第154話 分家の仕事

 クルヌイとりで

 それは王国と公国との国境線であるクルヌイとうげに築かれた王国のとりでだった。

 今そのとりでを千人以上の兵士たちが取り囲んでいる。

 その様子を遠巻きに見たクローディアは事の重大さを改めて感じた。


「やってくれるわね」


 公国側は今までせいぜい100人ほどの兵力で牽制けんせいの意味合いを込めてとりで小競こぜり合いを仕掛けることはあった。

 あくまでもそれは公国の威信を主張する目的だった。

 だが今、展開されている兵力は完全にとりでを攻め落とそうとする規模だ。

 クローディアのとなりに騎馬で並び立つブライズは異様な事態にまゆを潜める。


「こいつは……戦争になるぞ」


 公国軍がこのとりでを落とすということは、王国への明確な侵略意思を示すものだった。

 これでは王国もだまってはいないだろう。

 今後、大きな戦のうねりが起きるその発端となる出来事が、今まさに目の前で繰り広げられていた。

 王国にくみするクローディアらダニア分家も他人事では済まされない。

 ここは分家の仕事を果たす時だ。


「公国軍を背中から刺すわよ! ワタシに続きなさい!」


 躊躇ちゅうちょすることなく号令を上げたクローディアは剣を手に馬を走らせ、赤毛の女戦士たちがこれに続く。

 勇猛なダニアの兵は約300名。

 十血長オーレリアが緊急でかき集めて編成した兵士たちだ。


 数は敵の3分の1ほどだが、ダニアの女戦士は1人で通常の兵士3人分の働きをすると言われている。

 さらに人間の兵士たち以外に、猛獣である黒熊狼ベアウルフが十数頭、公国軍の兵士たちに猛然と襲いかかる。

 猛獣使いであるブライズが従えるけものたちだ。

 こちらもブライズがすぐに用立てることの出来た頭数だった。


「行けっ! おまえら! 奴らの喉笛のどぶえを食いちぎってやれ!」


 ブライズはそう叫ぶと、不思議ふしぎ抑揚よくようの口笛を甲高く吹き鳴らした。

 それを耳にした黒熊狼ベアウルフらは、うなり声を上げて敵に襲いかかっていく。

 そしてブライズのとなりでは、ベリンダが馬をたくみに操りながらむちを繰り出していた。

 

「くたばっておしまい!」


 硬質の皮で出来たそのむちは見た目に反して密度が高く、長さも5メートルはあるので、簡単には扱えないほど重かった。

 ベリンダはそれを平然と振り回す。

 さらにそのむちには金属の鋭い突起が仕込まれていて、それで打たれた公国軍の兵士たちは悲鳴を上げてのたうち回った。

 顔などの肌が露出した箇所かしょを打たれた兵士は皮膚ひふが裂け、肉をぎ落とされて流血する。

 それをまともに頭部に一撃を浴びた兵士などは、かぶとを割られて首を折られ、即死した。

 

 そしてブライズがけしかける黒熊狼ベアウルフたちはしっかり調教されていて、敵兵のよろい鎖帷子くさりかたびら等の防具でおおわれていない部分をねらって攻撃していく。

 黒熊狼ベアウルフたちは味方であるダニアの女戦士たちには決して攻撃を加えない。

 ブライズの徹底した訓練の賜物たまものだった。

 そのように人とけものが一緒になって攻め込んでくることに公国軍の兵士たちは困惑して次々と倒されていく。


「くそっ! 敵は少数だ! ダニアのアバズレどもを取り囲んで殺せ!」


 敵兵の将校らが口々に叫びを上げて部下の兵士らを鼓舞こぶする。

 しかしダニアの女たちの気迫のこもった攻勢を前に、数で勝るはずの公国軍は押されていく。 

 そして彼らが何よりも恐れたのは先頭で剣を振るうクローディアの姿だった。


 彼女の振るう剣は力感をまったく感じさせないが、その剣筋は常人の目には宙を舞う光の糸にしか見えない。

 彼女がすずしい顔で風を切るように剣を振るうと、あっという間に周囲の敵兵が切り裂かれて落馬していった。

 ひとつ呼吸をするごとに1人の兵士を斬り倒し、その数がどんどん積み重なっていく。


 果敢にクローディアに向けて馬上から槍を突き出す巨漢の兵士もいたが、クローディアはたくみに馬を操って敵に的をしぼらせない。

 馬と息を合わせた彼女の騎乗技術は見事だった。

 そしてクローディアは太ももに巻いている革帯に手をやった。

 そこには十本の短刀が備えられていて、彼女はそのうち一本を手に取ると、巨漢の兵士の乗る馬に向けて投げ放った。


 短刀は軽く馬の耳をかすめる程度だったが、これにおどろいた馬は大きくいなないて体勢をくずした。

 乗っていた巨漢兵士はこれを御し切れずに落馬する。

 その兵士はあっという間に数頭の黒熊狼ベアウルフたちに群がられて、体のあちこちを食い破られて悶絶もんぜつした。


「敵はひるんでいるわ! 押し切るわよ!」


 クローディアが高らかに声を上げると、ダニアの女たちはさらに勢い付く。

 対する公国軍の兵士たちは数の利をかせず浮足立っていた。

 戦局はダニア優勢に動き出す。

 クローディアは敵の数を減らすことに専念し、あまり敵陣の奥深くまでは切り込まなかった。

 安易に深く敵陣に入り込んでしまうと、周囲を包み込まれるように包囲されてしまうからだ。


とりではまだ持ちこたえている)


 とりでは周囲をグルリと敵兵に取り囲まれていたが、その外壁は10メートルほどもあり、敵の侵入を容易には許さない。

 壁に梯子はしごをかけて登ろうとする公国軍の兵士に対し、王国側の兵士はとりでの上から岩石や熱した油などを浴びせかけてこれを排除した。

 だが、そこでクローディアは奇妙なものを目にした。


 とりでの外壁を梯子はしごもかけずに何かが登っている。

 壁をう虫のようなそれは、真っ黒な甲冑かっちゅうを全身に着込んだ奇妙な兵士だった。

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