ヤンデレメイドはお嬢様を逃がさない

秋雨千尋

ヤンデレメイドから逃げ切れるか?

「お嬢様、失礼します」


 メイドのルナが突然、私を階段から突き落とした。

 手すりにしがみついてギリギリで耐える。

 手のひらが発火したかのように熱く痛み、心臓はバクバクして飛び出しそう。


「なんのつもり!」


「申し訳ありせん。次はうまくやります」


 ルナは廊下に飾られた花瓶を抱えて持ってきて、振り上げた。

 慌てて姿勢を下げると、薔薇の花が頭をかすめていった。ガシャンと鋭い音を立てて下の階で割れた。


 私は急いで階段を駆け降りた。

 向かってくるルナに向けて、廊下にある物を手当たり次第に投げつける。百科事典が顔面にヒットして足が止まった。


 デッキブラシで戦おうと掃除用具入れを開けると、大きな物体がゴトンと倒れてきた。

 私は悲鳴を上げて腰を抜かしてしまう。

 それは血まみれの死体だった。


「ユ、ユイ!?」


 今日は私の誕生日。

 彼氏と別れたばかりで落ち込んでいる私を励ますために、お母様とお父様と一緒に別荘に泊まってパーティーをするはずだった。

 でも二人に急用ができてしまった。

 別荘は草原にポツンと佇むお気に入りの場所。

 ケーキも料理もたくさん準備されていたから、仲の良いメイドを三人連れて遊びに来たのだ。ルナと、ユイと、エイダ。

 食後の散歩をしているうちに、いきなり襲われるなんて!


「お嬢様ーどこですかー?」


 私は今、ベッドの下に隠れている。自分のだとすぐバレると思ったから、他の部屋のベッドだ。

 埃の中に何か落ちている。ガムテープを見つけた。何かに使えるかしら。

 廊下を歩き回る足音が聞こえる。

 全身が心臓になったみたいにバクバク言っている。

 どうしよう、どうしよう。


「隠れても無駄ですわー」


 隣の部屋を開ける音、ガシャッという乾いた音、そしてバンバンバンと激しい銃声が響いた。

 私は急いで部屋から飛び出して、銃声が鳴り響く部屋のドアを閉めた。

 さっき見つけたガムテープで封印する。

 ドンドン叩く音を聞きながら廊下を走っていく。


 私は車庫に向かった。運転なんかした事ないけど、キーを回してアクセルを踏む事ぐらい出来るわ。

 着いたけどキーが無い。

 ウソ。まさかルナが持っているの?

 車庫には整備に必要なものが揃っている。使えるものはあるかしら。ガソリンを手に入れた。


 窓が割れる音がして、ルナが現れた。

 銃を突きつけられる。


「見ーつけた」


 私はガソリンの入ったポリタンクのフタを外してルナに投げつけた。

 白いエプロンがシミになっていく。


「撃てばあなたが死ぬわよ!」


 そう言って逃げ出した。発砲音は聞こえなかった。

 生き残るためには、倒さなくちゃ!

 別荘に戻り、父の部屋に飛び込む。ゴルフクラブを手に入れるためだ。


 父のベッドには血まみれのエイダの死体が寝そべっていた。


「もうイヤぁ!」


 私は半泣きになりながらゴルフクラブを取り、とある場所で静かにする。

 ルナはもう二人も殺している。一瞬の油断も許されない。


 ──来た!


 ガソリンを落とすために風呂場にやって来たルナに、脱衣所のドアの影から襲い掛かる。

 思い切り振り下ろしたゴルフクラブは宙を舞い、私は蹴り飛ばされた。引きずられて浴室に放り込まれた。


 ルナは蛇口を捻ってバシャバシャと水を溜めていく。溺れさせられる!

 少しでも隙を作らなくちゃ!


「ねえ、私あなたに何かしたの? 謝るから許して! 家に帰して!」


「イヤですわ、お嬢様。お忘れですか」


「な、何を……?」


「恋人に浮気されたと号泣したお嬢様は、わたくしと一生一緒に居たいと言ってくれましたわ」


 言ったかもしれない。

 あの時は感情がグチャグチャで、優しいルナに励まされて、ついそんな事を口走ったのだ。


「わたくし嬉しかった……ずっとお慕いしていたお嬢様が気持ちに応えてくださって。でもわたくし達は同性で身分違い。ですから──」


 ルナはスラッと輝くナイフを取り出して、恍惚の表情を浮かべた。


「お嬢様、愛しております」


 そう言って私の体にナイフを突き立てた。

 太陽が集まってきたみたいに熱い。ドクンドクンと傷口が騒ぎ出す。


「来世で結ばれましょう」


 脱衣所で仕留められなかった時のために、風呂場にも罠を仕掛けておいた。

 私は風呂桶の中に隠していたシャワーヘッドで、ルナの頭を思いきり殴った。彼女は体勢を崩したが、致命傷には至っていない。

 落ちたナイフを見つけた。

 やらなければやられる。正当防衛よ!

 吐きたくなる痛みで脳をやられながら、ルナの胸に向けてナイフを突き立てようとした。

 だがガソリンで足が滑ってしまった。

 勢いよくゴツンと額と額がぶつかって、目の周りを星が回る。


 気を失ったルナのエプロンから車のキーを探し出し、グラングランする意識で車庫に向かう。

 痛みで意識を失いそう。足元がおぼつかない。

 あと少しで……助かる……。


 背後から火の手が上がった。

 え、え、なに。別荘が燃えている。どうして。


「ほじょほさま〜」


 全身に炎をまといながら、ルナが追いかけてくる。何が何でも私を殺す気なんだ!

 お腹を押さえて必死に逃げる。血が床を染めていく。だんだん声が近くなる。ダメ。追い付かれて燃やされる!


「いいかげんにして! 私はあなたなんか好きじゃないわ!」


 ルナの足が止まる。

 私は体を引きずるように逃げる。

 ドアを開けて振り返ると、人間だった何かが佇んだまま、こっちを向いている。

 目を背けて車庫に向かった。



 初めての運転。大怪我。意識がもうろう。

 走らせた車は木に激突した。



 炎上する車からからくも逃げ出し、一命をとりとめた私は、視力と言葉を無くしていた。

 煙を吸いすぎたからか、恐怖からか、事故のせいか、それは分からない。

 今でも瞼に焼き付いた、黒コゲの人影が私を見ている気がする。怖い、頭がどうにかなりそう。


 もうお薬を飲んで眠ってしまおう。

 薬袋はどこかしら。

 誰かが私の手を取り、首を絞めてくる。

 これは悪夢だ。トラウマが見せている幻聴だ。

 眠ればまた明日がやってくる。

 眠れば──。



「お嬢様、愛しております。お迎えに上がりましたわ」




 終わり。

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ヤンデレメイドはお嬢様を逃がさない 秋雨千尋 @akisamechihiro

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