Forever Taro Urashima

矮凹七五

第1話 Forever Taro Urashima

 これからする話は、現在よりもはるか昔に起きた出来事である。



 一人の若い男が砂浜を歩いている。

 彼の名は浦島太郎うらしまたろう

 漁師らしく、手に釣り竿ざおを持ち、腰には魚篭びくを括りつけている。

 簡素な服装から、生活は決して豊かではないことが想像できる。


 遠くの方から子供達の声が聞こえてきた。

 離れた所から聞こえてくるぐらいだから、声は決して小さくない。

 はしゃいでいるようにも思えるが、その声からは悪意も感じ取れた。

 ――よからぬ事をやっているな。

 彼は声が聞こえてきた方に向かって行った。


「何だこのカメー!」

「変なの!」

「叩いてみろよ! いい音がするぞ!」

 子供達が海亀らしき生き物を足蹴にしている。

 子供達の表情は楽し気だ。だが、その中に邪悪な鬼が潜んでいるような印象を受ける。

「お前達! 何をしている!」

 子供達に向かって一喝し、にらみつける浦島太郎。

 浦島太郎の背は高くもなければ低くもない。若者としては普通だ。

 太っているわけでもない。それどころか細身である。

 しかし、その体は引き締まっており、肌は浅黒く日焼けしていた。

 いかにも健康そうな体からは、威圧感が感じられ、炎のようなをまとっているような印象すら受ける。

「う、うわあーっ!」

「逃げろーっ!」

 束になっても勝てない相手と思ったのか、子供達は一目散に逃げて行った。


 子供達がいなくなると、そこには一匹の海亀がいる。

 いや、海亀と言うよりもと言った方がいいのだろうか。

 角ばった銀色の体をしており、生物と呼ぶには無機質な印象を受ける。

 ――変わった海亀だな。

 浦島太郎は、そう思った。

「助けていただき、ありがとうございます」

 海亀の口から声が聞こえてきた。

 それは、人の声として聞こえたが、抑揚が無く、感情が込められていないものだった。

「な!? しゃべった!?」

 ――俺が知っている海亀ではない。

 人間ではない、海亀が声を発したという事実に、浦島太郎は驚いている。

「貴方のお名前は?」

「浦島太郎です」

「浦島太郎さん。お礼として、貴方を竜宮城に招待いたします。私の甲羅にお乗りください」

「気持ちはありがたいのだが……いいのか?」

「遠慮はいりません」

 浦島太郎は海亀の厚意に甘え、甲羅に乗っかった。

 すると、甲羅から金属製の取っ手が生えてきた。

「な!?」

「取っ手にしっかりと、おつかまりください」

「はい……」

 海亀から促された浦島太郎は、取っ手を強く握る。

「行きますよ」

 そう言うと、海亀は物凄い速さでした。


「!?」

 海亀は浜辺を離れ、海上を突き進んでいる。

 ――浮いている!?

 どのようにして海亀が移動しているのか、気になった浦島太郎は、後ろを振り向いた。

 海亀の尻の辺りから、炎が噴き出ているのが見えた。

「尻から火が噴いているけど、大丈夫か!?」

「大丈夫です。平常運転です」

 海亀は冷静に答えた。抑揚が無いのは、相変わらずだ。

「ワープします」

 海亀がそう言うと、目の前に円形の暗闇が現れた。

 海亀は浦島太郎を乗せながら、暗闇に向かって突き進む。


 海亀に乗りながら暗闇の中を突き進む浦島太郎。

 真っ暗で何も見えないと思いきや、海亀が淡く光り輝いているので、周囲だけは見ることができる。


 暗闇を抜けた。辺りには海が広がっている。

 遠くの方に何かが見える。

「もうすぐです」

 遠くの方に見えている何かは、どんどん大きくなっていき、城の形になった。

「……でかい」

 ひょっこりと顔を出すようにして海上に突き出ている城。

 ここまで巨大な城を、浦島太郎は見たことがない。

 視線の先には扉がある。

 ――ぶつかる!

 と思っていると、扉は左右にゆっくりと開いていった。


 入城後、海亀はぴたりと止まった。

「竜宮城に到着しました」

 周囲には壁、下には海。他には何もない。

 こんな所に連れて来てどうするつもりだ、と思っていると、浦島太郎は浮き上がるような感覚を覚えた。

 海亀と共に垂直に上昇している。

 上の方を見ると天井がある。

 このままではぶつかる、と思いながら、よく見ると天井には扉らしきものがある。

 天井の扉が開くと、浦島太郎と海亀は、そこに入って行った。


 周囲が明るくなった。

 浦島太郎と海亀は、だだっ広い部屋にいる。

 部屋の端の方を見ると、ふわふわしてそうな椅子や、銅像が置かれている。

 すぐ近くに物はない。

 だが、目の前に一人の若い女性がいる。

 長い髪を持つ美しい女性だ。

 女性は、浦島太郎がこれまでに見たことがない衣類を身に着けている。

 長い手袋、ノースリーブのシャツ、ベルト、丈の短いタイトスカート、ひざまでの長さのブーツ。

 一見、ベルト以外は純白に見えるが、光が反射すると、その部分が虹色に輝いて見える。

 ――こんな格好した女子おなご、見たことがない!

 女性の口が開く。

「はじめまして、浦島太郎さん」

「なぜ、俺の名前を……」

 浦島太郎は、彼女が自分の名前を知っていることに驚いた。

「海亀には発信機が付いていまして、こちら側で海亀の周囲の音声を聞くことができるのです」

「発信機……? 何だそれは?」

 疑問に思う浦島太郎に対し、彼女は発信機が何なのか、わかりやすく、丁寧に説明した。


「さて、私はZゼットひめ。この城の主です」

「ぜっと……ひめ……?」

「どうしましたか?」

「変わった名前だと思って」

「貴方にとっては、そうかもしれませんね。それはともかく、海亀を助けていただき、ありがとうございました。お礼に貴方をパーティーに招待いたします」

「ぱ、ぱーてぃー?」

「百聞は一見にかず。実際に参加してみれば、わかりますよ」

 Z姫は浦島太郎と海亀を連れて、部屋の奥にある扉に向かって行った。


 扉のそばには二つのボタンがある。

 ボタンにはそれぞれ上向きの三角形と下向きの三角形が描かれている。

 Z姫が上向き三角形が描かれたボタンを押すと、扉が開いた。

 Z姫は浦島太郎と海亀を連れて中に入った。


 入った部屋は狭い。

 Z姫の前には多数のボタンがあり、数字や文字が描かれている。

 Z姫が二つのボタンを押すと、扉が閉じた。


 十数秒後、ピンポーン! という音と共に扉が開いた。

 Z姫は浦島太郎と海亀を連れて、小さな部屋を出た。

 そこは廊下だった。

「さっきとは別の場所みたいだが、どうなっているんだ?」

「エレベーターです。浦島太郎さん。上下の階を自由に行き来できます。私達は、これに乗って上の階に来ました」

「は、はい……」

 廊下を歩いていると、扉が視界に入ってきた。

「こちらでパーティーを開きます」

 Z姫が扉を開く。


 Z姫に促されて入った部屋は、パーティールームだった。

 部屋の中にはテーブルと椅子がいくつも置かれており、奥の方にはステージがある。

 天井にはシャンデリアの他、ミラーボールも吊り下がっている。

「何だこの部屋は……! 見たことがない物ばかりだ」


 Z姫と同席する浦島太郎。

 サラダ、肉料理、鍋料理等々……

 テーブルの上を見ると、様々な料理が並べられている。

「召し上がってください」

「……いただきます」

 箸を手に取り、料理を口に運ぶ浦島太郎。見た目は、どの料理も美味しそうだが、はたして……

 ぱくっ。もぐもぐ……

「美味いっ!」

 思わず声に出して言ってしまうあたり、相当美味しかったのだろう。

「お気に召したようで、嬉しいですわ。それでは、こちらも……」

 Z姫は酒瓶を手に取り、グラスに注いで浦島太郎に勧める。

 浦島太郎が口にすると、口内に芳香と甘味が広がった。


「これからダンサーによる舞いが披露されます! ご覧ください!」

 食が進み、いい感じに酔いが回ってきたところで、ステージにものダンサーが上がってきた。

 リュウグウノツカイ、サメ、エイ、アンコウ、ヒラメ、カサゴ、タイ、マンボウ、イカ、タコ、二枚貝、巻貝、クラゲ、ナマコ、ヒトデ等々……様々な顔ぶれである。

 中には角ばった体をした無機質な者も何体かいる。

 ダンサーが全員上がってきたところで音楽が流れ出した。

 幻想的かつ力強い。それでいながらノリの良さも併せ持つ音楽だ。

 ――こんな音、聞いたことがない。

 浦島太郎は恍惚とした表情で、音楽に聞き入った。

 音楽には生楽器だけではなく、エレキギターのような電気楽器やシンセサイザーのような電子楽器も使われているのだが、浦島太郎は知るわけがない。

 ダンサーによる変幻自在な舞い、ステージ上に飛び交う美しい光……

 浦島太郎はステージ上のパフォーマンスに見とれてしまった。


「楽しかった~! もう最高~!」

 酒を飲みすぎ、ぐでんぐでんに酔っ払ってしまった浦島太郎は、千鳥足でパーティールームを出た。

 一方、Z姫は酒をあまり口にしていないのか、足取りはしっかりとしている。

「この様子ですと、帰れそうにありませんね。お泊りになりますか?」

「泊まっていいの~?」

 酔いが回っているせいか、浦島太郎の口調は、いつものものではない。

「もちろんです。ずっとお泊りになっても構いませんよ」

「やったー!」

 こうして浦島太郎は竜宮城に泊まることになった。


 次の日もパーティーは開かれた。

 先日同様にパーティーを楽しみ、酔っ払っては就寝。

 その次の日も同様だった。

 このサイクルを何日も繰り返した。


 そして、ある日……


「Z姫さん」

「何でしょうか」

「このままではいけない」

「どういうことでしょうか? 楽しく過ごされているではありませんか」

「俺には両親がいる。どちらも年寄りで働くのも辛くなってきている。だから、俺が働いて飯を食わせている。そういうわけで、そろそろ帰らなければならない」

「そうですか。残念ですが、仕方ありませんね」

 Z姫は名残惜しむような口調で言った。

「海亀君!」

「何でしょうか。Z姫様」

 Z姫に呼ばれた海亀が、こちらにやって来た。

「浦島太郎さんを元の場所、即ち、貴方が助けられた所まで送ってください」

「かしこまりました」

 海亀が返事すると、甲羅から取っ手が生えてきた。

「それと、浦島太郎さん」

 Z姫が手の平を自分の顔に向けてかざす。

 手を下ろし、手の平を上に向ける。

 すると、どうだろう。

 Z姫の手の平に小さな黒い箱が現れた。

 ――何の術だ! これは?

 浦島太郎が驚いたような表情になる。

「これをお持ちください」

 Z姫は黒い箱を浦島太郎に差し出した。

「これは玉手箱といいます。決して開けてはならないものです。ただ……」

「ただ?」

「もし、困ってどうしようもなくなった時は、これを開けてください」

「わかった。今までありがとう。Z姫さん」

「お礼を言うのは、こちらの方です。くれぐれもお気をつけて」

 浦島太郎はZ姫に別れを告げると、海亀に乗り、竜宮城に来た時と同じ要領で帰って行った。


「悪い奴らにいじめられないよう気をつけろよ」

「はい。浦島太郎さんの方こそ、どうかお元気で」

 別れを告げた海亀は、尻から炎を噴射して、沖の方に向かって去って行った。

 ついこの前、海亀をいじめから助けた砂浜。

 その光景は変わっていないはずだが、浦島太郎は違和感を覚えた。

 だが、違和感の正体が何なのか、彼にはわからなかった。

「さて、帰るか」

 彼は家に向かって帰って行った。


「何だこれは……」

 砂浜を出た浦島太郎は、驚きの声を上げた。

 土であるはずの地面が平らな石になっており、辺りに広がっている。

 辺りを見回す。

 建ち並ぶ白、黒、灰色の巨塔。

 巨塔の多くは四角い形をしている。

 流線型や四角い形をした色とりどりの物体が、馬に負けない速さで灰色の道の上を移動している。

 巨塔も移動する物体も今まで見たことがない。

 ――どこなんだ、ここは!?

 彼は言い知れない不安を覚えた。


 記憶を頼りに家を探す浦島太郎。

 自分の家があるはずの所に戻って来たが、そこに自分の家は無かった。

 代わりに灰色の巨塔が建っている。

 ――俺の家は、こんな家ではない。もっと小さくて質素な、かやぶき屋根の家だ。

 改めて辺りを見回す。

 闊歩かっぽしている者は、スーツ、学生服、作業着、カジュアル等、洋装に身を包んでいる。

 いずれも見たことがない衣装だ。

 一方、彼の衣装は、着流しと腰蓑こしみの。明らかに周囲の人間と違う。

 そのためか、多くの人々が彼をじろじろと見ている。

 だが、彼に声をかける者は、誰一人としていなかった。


 ――ここはどこなんだ!?

 ――あの海亀、場所を間違えたのではないか!?

 ――だが、あの砂浜は確かに海亀を助けた場所だ!

 ――どうなっているんだ!

 浦島太郎はうずくまった。

「うわあああーっ!!!」

 絶叫が響き渡る。


 ――そうだ! 玉手箱だ!

 浦島太郎はZ姫の言葉を思い出した。

 決して開けてはいけないという玉手箱。

 だが、どうしようもなくなった時は開けてください、と言われた。

 今がまさにその時だ。

 彼は玉手箱を開けた。

 すると、中から煙が出てきた。

 煙が彼を包み込む。まるで生きているかのように。

 数秒後、煙は消えた。

 彼の姿も消えた。

 近くを歩いていた人々は、立ち止まって目を丸くしている。



 ――俺は何をしていたんだっけ?

 ――思い出した。これから魚を釣りに行くところだったんだ。

 砂浜を歩いている若者は、浦島太郎。

 これから漁をしに行くところである。

 彼の耳に子供達の声が入ってきた。

 遠くの方から聞こえてきた声だ。

 はしゃいでいるようにも思えるが、その声からは悪意も感じ取れた。

 ――よからぬ事をやっているな。

 彼は声が聞こえてきた方に向かって行った。

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