第155話 二騎駆け

「何よあれ……」


 クローディアは目にした光景に顔をしかめる。

 それは異様な光景だった。


 とりでの外壁を梯子はしごもなしに直接登っている黒い影が見える。

 常人離れした視力の持ち主であるクローディアの目は確かにとらえていた。

 それが甲冑かっちゅうを着込んだ1人の兵士であると。

 その兵士は全身をおお甲冑かっちゅうを身に着けている。


 全身鎧プレート・アーマーは安全性こそ高いが、総重量が30〜40キログロムにもなるため、機動性に欠け、装備する者の持久力にいしじるしく影響を及ぼす。

 そのため戦場でそれを身に着ける者は大将級などの将校に限られていた。

 前線で激しく立ち回るダニアの女戦士たちは絶対に身に着けない装備だ。

 彼女たちは体の急所のみを守る部分よろいを着て戦場にのぞんでいた。


 それだけに全身鎧プレート・アーマーを着込んで壁伝いに登るなどというのは、あまりに馬鹿げた非現実的なやり方だった。

 だがそれが現実に目の前で起きている。

 そしてその影が一つではないことにクローディアは気が付いた。

 4〜5人の黒い影が次々と壁に張り付き、登り始めたのだ。


 とりでの上からは王国軍の兵士たちが岩石や熱した油を落とすが、その黒い影たちはこれらを浴びてもまるでひるむことなくジリジリと壁を登り続けている。

 その異常性にブライズとベリンダは目をいた。

 そしてあのままではいずれ外壁は乗り越えられてしまうだろう。

 クローディアは舌打ちをした。


「チッ。まずいわね」


 知らせによればとりでの中にはまだコンラッド王子が駐留中だ。

 周囲を取り囲まれているため、逃げ出すことが出来ないのだろう。

 王子のことは好きではないが、救援要請を受けたクローディアの立場上、彼に死なれるのはまずい。

 彼女はそう考え、部下の兵士に長槍を持って来させた。

 それを見たブライズが近付いてくる。


「どうするつもりだ?」

とりでに乗り込むわ。ブライズ。指揮を任せていいかしら」

「おいおい……まさか一騎駆けか?」

「ええ。1人のほうが身軽でいいもの。コンラッド王子の無事を確かめたら戻ってくるから」


 そう言うとクローディアは長槍を構える。

 そんな彼女の前にベリンダが進み出た。


「お待ちを。クローディア。せめて壁際まで露払つゆはらいをいたしますわ」

「そんなことをすれば壁際であなたが取り残されるわよ。ベリンダ」

「あら。つれない。ワタシもとりでまでお連れ下さいな」


 そう言うとベリンダは即座に馬首を巡らせて駆け出した。


「ふぅ……妹を借りるわね。ブライズ。武運をいのるわ」


 ため息まじりにそう言うとクローディアもベリンダの後を追う。

 残されたブライズはあきれ顔で肩をすくめる。


「やれやれ。我らの女王様は自由奔放だな」


 そう言うとブライズは本隊の指揮をり、戦況の維持に全力を注ぐ。

 一方、先陣を切って馬を走らせるベリンダは2本目のむちを取り出して左右の手に握った。

 得意武器であるむちを扱わせたらベリンダの右に出る者はいない。 

 クローディアでさえ、彼女ほど上手くはむちを扱えなかった。

 いつもはあやしげな毒物の研究三昧ざんまいの彼女だが、日々のむち鍛錬たんれんだけは欠かしていないことをクローディアは知っていた。


「いきますわよ!」


 そう言うとベリンダは左右の手で2本のむちを自在に操り、前方の敵兵を次々と退しりぞけていく。

 荒れ狂う重いむちはまるであらしのようにうなりを上げ、それを浴びた敵兵は防具ごと吹き飛ばされていく。

 その様子を後ろから見守りながらクローディアも長槍を鋭く振るった。

 その穂先が先ほどの剣同様に光の糸を引き、次々と敵兵が斬り倒されていく。

 2人は縦一列の状態で敵陣を真っ二つに切り裂いた。


「うわっ!」

「ひぃぃぃっ!」


 敵兵らはたった2騎の突撃を止めるどこから、近付くことすら出来ずにいた。

 そうしてベリンダとクローディアはすぐにとりでの外壁へと接近する。

 そこでクローディアが動いた。


 彼女は馬上で中腰になると長槍を右肩に担ぐ。

 すると見る見るうちにクローディアの右腕、肩や足腰の筋肉が強く張り詰めた。

 そして彼女は長槍を振りかぶると、とりでの壁に向かって思い切り投げつける。


「はあっ!」


 それは空気を切り裂く音を響かせて宙を鋭く飛び、とりでの石壁に深々と突き刺さる。

 それを見たクローディアはそのままの勢いで一気に壁際まで馬を加速させた。

 そしてくらの上に立つと軽やかに飛び上がる。

 美しい銀髪の女王が華麗に宙を舞う様子に、敵兵たちは息を飲んだ。


 クローディアはそのまま壁に突き立った長槍をしならせながら足場にすると、そこから一気に壁の上まで飛び上がり、10メートルはあろうかというとりでの外壁を乗り越えた。

 それを見たベリンダも同じくくらの上から飛び上がる。

 彼女の跳躍ちょうやくでは長槍まで届かないが、ベリンダは空中でむちを振るってそれを長槍のに巻きつける。

 

「フンッ!」


 ベリンダは気を吐いて壁に足をつけると、むちを手繰り寄せてすばやく長槍をつかむ。

 そしてクルッと逆上がりの要領で回転して長槍の上に器用に立った。

 そんな彼女に向けて下から次々と矢が射かけられる。

 ベリンダを壁の上に登らせまいとする公国軍の兵士たちの攻撃だ。


「ダニアの女を撃ち落とせ!」

「フン。鬱陶うっとうしい」


 ベリンダはもう片方のむちを振るって飛んでくる矢を猛然と叩き落とす。

 そんな彼女の頭上から声がかかった。


「ベリンダ! 来なさい!」


 とりでの屋上ではクローディアが剣を抜き放ち、そのさやを壁の外側へ差し出している。

 彼女の意図いとを理解したベリンダは、上に向けて残っているもう一本のむちを打った。

 伸びるその先端はクローディアの差し出したさやにしっかりと巻き付く。

 それを確認したクローディアはその手でむちをグッとつかんだ。


「はあっ!」


 金属の突起がわずかに触れて手が痛むが、彼女は構わずにむちを思い切り引き上げる。

 クローディアの剛腕で引き上げられたベリンダは軽々と宙を舞い、一気に外壁を越えてとりでの屋上に着地した。

 2人は見事にとりでの上に登り切ることに成功したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る