第185話 劣勢! 深夜の襲撃!

「敵襲ぅぅぅぅ! 寝ている奴を叩き起こせ!」


 つい先ほどまで多くの者が酔って寝入り、高いびきを響かせていた宴会場は、今やはちの巣を突いたような騒ぎになっていた。

 谷戸の谷底となるこの場所を目指して、奇妙な軍勢が丘陵きゅうりょうの斜面を駆け下りてくる。

 それは漆黒しっこくよろいをその身にまとった大勢の兵士の姿だった。

 重厚な全身鎧プレート・アーマーを着こんでいるというのに、その兵士らの動きはおどろくほど俊敏しゅんびんだ。

 

 彼らは急斜面をほとんど減速せずに一気に駆け下り、宴会場になだれ込んで来た。

 すぐに先頭集団が、起きたばかりのダニアの女たちに襲いかかる。

 まだ酔いと眠気のめない頭で女たちは必死に応戦した。

 武器と体があれば多少酔いが残っていたところで、本能で戦えるのがダニアの女戦士だ。


 だが、敵の異様さに彼女たちは苦戦をいられた。

 夜のやみの中では見えにくい漆黒しっこくよろいは、継ぎ目がほとんどないため、剣や槍の攻撃が思ったほど効果を発揮はっきしない。

 切ったり突いたりすることはあきらめ、武器を叩きつけるようにして敵と戦うダニアの女たちだが、漆黒しっこくの兵士らは打ちのめされてもまるでひるむことなくダニアの女たちに攻撃を加えてきた。


 彼らは攻撃を受けてもまったく痛みを感じている様子もなく、ひたすら突撃し続ける。

 その不気味な有り様に女戦士たちは戦慄せんりつを覚えた。

 屈強くっきょうなダニアの女たちが1人また1人と敵の刃の前に倒れていく。

 そんな中、おくすることなく果敢かかんに敵に向かっていく者たちがいた。


「うおおおおりゃぁぁぉ!」


 乱戦の中、ソニアは思い切りおので敵をなぐり飛ばす。

 ソニアの人並み外れた腕力によってよろいが大きくへこむほどの衝撃に漆黒しっこく兵士は倒れ込むが、すぐに起き上がり彼女に向かっていった。

 

(こいつら……まるでこたえていない)


 ソニアは今度は容赦ようしゃなくおので敵のかぶとを叩き割った。

 するとおのが深々と頭に突き刺さった漆黒しっこく兵士は、頭から血を噴き出しながら倒れて動かなくなった。

 それを見たソニアは弾かれたように声を上げる。


「頭だ! 頭をねらえ! かぶとを叩き割れ!」


 ソニアの言葉は人伝いに次々と宴会場に広まっていき、ダニアの女たちは漆黒しっこく兵士の頭に次々と武器を叩きつけた。

 だが敵の数は多い。

 ダニアの戦士は本家・分家を合わせても100名足らず。

 小姓こしょうたちは戦えない。

 敵の総数は分からなかったが、漆黒しっこく兵士は後から次々といてくるため、ダニアはどうしても数的不利に追い込まれていく。


「まずいぞ。こりゃ。どう見てもこっちの人数不足だ」


 ソニアの近くでベラが槍を振るいながら、そう吐き捨てた。

 彼女も得意の槍で漆黒しっこく兵士の頭部をねらうが、一撃一撃に最大限の力を込めて相手のかぶとを破壊するため、かなりの労力を要する。

 今、ベラやソニアの周囲には多くの漆黒しっこく兵士らが群がっていて、一度に3人ほどを相手にしなければならない。

 1人1人の相手に全力を出していたら、体力自慢の2人とていずれは力尽きてしまうだろう。


 そしてダニア本家の中でも屈指くっしの強さを誇るこの2人ですらこの有り様なので、その他の戦士たちは苦戦を余儀なくされていた。

 年嵩としかさの者が多い十刃会や十血会の面々も危険にさらされている。

 このままでは全滅を待つばかりだ。

 今なお多くの漆黒しっこく兵士らが斜面を駆け下りてくるのを見て、ベラは苛立いらだちの声を上げた。


「くそったれ! こいつら何百人いやがるんだ! こんなもん勝負にならねえぞ!」

「泣き言はやめな!」


 ソニアは怒声を上げながらおのを懸命に振るって目の前の漆黒しっこく兵士らを打ち倒していくが、そんな彼女の背後に2人の漆黒しっこく兵士が迫るのを見たベラは声を張り上げた。


「ソニア! 後ろだ!」


 その声にソニアが振り返るよりも早く、漆黒しっこく兵士らが彼女に向けて剣を突き出そうとした。

 その時だった。

 空中から多くの夜鷹よたかが飛んできて、ソニアを攻撃しようとしていた漆黒しっこく兵士らの頭のすぐ近くを飛び撹乱かくらんする。

 さらには後方から2匹のけものが飛びかかってきて漆黒しっこく兵士をその場に押し倒した。


「ガウッ!」


 漆黒しっこく兵士らにのしかかっているのは黒熊狼ベアウルフだった。

 その後方から声が響く。


「行けっ! おまえら! 黒い奴らをぎ倒せ!」


 そう言って馬上で声を上げているのは、銀色の髪を短く切りそろえた女だった。

 彼女の号令に従って多くの黒熊狼ベアウルフたちが次々と漆黒しっこく兵士に襲いかかる。

 そして銀髪の女の後ろには同じく銀色の髪を長く伸ばした女が同乗していた。


「ブライズ様! ベリンダ様!」


 周囲にいた分家の女たちから嬉々とした声が上がる。

 ブライズは鉄棍てっこんを手に馬から飛び降りると、間近まぢかにいる漆黒しっこく兵士に襲いかかった。

 そして鉄棍てっこんを相手のかぶとに叩きつける。


「くたばりやがれ!」


 かぶとは一撃でひしゃげて脱げ落ち、漆黒しっこく兵士の顔があらわになる。

 その顔は肌がどす黒く変色し、その目は真っ赤に充血していた。

 そしてかぶとで守りきれず頭を割られて血を流しているというのに、漆黒しっこく兵士は黒くボロボロの歯をむき出しにして平然とブライズに向かっていこうとする。


「化け物かよ……」


 異様な漆黒しっこく兵士の素顔を見たベラは思わず顔を引きつらせた。

 ベリンダは忌々いまいましげに声を上げる。


「クルヌイとりでにいた異形いぎょうの兵士ですわ! 彼らは痛みも恐怖も感じぬ狂戦士です! とにかく頭を叩きつぶして息の根を止めなさい!」


 その言葉の通り、ブライズが自慢の膂力りょりょくで再度鉄棍てっこんを振るい、あらわになった頭部にもう一撃を食らわせる。

 漆黒しっこく兵士は頭を果実のようにつぶされてその場にくずれ落ち、物言わぬむくろと化した。


「ハァァァァッ!」


 続いてベリンダが馬上から得意のむちを振り回し、周囲の漆黒しっこく兵士らのかぶとを次々と吹き飛ばしていく。

 それを見たベラが槍を高速で突き出し、漆黒しっこく兵士らのあらわになった頭を串刺しにしていった。


「オラオラオラオラァ!」


 それでも敵は大挙して押し寄せるが、瓦解がかいしかけていたダニアの軍勢は、ブライズとベリンダが加勢に駆けつけたことでギリギリ踏みとどまっていた。

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