「極めて私的な超能力」
「極めて私的な超能力」チャン・ガンミョン=作 吉良佳奈江=訳
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 早川書房 2022年6月 2200円
この本は韓国の作家、チャン・ガンミョンさんが書いたSF短編集です。チャンさんは元東亜日報の新聞記者出身。日本でもすでに『我らが願いは戦争』など、俺でも聞いたことのある作品がいくつも翻訳されています。本作も有名ですね。
実を言うと、別の作品を取り上げようと思っていました。しかし、この本はなんといっても俺と感性が近いと思ったんですね。考え方は違っても、科学に対する感じ方が似通っているような印象を受けました。
短編集なので、二作品ほど取り上げます。表題作の「極めて私的な超能力」と「アラスカのアイヒマン」です。
ちなみにネタバレ注意です。
表題作の「極めて私的な超能力」は、三人の男女のラブストーリーです。三人はそれぞれ自分たちがちょっとした超能力を持っていると「主張」します。たとえば未来が見えて「あなたはわたしとは会えない」という彼女。その彼女と別れても、ときどき彼女が何をしているかその様子が見えてしまう、千里眼をもつという彼氏。相手の同意があれば、元彼女の記憶を消して見せるという女性。
ものすごく短い小説ですが、この三人のやり取りだけのたった4ページの短編です。
これは、超能力が本物かどうかは問題じゃないんですね。何か動かしがたいように思う出来事や事実が、自分の人生に起きしまい、わたしたちはそれを前提にして生きなければならない。たとえば未来視の彼女は、「すべてはあらかじめ決められていて、変えられないって思い込んでいた」と彼氏に語ります。重要なのは、彼氏と会えないことじゃなく、それを前提に生きるってことなんです。会えないのは彼氏であって、わたしがどう生きるかは別なんだと、そう考えている。
「アラスカのアイヒマン」も似たようなところがあります。
アイヒマンはナチス・ドイツのユダヤ人虐殺の罪を問われて「裁判」にかけられました。この小説では、アイヒマンに死刑執行を迫るのではなく、「体験機械」という相手の体験を共有するマシンによって、ユダヤ人の体験と感情を味わってもらうという刑を与えてはどうか、というSFになっています。時代的には1969年…ベトナム戦争の頃あたりですか。
「体験機械」をもう少し説明します。人間にある記憶細胞のうち、トラウマみたいな長期記憶はディグラム細胞なる細胞の電気信号を人から人へ読み取って記録してやれば、情緒と記憶を共有できる、というわけですね。「アラスカのアイヒマン」ではこれを可能にする機械を前提にして、それが使われていきます。加害者に被害者の気持ちを分かってもらう機械を、本当に実験のような形で使っていいのか。そもそも法律上、この裁判は許されるのか。そういう問題もはらみながら、しかしいざ使ってみると、自分から進んで体験したにも関わらずアイヒマンは泣き叫んで怯えてしまいます。それを見て自らの記憶を共有したユダヤ人・ベンヤミン氏も涙して抱きかかえてしまいます。
ところが、その後、アイヒマンはベンヤミン氏に殺されてしまいます(ベンヤミン氏は自殺します)。さらに驚いたことに、アイヒマンの弁護士から「アイヒマンは『体験機械』にかかったふりをして謝罪しようという計画を立てていた」という話が打ち明けられます。
ここでは「体験機械」が本当だったのか、アイヒマンはウソをついていたのか、ということが追究されません。大事なのは、「体験機械」が作られた以上、これを使い続けていくということなんです。最後には、アメリカの防衛産業がスパイや洗脳工作、思想戦に活用する方針を立てたことを挙げています。
俺が感じた感性というのは、こういう仕組みはよくわからないけど重要な科学技術がすでに身近な存在として使われている、使われてしまう、という感じです。最近で言えば、スマホ、顔認証(というか生体認証)、感染症でのワクチンなど、完全にはよく分かっていないが、重要だから使われているやつですね。顔認証とかもすごいですよね。熱だけじゃなくて、マスクしてても俺かどうか一発で見分けられるし。
もう科学技術は、逃げようがないほど蔓延していて、身体や社会や知能まで浸食して、それが人生に埋め込まれている。そういう感覚がチャン・ガンミョンさんの作品にはある。それに対して、ウソだ本当だ、というのも決して悪いことではないのだけれど、まずその技術を前提にして、きちんと「事実」を確かめながら生きないといけないのではないか。
実を言うと、俺はSFが苦手なのです(一方的に好き)。というのも、SFは大変な蓄積があり、その蓄積に耐える文体を出されると、俺では難しくてついていけないところがあります。しかしその点からしても、本作は合う作品だった、と付け加えます。
あの本読んどいたから日記 @moyo
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