終:蒼と紅と怪異


 見上げると、輝く太陽。

 地面は固いコンクリート。


「……あっ、ここ屋上?」

 すぐ隣から明日香の声。


 ……金曜日のときと同じだ。

 わたしたちは、中学校の屋上に立っていた。


 

「そうだ、みんな……」

 あたりを見回して、明日香の声が止まる。


 ……わたしたちの周りには、今までいなくなった人達が倒れていた。


 山井先生がいる。

 用務員さんがいる。

 あの、わたしたちの目の前で消えた男子生徒二人がいる。

 他にも、いなくなったと聞いた先生たちが、みんな散らばって横になっていた。


「……大丈夫、だよね?」

「うん。多分、みんな寝てるだけ、だと思う」


 ここから見ても、倒れている人達に傷は見えない。


 それに……今までここみさんは、さらった人を傷つけて返すことはしなかった。

 だから今回も、大丈夫なはずだ。



「それより明日香、早くここから出るわよ」

「えっ? なんで?」

「だってわたしたちがここにいたら、明らかに不自然じゃないの。……変に色々聞かれて、面倒事にはなりたくないでしょ?」


「……確かに!」


 そう言うと明日香は、目にも止まらぬ速さでわたしの身体を抱きかかえて……


 ……そのまま、高く跳び上がった。


 

 2メートルはある屋上のフェンスを軽々と跳び越えて。


 全身で風と重力を感じながら、校舎の壁に沿って落ちていく。


「やっぱ月菜と一緒にいるの、楽しい!」


 怖いもの知らずという言葉は、明日香のためにあるんだろうなと、わたしは心に刻んだ。



 ***



 明日香とわたしは、校舎裏の植え込みの中に着地。

 

 そこから教室に戻ると、まだ昼休みの途中だった。

「あれ、明日香どこに行ってたの?」

「うん、ちょっとね」

 クラスメイトが明日香を囲んで喋りだす。

 

 なんだかとんでもなく長い時間、鏡の中の世界にいたような気がするが、元の世界では5分ぐらいしか経ってなかったらしい。


 

 そして昼休みが終わろうとするタイミングで、教室に山井先生が入ってきた。

「先生、戻ってきたのかあ」

「じゃあもう自習はなし?」

「先生、どこにいたんです?」


「……うむ、それがよく覚えてなくてな……気づいたら屋上にいたんだ。他の先生も一緒にな」



 ……後で聞いたところ、他の先生もだいたいそんな感じのことを話したらしい。

 

 ここみさんは問題なく、すべての人を返してくれたのだ。



 ***

 


「ねえ月菜、あたしも祠の様子見に行きたい」

「まあ……いいわ。自分がやったことをしっかり見つめなさい」


 そういうわけでその日の放課後、わたしと明日香は旧校舎の裏手にいた。

 特にまだ整理はされておらず、今朝わたしが確認したときから状況は変わっていない。

 

「……月菜、ここから良く祠見つけたね」

「まあ、あることがわかってたし。……というか、明日香のせいでこうなったのよ」


 がれきを眺める明日香に、わたしはため息をつく。


「月菜、大変だったでしょ。このがれきなんとかするの」

 そう言いながら、わたしが両手でなんとか持ち上げていた木のがれきを、発泡スチロールのように軽々と動かしていく明日香。

 

 ……うーん、感覚がバグりそう。


 

「……あっ、これ?」

 あっという間に、明日香は祠らしき木製の物体を掘り出してきた。

 あちこちが欠けたり割れたりしているけど、正面はちゃんと観音開きの扉があるし、屋根にも装飾がされている。


 一辺40cmぐらいの立方体、という小ささだけど、立派に祠としての役割を果たしていたのだ。


「どう、月菜? なにか感じる?」

「うーん……」


 ……魔力が集まっている、みたいなのは感じない。

 いや、でも……



「中に、何かあるみたい」

 ……なんだろう。薄いものが何枚かある感じだ。


「ほんと? ……音とかはしないけど」


 明日香は雑草の上に祠を置いて、扉を開ける。



「なにこれ?」


 入っていたのは、すっかり変色し、ボロボロになった紙の破片。

 墨で何か書かれているのは確かだが、正直復元できそうにはない。


 確実なのは、これは相当古いものだということだ。

 いつ、誰が祠の中に入れたのだろう。

 それこそ祠ができた当初から……

 


「あ、もしかして」

「何?」


「ここみさんが言ってた絵って、これのことなんじゃないかな」


 文字らしきものは見えない。

 太い線、細い線、直線、曲線、ときに点。


 組み合わせるとどうなるかすら見当もつかないが、きっとこれは、当時の子どもたちと一緒に、ここみさんら狐の子たちが描いた絵……

 

 それなら、この祠の中にあったのにも納得がいく。


「……そっか、なに描いてたんだろうね」

「筆だろうし、そんな複雑なものは描けなかったんじゃない?」


「似顔絵とか?」

「あーありえる」


 そう話しながら、わたしと明日香はこの破片を大切に保存して、できれば復元させようと決めた。

 そして、祠は一旦校内の目立たない場所に運んでおき、後日再建することも決めた。


「夏休み前に、大事な仕事だね」

「だから、他人事みたいに言うのはやめなさい」



 ***



「今日は疲れたでしょう。早く寝なさい」


 帰宅して、風呂上がりのわたしの前に立ちはだかる、厳しい顔の母さん。

「えっ、うん……」

「あなた、思ってるよりも消耗してるわよ。お昼よりもずっと、気が出てないし……札も相当使ったでしょう」


 ……やっぱり、母さんには今日のこと、お見通しだったらしい。


「その……」

「緊急性があったんでしょう? 今更どう、というつもりはないけど……あなたにはまだ足りないところもたくさんある。それだけは肝に銘じておきなさい」


 母さんは相変わらずの鋭い声でわたしに言い放つと、背中を向ける。


「……はい」

「……でも、上手くいったのなら良かった」


 去り際に聞こえてきた母さんの言葉は、ねぎらいと受け取って良いのだろうか。



 ……でも、母さんはさすがである。

 布団を敷いてその上に移動すると、あっという間に眠くなってきた。


 やはりもう寝ちゃおうか、と思ったその時にスマホに飛んでくる通知。


『ごめん、今日の写真送るの忘れてた』


 明日香からそのメッセージとともに、わたし、明日香、ここみさんの写った画像が送られてきた。

 

 満面の笑顔の明日香。

 その隣に写る狐の女の子……ここみさんは、とても安らいだ表情。


『ありがとう。明日香のおかげで、またうまくいった』


 そう送ると、すぐ返信が来た。


『そんなことないよ! みんな月菜がやったんじゃん』

『また近くで見せてよ、月菜の封印』


 絵文字が混ざっていて、いつものテンションの高さが透けて見えるようだ。

 

 ……やはり、明日香は変わらない。

 きっと彼女には、疲労なんてものは全く無いだろう。


 けど、その無茶苦茶な体力、強さ、テンション、明るさ……それがあるからわたしは花子さんのときも、今回も、上手くやれた。



 わたしはもう一度さっきの画像に目を向ける。


 ……わたしだったら、怪異と写真撮るなんて思いつきすらしなかったな。


 

 ……写真の中の明日香から、『楽しい!』という台詞が聞こえてくるかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼い異能と紅い吸血鬼 〜月菜と明日香と怪異七不思議〜 しぎ @sayoino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画