第187話 女王の共闘

「ハァァァァッ!」


 黒き魔女アメーリアは長い黒髪を振り乱しながら嬉々として金棒を振り回す。

 ブリジットとクローディアは持ち前の俊敏さでこれを懸命にかわすが、手持ちの武器がないため防戦を余儀なくされていた。

 ブリジットはすきを見て足元に転がっている太い枝を拾い上げた。

 彼女の腕ほどもあるそれは、アメーリアが振り回す金棒によってくだかれた木々からこぼれ落ちた枝だ。


「いつまでも調子に乗るな!」


 ブリジットはアメーリアが片手で軽々と振るう金棒をかいくぐり、臆することなくそのふところに飛び込んだ。

 そして太い枝でアメーリアの顔面をねらう。


(とにかく頭をなぐって昏倒こんとうさせる!)


 しかしアメーリアは器用にのけってこれをギリギリでかわすと同時にブリジットの脇腹を蹴りつける。


「ぐっ!」


 ブリジットは咄嗟とっさに腕で防御して脇腹を守ったが、アメーリアの脚力は強く、数メートルは吹っ飛ばされた。

 この間にクローディアも太い枝を拾い上げていて、アメーリアに向かっていく。

 それを目にしたアメーリアは嘲笑の声を上げた。


「あらあら。誇り高き女王様たちがそんな棒切れ振り回して、まるで子供の遊びね」


 そう言うとアメーリアはクローディアに向かって金棒を振り下ろす。

 だがクローディアは信じられないような高速反応で半身になりながらも前進してこれをかわし、一気にアメーリアのふところに飛び込んだ。

 そしてブリジットと同じく枝でアメーリアの顔面をねらう……かと思いきや、軌道を変えてアメーリアの腹を打った。

 木の枝とはいえ、ブリジットやクローディアが振るえばそれは立派な凶器だ。

 

 だが、木の枝がくだけるほどの衝撃で腹を打たれたにも関わらず、アメーリアはわずかに顔をしかめるだけで痛みをこらえた。

 そして金棒を持っていない右手の拳でクローディアの顔面をねらう。

 クローディアは即座に腕で顔を守るが、今度はアメーリアが拳の軌道を変えてクローディアの腹部に打ち込んだ。


「かはっ!」


 クローディアは後方に大きく飛ばされ、それでも何とか倒れずに踏みとどまる。

 だがその顔が痛みにゆがんでいた。

 そんな彼女の様子にアメーリアは口のはしり上げてニッと笑う。


「お返しよ。クローディア」


 ブリジットはその様子を見て内心で舌打ちした。


(強いぞ。あの女。身体能力が高いだけじゃない。クローディアの言った通り、殺し慣れている)


 戦場で実戦経験を積み重ねると、敵をいかに効率よくほうむるかという技量が身に付く。

 アメーリアのそれは極限までまされた刃のように鋭く、ブリジットやクローディアでも油断をすれば一瞬で殺されてしまいそうなほどだ。


「クローディア。この前のせまい地下水路の時のようにはいかないわよ。ここは自由に動き回れるしね」


 アメーリアはそう言うと重厚な金棒を軽々と肩に担いだ。


「あなたたち2人を殺してその首をダニアの女たちに見せつけるわ。そして本家も分家もワタクシの支配下に置く。ダニアの女は強い者に従うのは知ってるわよね。それならワタクシが女王になるべき。そうは思わないかしら?」


 余裕を見せるアメーリアだが、ブリジットは足元に落ちている枝を再び拾い上げて彼女をにらみつける。


「フンッ。そんなことが本当に出来るなら、女王だろうと何だろうと好きになるがいい。だが、首をさらすのはおまえのほうだ。みじめな生首をトバイアスに送りつけてやる」

「そうね。それに強いだけじゃ女王は務まらない。男にびへつらっているようなあなたにダニアの女たちがついていくとは思えないわ」


 クローディアもブリジットのとなりに並び立って言う。

 2人の女王の言葉にアメーリアはつまらなさそうに肩をすくめた。


「ついてこないなら圧倒的な痛みと恐怖で支配するまでよ。ワタクシに逆らうなら死ぬより辛い目に合わせてやるわ。やり方は色々と知っているから」

「チッ。狂人め」

「あなたみたいな女に大事な部下を任せられるものですか」


 ブリジットとクローディアはその手に握った枝を構えつつ、たがいに目配せをする。

 まともな武器もないこの状況では、各々が勝手に戦ったのでは勝機は無い。

 ならば2人で連携するべきだ。

 もちろん戦場で共に戦ったことなどない2人だ。

 すぐに息の合った戦いをすることは難しいだろう。


 それでもブリジットとクローディアは数時間前におたがいの腕前を披露し合った。

 模擬戦とはいえ、双方の技量の一端を知ることが出来たのだ。

 その経験をかし、後は相手を信じ、たがいに背中を守り合って戦うことで、活路を見出すほかない。

 戦場で共に戦う仲間を信じて背中を任せることは、ダニアの女王に求められる資質のひとつであり、2人は共にそのことを心得ていた。


「行くわよ。ブリジット」

「ああ。遅れるなよ。クローディア」

「あと言い忘れたけれど、アメーリアは口から毒針を吐いたり、小細工こざいくしてくるから気をつけて」

きもめいじよう」


 そう言うとブリジットが先陣を切ってアメーリアに突っ込んで行く。

 アメーリアはその顔に狂気をともなう暴力性をあらわにして、金棒を構えた。


「今夜が人生最後の夜よ。あなたたちは朝日はおがめない」


 アメーリアはブリジットの胴を横ぎに叩きつぶそうと、左手に握った金棒を一閃させる。

 だがブリジットは高く跳躍してそれをかわすと、枝を振り下ろしてアメーリアのひたいねらった。

 アメーリアはそれを平然と右手の手甲で受け止める。

 木の枝がパキッという音を立ててヒビ割れた。


「そんなものでワタクシに傷のひとつでもつけられると思っているの? 笑わせないで」


 そう言うとアメーリアはすぐに金棒を振るってブリジットをぎ払おうとする。

 だが、そこで素早く背後に回り込んだクローディアがアメーリアの後頭部をねらって木の枝を突き出した。

 しかしアメーリアはまるで背中に目があるかのように、右手の手甲でこれも受け止めてしまう。

 それでもブリジットとクローディアは必死の連携を見せてアメーリアを前後左右から攻め立てた。

 だが、アメーリアはこれを的確に防御し、一撃必殺の金棒で2人をねらう。


 2対1でありながら、戦況はいまだアメーリアが大きく優勢だった。

 クローディアはわずらわしさに表情をゆがめながら地面から新たな枝を拾い上げるが、そんな戦い方がいつまでも出来るわけではないことは彼女自身痛いほど分かっていた。


(くっ……武器が欲しい。まともな武器さえあればもっと違った戦い方が出来るのに)


 暗闇くらやみだった空が徐々に青いやみに変わりつつある。

 少しずつ夜明けが近付く中、女王2人の苦しい戦いが続いていた。

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