第139話 暗殺者たち

「火矢が来ます。トバイアス様。脱出を」


 そう言うと彼女はトバイアスの手を取ってほろの後方から飛び降りる。

 突然のことに動じる様子もなく、トバイアスは軽く身をひるがえして着地した。

 それと同時に空から飛んできた火矢が馬車のほろに突き刺さり、引火してそれを燃やし始める。

 さらには3本の火矢の他に飛んできた矢が馬の手前の地面に突き立ち、2頭の馬たちがいなないて暴れ出した。


「うわっ!」


 突然の出来事に制御を失った馬車が横転して、御者は地面に投げ出された。

 火矢には十分に油が染み込んだ布が巻かれていて、それが燃え移ったほろはあっという間に炎に包まれていく。

 平然とその様子を見ながらトバイアスはとなりに立つアメーリアに声をかけた。


「暗殺か。俺を殺したい奴は世の中に腐る程いるだろうが、これは誰の差し金だと思う?」

「クローディアかブリジットではないでしょうか」


 そう言いながらアメーリアは鋭く周囲に視線を走らせた。

 地面を蹴る馬のひづめの音が激しく聞こえてくる。

 北、南東、南西の3方向から騎乗した者達が弓に矢をつがえて駆け寄って来ているのだ。

 全員、覆面ふくめん外套がいとうで全身をおおって姿を隠している。

 アメーリアはトバイアスを守るように彼のすぐそばに立った。


「トバイアス様。姿勢を低くしていて下さい」


 そう言うとアメーリアは頭巾ずきんを脱ぎ捨てる。

 黒髪が風に舞った。

 その瞬間、北側からまっすぐ突っ込んできた相手が矢を鋭く低空で射放ってきた。

 同時に南東と南西から向かってくる者たちも矢を射放ってくるが、1人は放物線を描くように頭上に矢を、もう1人はそれよりもやや低い曲線を描いて矢を射放ってきた。


 三方向から高さと軌道きどうの異なる矢が同時に襲いかかってくる。

 だがアメーリアは冷静だった。

 真正面から向かってきた矢を足で蹴ってへし折ると同時に、頭上から降り注いできた矢を左右の手でつかみ取ってしまった。

 そしてアメーリアは右手でつかんでいる矢を持ち直すと、それを前方から向かってくる敵に向けて投げつけた。


 それは弓弦ゆんづるで放たれた時よりも数段鋭く宙を舞い、敵の乗る馬の首に突き刺さった。

 途端とたんに馬が悲痛な声を漏らしてその場に倒れ落ち、乗り手は放り出されて地面を転がる。

 すぐさまアメーリアは左手に握っている矢を倒れている相手目がけて投げつけた。

 それは鋭く飛んで、起き上がろうとしているその相手の首に突き立った。


「ごはっ……」


 襲撃者は一瞬で動けなくなる。

 だがその寸前にその襲撃者が鋭くナイフを投げ放っていた。

 それはまっすぐにトバイアスのひたいねらっている。 

 だがアメーリアはあっさりとこれを指でつまみ取った。


「しつこい女は嫌い」


 アメーリアの言葉にトバイアスは面白そうに口のはしゆがめて笑みを浮かべる。


「ほう。あれは女か」

「はい。風に乗って女のニオイがただよってきましたから。それも汗臭いダニアの女のニオイが」


 嫌そうな顔でそう言うとアメーリアは背中に背負った武器を抜いてそれを左手に構えた。

 そして棒状のそれに被せてある革袋を取り払う。

 それは太くて無骨な金属の棒だった。

 アメーリアはそれを軽々と振り下ろす。

 すると金棒の先端が地面をえぐって土をまき散らした。


 それからその重厚な金属のかたまりを軽々と振り回し、飛んでくる矢を次々と叩き折る。

 南東と南西の方角から向かってきていた襲撃者らは、仲間が即座に殺されたことで一度方向転換し、距離を取って矢を放ち続けていた。

 それらはすべて正確にトバイアスをねらっている。

 だが連続で次々と放たれる矢は1本たりとてトバイアスに当たることはない。

 全てアメーリアの振り回す金棒にはばまれていた。


「ああ。トバイアス様に近付く女は皆殺しにしたくなります。アメーリアだけのトバイアス様なのに。いっそのことこの世の女はアメーリアだけになればいいのに。他の女はいらないから全員死ねばいいのに」


 金棒を華麗に振り回す彼女はまるで踊っているかのようだった。

 アメーリアの言葉にトバイアスは今度は声を上げて笑う。


「ハッハッハ。それではこの世があまりにも味気なくなってしまうし、男は男同士でなぐさめ合うしかなくなってしまうな」


 トバイアスは自らの命がねらわれているというのに、微塵みじんも恐怖を感じていなかった。

 彼は殺戮さつりくの女神とも呼ぶべきアメーリアの力に全幅ぜんぷくの信頼を置いていた。

 彼女がそばにいれば戦場で昼寝をしていても自分は死なない自信がある。


「毒のニオイもします。暗殺用の猛毒ですね」


 先ほどアメーリアに投げ返された矢の突き刺さった馬は口から白い泡を吹き、白目をいて激しく体を痙攣けいれんさせながら死んだ。

 強い毒を受けた時の反応だ。

 同じく首に矢を受けて倒れた襲撃者も、頭巾ずきんの下で同じ顔をしていることだろう。

 

「おのれっ!」


 矢が当たらないことを知った襲撃者たちは腰帯に差したさやから剣を抜き放つ。

 そして彼女らは2人同時に決死の覚悟で剣を振り上げてトバイアスに突っ込んで来た。

 それを見たアメーリアは、今度は腰帯からむちを取り出す。

 だがそれは普通のむちではなく鋼鉄の鉄線で作られたものだった。


「そう。暗殺は遠くからじゃ成功しない。近付いて一刺ししないとね。けど……」


 そう言うとアメーリアは目にも止まらぬ速度でそのむちを振るう。

 細く鋭い鉄線は光のまたたきのように宙を舞い、途端とたんに馬の上に乗っている襲撃者の首が切り離されて宙を舞った。

 そしてもう1人の襲撃者の乗る馬の4本の脚が切断され、脚を失った馬は無残にも腹を地面にこすりながら勢いよく地面をすべっていく。

 その馬に乗る襲撃者は投げ出されてアメーリアの足元の地面に転がった。

 その勢いで被っていた頭巾ずきんは脱げて、中からは苦しげにうめく女の顔があらわになる。


「うぅぅ……」

「アメーリアのトバイアス様に近付いたばつを受けなさい」


 そう言うとアメーリアは振り上げた金棒を女の頭目がけて思い切り振り下ろした。

 まるでつぶれた果実のように、襲撃者の女の頭は血と脳漿のうしょうをまき散らして粉々になった。

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