路地裏で猫に恋をした。

白藤しずく

路地裏で猫に恋をした。

僕の人生は真っ黒だった。

光なんてない。

スクラッチアートのように、黒の裏に虹色が隠れていることもない。

表も裏も、右も左も、北も南も、黒一色。

道なんてない。

僕はただ佇んでいた。


僕が学校に行けば、皆は僕から自席を遠ざける。こんなにもあからさまなのに、先生は目を瞑っている。人が近づいたと思えば、殴られる。学校で人としての扱いをされた覚えはない。


「ただいま。」

家に帰れば、酒を飲み倒れている母。父は家に居ない。今日もパチンコに忙しくしているのだろう。

僕に居場所なんてない。

僕の人生に光なんてない。


ある日僕は、この人生に光を求めてしまった。

化学研究室から硫酸を盗み、僕は下校した。

日が暮れて真っ暗な路地裏には、当然人影なんてない。

僕はもう幸せになるんだ。

この硫酸は僕の希望だ。


にゃーん


僕は硫酸から目を離した。猫の声がした。僕が死んで、残った硫酸をその猫が舐めたりでもしたら。僕は猫と心中する気はない。まずはその猫を逃さなくては。

その瞬間。

「いたっ」

猫が僕の頭に飛び蹴りをした。その時、ボトルに入った硫酸は、真っ逆さまに地面へ落ちた。

僕は絶望へと真っ逆さまに落ちた。

「ったく、お前のせいで死ねなかった」

僕はその猫を抱き上げた。でも、猫は僕の手を振り払い、膝の上にのった。

猫は、幸せそうに、僕の膝の上で、眠りに落ちた。

初めてだった。必要とされたのは。

この猫が僕の居場所を作ったのだ。


僕はあの日から、放課後に毎日、路地裏で猫と密会するようになった。

必要とされたのも、笑ったのも、何かを必要としたのも。初めてだった。

「お前も帰るとこがないのか」

「にゃーん」

「僕と一緒だな」

この猫は光だ。この猫といるときは、目の前に虹がかかったように。スクラッチアートの裏側にいるように。僕は自然と笑っていた。

この猫とずっと一緒に、これからも生きていたい。


僕の人生に道ができた。夢ができた。

『この猫とずっと一緒に』

その道は一本ではない。二本であった。

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