第2話

 東国に位置するスニェークノーチ国は、一年中季節が冬の寒い雪国だ。寒冷地のため、作物も満足に育たないような素朴な土地であったが、先代スニェークノーチ国国王が改革した輸出入貿易の発展により、かの国の国民は豊かな生活が可能となった。


 庭園に出れば一面が白銀の世界と化していた。こんなことはこの国では日常茶飯事だと三年もいれば嫌でも理解できるが、それでもこの白銀はこの国が誇る観光資源のひとつだ。


「姫君ー、どちらにいらっしゃいますかー」


 気の抜けた声が城内に続く廊下をふらふらと浮遊している。その声を発しているのはスニェークノーチ国の姫君に仕える専属の従者であり、城内では『間抜け者』と揶揄やゆされている青年のものだった。

 艶のある黒髪はセットされていないためぼさぼさとしており、きちんとした服装とアンマッチしていた。ちゃんと整えば好青年であるのに、そうしないのは彼の性格ゆえだろう。

 彼は爵位のある貴族の生まれの者でもなければ、そういった従者としての心構えや教育を受けていた者でもない。ただ彼は姫の必死の懇願によってこの城にいることを許された、唯一の人間であった。青年は堅苦しい正装が苦手で、人目を盗んでは着崩すような従者だ。庭園付近にひとの気配はないようなので呼吸をするようにして着崩そうとした——瞬間、


「ロウは本当にそういうかっちりとした服が苦手なのね!」


 ——と、背後から声を掛けられ、さらには何やら冷たいものを背中に当てられたことにより驚きのあまりに小さく悲鳴を上げると、青年ロウは抵抗する間もなくそのまま雪の絨毯に転げてしまった。


「わっ」


 幸い、雪の絨毯の柔軟性に助けられ怪我をすることは回避した。けれど雪とはその大半が水分で成り立っている。彼の体温によって倒れ込んだ部分が瞬間的に溶け出し水と化し、背中がさらに濡れてしまった。

 雪の冷たさに表情を歪めていると、彼の主である姫が目の前で楽しげに微笑んでいた。その手には雪玉が備わっており、何人かのメイドや近衛隊員らで雪合戦をして遊んでいたようだと推測ができた。楽しそうで何よりだよ、と溜め息を零しながらロウは体勢を整えた。


「……リチラトゥーラ姫……こんなところにいたんですねー。てか、何をされてるんですか……」

「見て分からない? 雪合戦よ!」

「一国の姫が威張って言うことかよ! って冷てっ!」

「ほら、ロウも一緒に遊びましょう?」

「わっ」


 ロウは再度リチラトゥーラから雪玉を投げられる。ギリギリのところで避けると、反対側から味方であるはずの男性近衛兵が投げた雪玉が彼のこめかみに命中した。彼の黒髪が雪によって濡れ、べったりと前髪が額に鬱陶しそうに引っ付いている。


「……こんの、クソガキ!」

「あはは! ロウが怒ったわ!」


 きゃあきゃあと黄色い悲鳴を上げながらも笑顔で逃げ回るリチラトゥーラ。その姿を追うのはロウだ。その光景はとても微笑ましいものだった。

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