ムツゴロウの足跡

水木レナ

えっ? ムツゴロウって、なに!?

 花火が始まった。

 パーン! パパパーン!!!

 暮れゆく空に、黄金の花が、咲き始める。


 オレは、特に目的もなくレジャーランドをうろついてる異能力者。

 幼いころは苦労もしたけど、今では映画に出ちゃうくらい人気絶頂なんだぜ。

 まぁ、人生何があるかわからないってこのことだな。


 ところは海浜公園。

 言うまでもないことだが、絶賛デートスポット。

 じゃあなんで彼女とこないのって? そりゃあ、有名人だからさ、オレ……。


 およ? いるじゃん、かわいい娘が。

 金髪の白ギャルぅ!?!? イケてるじゃーん。

 ナンパしよ。


「なーなー、ひとり? 一緒にかき氷、食べない?」

「……」

「ミニ丈の浴衣って、くぁいーね! コスプレなの?」


 しかもニーハイソックスを合わせてる。

 そそるね。

 しかも、ハーフアップに結った髪にサンゴ色の揺れる髪留めつけてるよ。


 そこらの男じゃあ、まずそんなところに目はいかないが、オレは違うよ。

 君のかわいいところをちゃんと見ててあげる。

 それが紳士ってものだろ。


「シロップは何味がいい? やっぱイチゴかな」


 そんなフライング気味な提案も、ちゃんと君のこと、見てるからだぜ。


「……レモン味」


 おおっ、意外な路線に行きついた。


「いいねえ、かわいいね! おじさん、レモンひとつ!」

「はいよっ」


 富士山の水から作った氷なの? やべ。

 すっげー透明なでかい氷が機械の下に削りけずられて、ふんわりとベースの紙カップに積もっていく。

 こういう様子に見入っちゃうのって俺だけ? って横を向いたら、彼女がすぐ隣にいて。


「くすっ」


 って笑うから、なんだか頬が熱くなった。

 ドォン! とまん丸な、どでかい花火が打ちあがった。

 なんかあれ、なんかに似てるな……。


「満月が降りてきたみたい」

「!」


 それだよ! 


「オレもそれ、言いたかった!」


 彼女がまたくすって笑うから、本物の月はどこかななんて思いながら、頬を冷やしつつ夜空を眺めた。

 そうして二人、海辺のスポットに足を運び……。

 オレは異能を使う。


 なんでって? いや、花火だからさ。

 光がこぼれ落ちてくる砂浜で、彼女の姿はよく見えないでしょ。

 だから、透視したいの。


「……」

「どうしてだまるの?」

「それはね……」


 君がきれいだからだよ、と言おうとしてオレは固まった。

 彼女の素肌はぬめめいていて、赤やオレンジ色の光がその姿を彩っていた。

 なんつーか、その。


 ひょろっと土気色をしててさ、えらとヒレがあるんだ。

 見たことあるよ。

 干潟で水が引くとぴょこぴょこしてる動画、いっぱいある。


「いや、なんでムツゴロウなの、君は」


 うっかり口を滑らせてしまってから、あわてて口を閉じたけど遅かった。


「きゃん!」


 彼女はオレを押しのけ、浴衣の帯がとけたまま小走りに海へかけていった。

 恥をかかせた! そう気づいたのは、彼女が見えなくなってからだった。

 白波が、彼女の足跡を消していった。


 波間に浮かぶ彼女の浴衣が、蒼い色の海月に見えた。

 ぐっすん。

 えうえうえう。


「なんで逃げちゃうんだろう。オレ結構、生き物好きなのに……」


 愚痴りながら、思わず飛び出た尻尾と側頭部の耳を隠した。


「まあ、お互いベースが人間じゃなかったってことかぁ……」


 失敗したなあ。

 これが今年の花火の思い出。


               -了-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ムツゴロウの足跡 水木レナ @rena-rena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ