南4局

 オーラス。点棒状況だけで言えば比較的平たい場だ。3万点を少し超えた獅ニキに追従して、ヒーちゃん、Ψくん、そして俺。

 終始手が悪すぎて何もアガれないままラスへと落ちてるだけに、ここは上手く打って捲ってしまいたい。

 

 だが、その思いもむなしくリーチの声を発したのは親のヒーちゃんだった。


「これがアフリカの王たる最後のリーチです」


 もうアガったも当然と言わんばかりにイキった言葉を放つ。


 その言葉に燃えないわけが無かった。

 麻雀に絶対は無い。絶対は無いからこそ、こうやって自信満々にアガろうとする人間を叩いて教えてやらなくては、クソムカついたまま次の対局に進んでしまう。


 俺は手が悪いなりにガンガンと危険牌を切って進めていった。

 無筋! 無筋! 無筋! 三連打! 俺が無筋を切ったくらいで当たるわけが無いだろ!!


「さ、さすがに押し過ぎじゃないですかね……アフリカではそんな打牌が許されるわけが……」


「ここは日本なんだぞ!! コンクリートジャングルの麻雀を知らないのか!?」


 トドメと言わんばかりの無筋のドラ6筒を切って俺はリーチをした。


「へぇ~、ジラさんやるね~。それなら僕も追っかけしちゃお~」


 続けざまに獅ニキの追っかけリーチ。

 

 三人リーチのオーラス……いよいよ雌雄を決するまで後わずかだ。


 すると……獅ニキのリーチを受けてのヒーちゃんで動きが止まった。一瞬、ツモかと思ったが、ここから弱弱しいヒーちゃんの言葉が聞こえてくる。


「……ど、どうしても切らなきゃいけないですかね……?」


「アガってないなら早く切れよ」


「リーチだからね。そこは自分の選択を受け入れなきゃ」


 そうして出た牌は無筋の赤5萬。

 同時に、アバター三人分のロンが卓上に響き渡った。


「え、トリロン!?」


「あら~、僕とジラさんは良いけど、Ψくんも?」


「ヘヘッ、今回ばかりは枚数が少な過ぎてリーチかけれてなかったんですけど、実は張ってたんすよねぇ。しかも高い奴!」


 リア麻ならトリロンは流れるルールも多いが、ここはネト麻。きっちりみんなでヒーちゃんの点棒を貪ろうと思う。


 結果は俺がハネ直、Ψくんがマン直、獅ニキが2600点。わずかの差ではあったが、俺が最後の最後で捲り、トップを勝ち取った。


「そんな……どうして……カバを連れてきたのに……」


 自信満々に先制リーチをしておきながら、一瞬でラスまで蹴落とされたヒーちゃんから悲痛の叫びが聞こえてくる。


 だが、勝てなかった理由は誰でも答えられるくらい明白だ。


「そりゃ良く分からんアフリカのリーチとか言ってるからだよ。それで毎回勝てたらアフリカ人が最強だろうが」


「麻雀にオカルトを持ち込んじゃうとねぇ~ちょっと勝てなくなるから、辞めた方が良いかな?」


「意味分かんねーこと言ってないで真面目に麻雀勉強しましょーよ! カバがどんだけ強くてもヒーさんが強ぇーわけじゃないんですから!」


「ウワーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 その絶叫と共に、ヒーちゃんの音声通話が途絶えた。


「ヤベ、ちょっと言い過ぎちゃいましたかね?」


「心配ないでしょ。たかだか友人戦でちょっと言われたくらいで凹むタマじゃないだろうし。今回のトリロン放銃だって運が悪いだけなのも有ったっしょ。次会ったら、カバのwikipedia見てないでたかちゃんの動画でも見ろよって煽っておけばいいよ」


「う~ん、でも、メンツが減っちゃったなあ……誰か打てる人見つからないかな?」


「ZOZOちゃんとかどうでしたっけ?」


「配信中。あと1時間くらいのはず。あの女、前回役満で捲ってイキリにイキリ散らかしてたからリベンジしてやりたいよなぁ!」


「じゃあ、ZOZOちゃんに声をかけといて、来るまでサンマでも打ちましょうか!」




 それから俺らはサンマ東風に興じた。

 1時間ほど打って、一人ずつトップを取った辺りのこと。

 地鳴りがどこからともなく響き渡り、俺の体を揺らし始めた。


 はじめは地震かと思った。

 だが、その地鳴りは何だか近づいてるかのようにどんどん強まっていくと、突然、俺のすぐ真横にあるアパートの壁が勢いよく吹き飛んだ。


 車でも突っ込んだのか!? 

 だが、壁に開いた穴から見えるそれは確かに生物の顔だ。

 焦げた茶色っぽい色合いに巨大な鼻。

 まさしくそれは……カバだった。


「ジラさ~ん……さっきはありがとうございました」


 聞きなじみのある声の方向に顔を向けると、そこに居たのはヒーちゃんだった。

 一度オフ会したことがあるから、外見はよく分かっている。

 それが見るからにブチ切れた表情を浮かべて、カバの背中に鎮座していた。


「……麻雀って欠陥ゲームですよね。どれだけ勝ったとしても、こうやって暴力を振るわれたらすぐ台無しになっちゃうんですから……!」


 カバが咆哮する。そして、俺に顔を向けて勢いよく突進してきた。

 済んでのところで俺は回避する。だがそれで窓ガラスが完全に割れてしまった。

 クソ……、たかだか友人戦でブチ切れやがって、この借りは高くつくぞ。


「……俺よりも強い人間がこの世で麻雀を打ってることにもう耐えられないんですよ……今から俺はこのカバと共に俺よりも麻雀の強い人間を皆殺しにします……! だから、ジラさん……まずはその礎になってください」


 冗談じゃない。麻雀のヘタクソのブチキレごときでこの俺が死んでたまるかよ。

 俺はカバの開けた穴から外に出ると、口に指を入れ、思い切り息を吐いた。

 甲高い音が周囲に鳴り響く。


 すると即座にドドドドドと言う動物の駆け抜ける音が聞こえてくる。

 そして夜でもはっきりと分かるシルエットがあっという間に俺の近くに鎮座した。


「あれは……キリン!?」


 ヒーちゃんが呆気にとられたような口調でそう言った。


「アフリカの動物はお前だけの専売特許じゃないんだぜ」


 俺は即座にキリンに飛び乗った。


「さて……これで五分五分と言った所か。キリンVSカバ……どっちが強いか白黒はっきりさせてみるか?」


「くっ……たかだか背が高いだけの草食動物にカバが負けるものですか!」


「おっ、やってるね~! ジラさんの通話が落ちたときに急いで家に向かって正解だったよ」


 そう言って現れたのは獅ニキだった。ライオンの背中に寝ころび、優雅にその場に現れる。


「ちょーっと待った!! 俺が居ない所で面白そうなことをしないでくださいよー!」


 逆方向からはΨくんだ。いかにも狂暴そうなサイの上に乗り、上手く顔を擦るような行為でなだめすかしている。


「どうやら役者は揃ったようだな」


 四方に配置されたカバ、キリン、ライオン、サイ。

 いずれも最強を謳うアフリカの動物たち。

 今にも闘いが始まる。そんな一触即発の状況が完成した。


 俺たちは互いに向かい合うと、そのまま動けずに居た。

 これはルール無用の野生の闘い。

 誰かが不用意に動いた隙に他の誰かが追従して攻撃したり、あるいはその逆も然り。

 だからこそ、必死になって全て見極める必要があった。

 攻防のタイミング。

 仕掛けの入れ方。

 刻一刻と変わり続ける状況を見据えた対応形。

 その気持ちは他の三人も同じようで、場には緊迫した空気が立ち込める。

 

 これが本物の殺し合い……いや。

 これが”本物の麻雀”……!

 この戦いを行うために、今まで俺らは麻雀を打ち続けてきたのだろう。

 この均衡が破られたまさしくその時……初めて俺たちの積み上げてきた物の意味が形となって現れるに違いない。

 


 だが……その均衡を破ったのは俺らの中の誰でも無かった。


 突然、彼方より謎の群れが勢いよくこちらへと向かってきた。俺らは思わずそちらに目が釘付けとなる。


「みんなお待たせーーーーーー!!!!!! 麻雀打ちに来たよーーーーー!!!!!」


 ZOZOちゃんだった。

 巨大な象にまたがり、後方には同様の大きさの象が少なく見積もっても百匹以上、追従している。それらが一様にこちらに向かって進軍して来たのだった。


 そうだ、これは麻雀だ。

 いま俺は麻雀の本質を噛み締めていた。

 どれだけ技術を駆使し思考を巡らせたとしても、時として起こりうる圧倒的な運量チカラの差には、ただただ抗えないゲームでもあるのだと。

 

 俺らはなすすべなく、ZOZOちゃんの引き連れた象の群れに吹き飛ばされていった。

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河馬雀 菊池ノボル @Q9C_UPR

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