対話して、すれ違う
「ある時、ここの校庭に立て板があった。『狐、狸、その他自らは人間でない存在であると自覚する者は、今日の夜ここに集まるべし。過激な思想を持つ人間との付き合い方を教える』……」
「過激な思想?」
「怪異なんて存在自体が悪だ、いなくなってしまえ……、って人が、昔は結構たくさんいたのよ」
多分それは、わけのわからないことへの恐怖からくるものだろう。
当時の沢守家も、そういう人の依頼を受けてたくさんの怪異を倒していたという。
「それで、わたしら狐は集まった。だがそこには、あらかじめ魔法の陣で仕掛けがしてあってな……沢守の名も、いたぞ」
そう言われて、わたしはいたたまれなくなる。
この街の人々は、沢守家の力も使い、怪異を騙しうちにしたのだ。
「完全に、不意を突かれてな……それに、あやつらはわたしらに力を出させないように、子どもたちが描いた絵を持ってきてたのじゃ」
「絵?」
「それが学校で、わたしらと皆がともに描いたものであることを知っててな。『攻撃したらこれらが破けるぞ、見れなくなっても良いのか』と……」
……つまり、思い出の品を使って脅しをかけたのだ。
「なにそれ最低じゃん」
明日香がやるせない顔になる。
しかし、それが無かったら人間たちは返り討ちになっていただろう。
それほどまでに、化け狐の魔力は恐怖の対象だったのだ。
「結局、わたしらはほとんど一方的にやられて、村にいられなくなった。皆こちらに閉じこもったが、傷は深く、一人一人力を保てなくなっていき……今はわたしだけだ」
「あの祠は?」
「あれは、白い校舎がある場所に元々あったものでな……わたしらがこちらに逃げてきた後、いつのまにか場所が変わっていた」
白い、すなわち今の校舎が建っている土地にあったもの。
とすると、どこかのタイミングで誰かが今の場所、旧校舎の壁伝いに移したということになる。
「今の校舎を建てるから?」
「でも場所が変わったのは、今の校舎の工事が始まるよりもずっと前のはずよ」
もしかしたら、狐たちの事情を知ってる誰かがやってくれたのかもしれない、とわたしは思った。
祠を人通りのある校舎の裏手に移して、そこから人間の精気を取り込めるように。
……うん。家に帰ったらやっぱりもっと詳しく資料をチェックしよう。
そのあたりをちゃんと調べてから行けば、今回ももっとスムーズに解決できたかもしれない。
***
「……そこから先は、少し前にお前が話したとおりだ。白い校舎になって、人から精気を取れなくなった。だから、定期的に人間をこちらに連れてくるしかなかった」
……なんだか、この子を見る目が変わった。
そんなことをされては、人間に不信感を示すのも当たり前である。
「……ごめんなさい。改めて、わたしの御先祖が無礼を働いたこと、お詫びします」
わたしは、自然に頭を深々と下げていた。
この狐の子がこのようになってしまった原因は、かつての人間たちだ。
今までされなかったであろう謝罪。それを、わたしが代表してやらないと。
「お前は……昔の子ども、みたいだな」
「……昔の子ども?」
狐の彼女がわたしを見る目は、見た目通りの優しく、柔らかい目になっている。
油断すると、怪異であることを忘れそうだ。
「うむ。わたしへ向ける目が、優しい。あの警戒心丸出しの態度は、どこへ行ったのだ?」
「それは……あなたのことをよく知らなかったから、です」
あのときは、目の前の怪異の迫力に押しつぶされていた。
自分の危機を感じて、焦っていた。
……話を聞こうとはした。けど、向き合う覚悟が足りなかった。
……これも、反省しないといけない。
「あなたのことを知って、あなたのことをなんとかしなければという気持ちがより強くなりました。今のままでは、あなたにも、人間側にも、互いによくありません」
「……では、どうするのだ?」
「わたしに……あなたを封印させてください」
やはり、こうなる。
母さんに言わせると、封印というのは冬眠させるようなものなんだそうだ。
怪異を眠らせて、精気の補給をしなくていい状態にする。
それならば、人間たちに干渉することもない。
花子さんのように、定期的に封印の更新作業が必要だけど、それだけだ。
「そうすれば、苦労して人間を連れてくることも無くなります。わたしたちがあなたのことを敵視したり、色々調べたりすることも無くなります。あの祠については、建て直してちゃんと祀るよう学校の方に提案します」
「なぜだ?」
「なぜって……」
……何か、不満なところがあっただろうか?
また不安がよぎる。
思わず、スカートの裾を握る。
「わたしは今、精気を人から取れないとやっていけない。この状況から更に封印をするとは、どういうことなのだ?」
「え、いやこの状況だからこそ封印が必要で……」
「月菜、封印についてもっと説明したほうが良いんじゃない?」
明日香が助け舟を出してくれる。
「説明って言われても……」
「……どういうことだ? 封印とはどういうものなのだ? 今のこの状況は何なのだ?」
……やばい。
狐の耳から、尻尾から立ち上る気が大きくなっている。
「……落ち着いて、月菜」
またギュッと、明日香がわたしの手を握ってきた。
しびれるような痛みが、わたしの思考を動かす。
……そうだ、焦るな。
なんとか、目の前の怪異と対話をできるところまで持っていったのだ。
「考えろ、わたし……」
どうすればいい?
……もしかして。
「あなた、今のこの状況が封印だと思ってません?」
「……違うのか?」
やっぱり。
今も封印され続けていると思っている相手に『これから封印します』なんて言って、話が通じるわけがない。
「今の状態は……ただ閉じ込められているだけです。意識がある分、封印よりきつい」
「な……」
狐の動揺が、目に見えて伝わる。
「きっとこのままでは、あなた自身もいつか力を失います。あなたのためにも、封印が必要なんです」
「……」
言葉が止まる。
周囲はいつしか無風になり、どんよりした灰色の曇り空は変わらないが、周りの様子が見えやすくなっている。
一面の田畑。
ところどころに木造家屋があるだけ。
……多分これは、昔の街の様子。
目の前の化け狐が、自分の領域に作った、思い出の光景なのだろう。
そしてその中で、ひときわ目立つ旧校舎。
今の、いつ崩れ去ってもおかしくない状態からは想像もできないほど輝いている。
建てられてから現在に至るまで、たくさんの思い出が、あそこには詰まっているのだ。
「……封印は、痛くないか?」
ややあって、声が聞こえてきた。
まるでわたしたちと普通に話すような声で。
「……上手くやります」
花子さんのときのような失敗は、もう許されない。
わたしは、この怪異の命を預かっている。
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