ここに、封印されし思い出残りし
「……では、ここにお願いします」
狐の彼女は、わたしが魔法紙を敷いた祠の前に寝そべる。
大きな尻尾を器用に巻いて、猫がこたつで寝そべるかのごとく。
「……月菜、なんか手伝うことある?」
「うーん……あの子と一緒にいてよ」
わたしは明日香に返す。
明日香が怪異相手でも、問題なくコミュニケーションを取れるのはもう承知だ。
無いと思うけど、万が一相手が抵抗したり暴れ出したりしても明日香なら抑え込める。
「三枚目……四枚目……」
わたしは祠の周りに魔法紙を置いていく。
描いてあるのは簡易的な魔法陣。
……ここは現実世界ではない。
だからここでやるのはあくまでちゃんとした封印作業ではない。
それでも、数週間は持つだろう。
少なくとも狐の彼女には、安らかに眠ってもらえるはずだ。
「これで……八枚……」
そしてその間に旧校舎のがれきの撤去作業が終わるか、祠を別の場所に移してもらったら、本番の封印作業をやる。
それで、問題ないはず。
一枚一枚、魔法紙を置き、魔力を込める。
「……月菜、平気?」
「大丈夫。……明日香が一度わたしを逃してくれたから、だいぶ回復できてる」
それでも、背中からうっすら汗が出てきているのがわかる。
簡単な作業ではない。
少しでもずれないように、慎重に魔法紙を配置する。
「やばくなったら、すぐ言ってね。月菜に何かあったら元も子もないんだから」
そんなこと言ってるが、明日香はどうする気なんだろう。
……でも、その言葉はとてもありがたい。
「……じゃあ、これで最後」
「うむ」
最後の一枚を配置して、わたしはその上に立つ。
目の前の狐の子と、目が合う。
……そういえば。
「あなた、名前は?」
いつまでも狐なんて呼ぶのは不便だ。
この子だって人間と同じ世界にいた以上、ちゃんとした名前があるはず。
「……ここみ」
「……ここみさん?」
「ここみちゃん!」
明日香がそう言って、茶色い狐の頭をわしわしとなでる。
「ちゃん付けだと? お前らよりわたしは、よっぽど長くの時間を過ごしてきているんだぞ」
「でも、可愛いし……」
明日香の言うことはごもっともだ。
怪異の化け狐は、きっとわたしの祖母、いやもっと昔の頃から生きて、人間社会に溶け込んできた。
でも、さっきの少女の姿も、今の狐の姿も、そんな年齢を感じさせないほどには可愛い。
小学校の飼育小屋で飼われていてもおかしくなさそうな。
見た目としては、ちゃん付けの方がしっくりくる。
さすがにわたしは気が引けるけど、明日香はお構いなし。
「ねえ月菜、封印したら会えなくなっちゃうの?」
「そうね。かと言って、封印しないわけにいかないでしょ?」
封印しないと、この子が……ここみさんが生きられなくなる。
また人間の精気を吸うために、人間をこちらに連れ込まなければいけない。
それでは、駄目だ。
「うん……」
「あっ、そしたら写真撮れば?」
「えっ大丈夫なの? そういうの」
「平気よ。普通に写真にも写る」
ここみさんの場合は、物理的な存在自体はただの狐だ。
魔力で意図的に姿を消すとかできるかはわからないけど、普通にしていれば他の動物と全く同じである。
「じゃあみんなで撮ろう! 月菜も入ってよ」
そう言うと、明日香は自分のスマホを取り出してここみさんの隣に並ぶ。
「わたしも?」
「それはそうでしょ? これも思い出だもん」
……思い出。
なるほど確かに、封印で眠りにつくここみさんにとっては、これも立派な思い出、になるのか。
わたしもここみさんの隣に並ぶ。
「じゃあ撮るよー」
明日香、ここみさん、わたし。
シャッター音がして、ここみさんがいたという、確かな証拠がスマホの中に残された。
***
「では……」
わたしは改めて魔法紙の上に立つ。
残っている札を右手に持ち替えて、十分な魔力を流し込んでく。
「封印指定、実行――」
わたしの足元の魔法陣から、蒼い光。
その光がゆっくりと、ここみさんを包むように光り出す。
「やっぱり、きれい……」
明日香の声。
わたしの魔力は充分に回復している。
あと必要なのは、意識を集中させ続けること。
花子さんの時のような失敗はもうしない。
全体に、バランスよく、魔力を流す。
「……案外、心地いいものだな……」
ここみさんの声が、だんだん小さくなっていく。
と同時に、身体が少しずつ色を失っていき、後ろの祠が透けて見えるようになる。
「……ここみさん、おやすみなさい……」
「もしまたなんかしたら、今度はあなたを許さないんだからね」
わたしの語りかける声と、明日香の忠告とも取れる声。
「では、また……」
ここみさんの最後の声は、もうほとんど聞こえなくて。
祠とここみさんを囲んだ光も、少しずつ薄れていった。
「……ここみちゃんは、大丈夫なの?」
「問題ないわ。封印は上手くいった。最も、元の学校に戻ったらちゃんとしたのをやらなきゃだけど」
ここみさんがいなくなり、風どころか、なんの物音もしなくなった空間に、わたしと明日香の声だけが響く。
「戻ったら祠を建て直すよう、まずは誰かしらに頼まないとね」
「その時は手伝いなさいよ。明日香が壊しちゃったようなものなんだから」
「はーい……」
明日香が渋々返事をするのと、周囲が白い光に包まれ出すのが同時だった。
「ちょっと、なにこれ……!」
「ここみさんが封印されて力を失ったから、この場所そのものが無くなろうとしてるのよ」
「……じゃあ、先生たちは!」
「……それは多分、大丈夫だと思う」
視界が閉ざされる中で、わたしはなぜかそれを確信していた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます