件が起きてしまった。早く逮捕していればこんなことにはならなかった」

「お前を、な」

 

 刑事は、私に、誘拐された経緯を尋ねた。刑事は、誘拐の計画を立てたのが、慶一郎だと、誘導してきた。

 父が母を殺したと、疑いをかけられている。けれど、二人はそんな様子には見えなかった。

「念の為、死んだ子供の鑑定をする。できる限りのことはする。この女性に他に交際相手がいたとは思えないが」


 急に現れた、本当の母親との短い時間が、終わってしまった。実感は湧かなかった。私は刑事に尋ねた。

「父には会えないのですか」

「しばらくは無理だよ」

 刑事はにやにやしながら言った。

 


 その日の夜、留置場に入れられていた慶一郎は、破った服で首を吊った。今までずっとそばにいた父が、遠く離れていた母の元に一人で行ってしまった。

「辛かったんだな。おれだって……」

 若村さんは大泣きした。

「聡子ちゃんがいたから生きてこれたんだ。殺すはずがないだろ」

 私たちの周りの悲しみをよそに、刑事たちは粛々と仕事を進めた。

「これで捜査は終了だな」

 二件の殺人事件、書類送検だけ済ませて、捜査本部は解散した。



 私は、社長と話し合い、一緒に住んでもらえることになった。

 冬になって、溝口社長の元に、子連れの女が現れた。子どもはベビーカーに乗っていた。

「慶太。彼の子です。この子に相続権を認めてもらいます」

「後継者はひなと決めている。認めるものはない。お帰り」

「帰れません」

「自分のしたことを全て話しなさい」厳しい口調で諭した。

「事件は終わったはず」

「あなたが現れるのを待っていた。慶一郎は濡れ衣を着せられたまま死んだ」

「あなたがその子の父親を殺した」

「帰ります」

「待てよ。現れるのをずっと待ってた。泰子もお前が」

「だったらなんなの。あなたに関係ない」

「若村君!」

 いきなり発砲した若村さんを、周りが取り押さえた。

「警察に連れて行ってください。銃は、こういう時のために、持ち歩いていました。殺されてもいいやつってっているんですよ」

「あなたがこんなことしなくても」

「今まで世話になりました。私は、所詮、こんなことしかできない者なんです」

 子どもが泣きだした。私は天罰だと思ったが、目の前で起きたことにただ驚いていた。


 私はその春、中学に上がった。思い出したくない双葉との生活より、聡子といた時のことを思い出す。慶一郎は、私だけを聡子にあずけて、双葉との生活に戻るつもりだったのだ。それは叶わなかった。


 隣の予備校でも、桜が咲いていた。

「これから大変だけど、一人前の医者になれるように頑張る」

 俊介の意気込みに、私もうなずいた。

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My Little Bird みちる @Rumi95

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