第3話

 数時間にも及ぶ戦いの末、勝者はリチラトゥーラに決まった。

 何人かの相手役も、体力に自信があったロウも終わる頃には疲労困憊こんぱいであった。何故彼女だけが元気なのか、本当に謎である。

 雪が降っていて寒いはずなのに体は運動をしていたお陰か熱い。このままずっとこの降り積もった雪山にうずまっていたいと思ったけれどさすがにそれはいけないという結論に至り、ロウは火照った体を冷やすために周りの目など一切気にせず正装を思い切り着崩した。

 不意に目の前がかげる。その正体は紛れもなくリチラトゥーラだった。


 もう何年も訪れていない『春』の色を彷彿とさせる淡い桃色の繊細な髪を纏い、儚げで慎ましく強かな冬の瞳を持つ少女。


「ふふ、似合っているのにもったいないわ」

「おれはこういう服はかないんだよ」


 微笑む彼女を横目に、ロウは身分の差など関係なくリチラトゥーラに対して敬語をはずした。当のリチラトゥーラは気に留めず、心を躍らせて彼の言葉の続きをうずうずとしながら待っていた。


「知っているわ」

「じゃあなんで着させる」

「それが、ロウがここにいるための条件だからでしょう? 忘れてしまったの?」


 ああ……そういえばそうだった。ロウは今度は分かり易く肩を落とした。

 彼は三年前、このスニェークノーチ城の庭園で行き倒れていたところを現在の主である彼女リチラトゥーラに拾われた。

 幾分か快復した彼がスニェークノーチ城を去ろうとした際、彼女がロウを呼び止めたことが始まりだった。ロウはもちろん、ほかのメイドや使用人、近衛隊員、そして彼女の父親であるスニェークノーチ国国王、その場にいた誰もが反対の意を示したが、リチラトゥーラの心が折れることはなかった。

 彼女の様子を見兼ねた国王は、まだ幼いリチラトゥーラに彼をこの城に留まらせるためのいくつかの条件を付けた。その条件さえ守ることができれば彼を自身の専属従者として置くことを許そうと約束をしたのである。

 そのうちのひとつが、ロウに対する正装の着衣だった。リチラトゥーラによって保護された際、彼は酷くみすぼらしい身なりをしていた。そのことが起因して、王家に仕える者として働かせるのであれば最低限の身なりを整える必要があったのだ。

 そして、その我儘を通すため、彼と同じように当事者であるリチラトゥーラ自身にも条件が課された。


「……忘れるものか。お陰で窮屈でたまらない」

「わたくしはお前の監視を課されたわ。とても嫌。だから同じね」

「あんたはおれを見てればいいだけだろう。余所者よそものを引き受けるっていうのはそういうことだ。見てればいいだけの何が嫌なんだ?」


「お前を疑うことが」


 リチラトゥーラは真剣な眼差しでロウの横に座った。初めはこの話題を軽く捉えていたロウであったが、次第に彼女の纏う雰囲気に本気で嫌だという感情を感じ取ったロウは、リチラトゥーラの気持ちを真剣に受け止めようと決めた。


「そりゃどーも」


 自分で発言をして、少し落ち込んだ様子のリチラトゥーラを気遣い、ロウは彼女の頭をくしゃりと撫でる。一瞬何をされたのかリチラトゥーラは反応に戸惑っていたけれど、これが彼のだと分かるととても嬉しそうにした。


(まるで雪の妖精のようだ)


 その輝きは空に煌めく雪のようで、自然と吐息が零れた。三年前の出会ったときにも感じたことだが、リチラトゥーラには周りの人々を幸せな気分にさせる不思議な力を持っていた。雪花が美しく咲くような歌を口ずさめば国民に笑顔の花を咲かせた。彼女の無邪気さは、このスニェークノーチ国の民に必要とされる力だった。

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