自殺志願

 学校が始まった。先生も同じ、クラス替えもない。クラスには、一人、全く学校に来ない女の子がいた。女子だけでなく男子にも嫌われ、友達はいない。その子が始業式のときに来た。

 クラスの女子全員で、その子を呼び出した。そして、ドッヂボールの練習をしようといって複数のボールを同時に彼女にぶつけ続けた。痛がる彼女をみても、誰も止めなかった。みんな笑っていた。何人か、途中で、塾だとか、習い事だとかで帰った。

「何やってるんだ」

 男の人の声だった。どこかのクラスの先生の声だ。みんな一目散に逃げた。私も逃げたが、一番先に見つかってしまった。

「来なさい」

「私はやってない」

「一緒だ」

 いきなり頬をぶたれた。私は先生を睨みつけた。何回殴られたかわからない。やめてほしくて、ごめんなさいと言い続けた。

「先生、大沢さんじゃない」

「誰に何回されたか覚えてるか」

「覚えてるけど、大沢さんじゃない」

 先生が、彼女を、今日は帰りなさいと言って返した。私は、今日のことを説明させられ、なかなか帰してもらえなかった。廊下で彼女が待っていた。

「言っとくけど、かばったって、友達にはなってあげない」

 私は冷たく言って先に帰った。



「今日、何かあったの? 顔が引きつってる」

「別に」 

 帰宅して早々、慶一郎が聞いてきた。

「友達から、連絡網のメールにメールが来てるよ」

「誰?」

「三ツ谷千紗季ちゃんっていう子」

「その子友達じゃない。メールアドレス教えてないからきたの」

「転送するから」

「パパが返しておいて」

「何それ」

「お願い。関わりたくない」

「おれが返したって意味がない」

「私になったつもりで返しといて」



『みんな笑ってるのに、大沢さんだけ、黙って心配そうな顔してた。でも、私に味方したら大沢さんもいじめられるから、仲間のふりしてる。それなら、みんなが見てないメールだけでも、友達でいてほしい』

『もっと自分が考えてること、はっきり言わなきゃ』

『学校が始まるから、不安だったけど、行ったら、結局また繰り返しだった。行かなきゃよかった。けど、大沢さんに会えてよかった。さようなら』

『今からどこかに行くの?』

『苦しいよ。本当は死にたくないよ』

『すぐ、行くから、待ってて』



「パパ、どこ行くの?」

 慶一郎は聡子に何か小声で言って、車に乗った。


 近くの多摩川の橋の上で、聡子が千紗季を抱きしめて、説得した。

「実は、私も昔そんなことがあって、この人に助けられた。私たちが友達になってあげる」

 彼女の携帯がなった。

「お母さん……」

「ご家族が心配してるから、帰ろう?」

 車の中、聡子の腕の中で、千紗季は泣き続けた。私は同情もしなかった。


 しばらくしてから、私は聡子が鬱陶しく感じ始めた。学校の用意も、私は自分でできるのにいつもそろえようとしてくる。勉強、わからないところない?といつもいつも聞いてくる。友達と遊びに行ったら、何時に帰るか聞いてきて、口うるさく感じた。友達が、中学から私立に行くことを目指していると知り、ひなは慶一郎と聡子に塾に行きたいと言った。

「いいけど……」

「落ちこぼれないようにな。どっちにしても中学に入ったら、聡子と暮らすか?」

「どうせ、友達と離れるなら、私立に行っても、引っ越して学区が変わっても、一緒だし」

「ずーっと一緒じゃない。どうせ、高校行ったらみんな別々になる」

「私立だったら、中学から大学卒業までずっと一緒の子も多いわ。行きたい学校あったら、一緒に文化祭行ってみない?」

「任せるよ」


 塾の公開しているテストの後、塾の先生から話があった。元々いる塾生に割って入ったような感じで、比較的よかった。友達が目指している学校や、聡子が選んだ中堅の中学の合格判定はオールAの結果が出た。

「大学のことも考えて、もっと上位の学校目指して頑張ったら?△△学園とか○○学院とか」

「自由な学校がいいんです。その方が入った後大変じゃないから」

「我々は薦めませんが」

 聡子は乗り気ではなかった。どうしてか、帰り道、尋ねた。

「ずっとがむしゃらに頑張り続けるのって辛いのよ。人間、どこかで休憩したいじゃない?」

「そうかなあ」

「私は四年生から通ってたけど、中だるみしそうになったし、入ってからうまくいかなかった」

 聡子は悲しそうな顔をした。


 塾に入って、別の友達ができた。それも嬉しいことの一つだった。行き、歩いていたら、男の人に声をかけられた。

「俊介……」

「ここ、通ってるの? 僕の予備校の隣だ」

 隣は医学部進学コース専門の予備校だった。 


「何時くらいまで授業あるの?」

「今日は八時かな」

「子どもだけ? 気をつけて帰りなよ」

「駅までついてきてもらえる」

 土曜日の授業の後、俊介と待ち合わせをして、勉強を見てもらった。彼は先生みたいにスラスラ解いて気持ちよさそうだった。

「偏差値の低い学校に行った方が、高校に入ったとき、ハンディになるよ。進み方が遅かったり、周りの勉強意欲が低かったり」

「親は、偏差値だけじゃないって言ってる」

「僕にはわからないな。先生の言う方が合ってると思う」

「私、中学に入ったら、そう言ってる本当のお母さんと暮らすかもしれない」

 私はつぶやいた。

「誰彼なくついていくんじゃないよ」

「あの家が、俊介の家でよかったんだ」

「結局、タクミも死んだし、僕何にも聞いてないままだ。警察には相談したの?」

「ううん。何にもなかったことになってる。タクミって、パパと同じ会社で働いてたみたいだけど、どういう関係なのか、パパも聞かれてもさっぱりわからないみたい」

「お父さんに、タクミに誘拐されたこと、話した?」

「ううん」

「どうして」

「なんだか、嫌な方向にいっちゃいそうだから。何にもなければその方がいいから」

「親には、なんでも相談しておいた方がいいよ」

「うちの家は、秘密だらけだから、誰かが暴きだしたら、何が出てくるかわからないの」

「それならわからない訳でもないな」

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