エピローグ
そんなこんなあって。
屋上で告白されたり刺されかけたり殺し合いが起きそうになったり、悪夢のようなことばかり起きた次の日の朝。
僕は輝と一緒に──否。具体的に言うと輝の背中に隠れながら、二人でいつもより早い時間に登校していた。
こんなにべったりしていたら、色々と誤解(主に腐った女子から)を招きそうだなと思いつつ、それでも背に腹は代えられないとビクビクしていたら、輝が苦笑しながら後ろを振り返って、
「そこまで警戒しなくてもよくね? 経緯は昨日の夜に電話で聞いたけどさ、いくらあの三人でもこんな人の往来のあるところで野蛮な真似はしないと思うぜ?」
「そんなのわかんねぇだろ! 今こうしている間にも、どっかで僕を見ているかもしれないじゃん!」
「まるでストーカー被害にあったかのような発言だな……」
「いや、僕が知らないだけで、前々からストーキングしていた可能性もある……。あ~、想像しただけで寒気がしてきた……」
「え。そこまでやばい奴らなのか……?」
やばいなんてレベルじゃねぇよ。もはや狂人にしか思えねえよ……。
「しかし、未だに信じられねぇわ」
再び視線を前に戻して、輝が歩きながら言う。
「そらだけじゃなく、藤堂や御園まで太助のことが好きだったっていうだけでも十分驚きなのに、太助を取り合って刃傷沙汰まで起こすなんてさ」
「いやマジだって。藤堂さんはともかく、宮永さんと御園さんなんて殺し合う寸前だったんだぞ?」
「それは昨日聞いた。一触即発だったんだろ? 見回り中だった先生がたまたま屋上まで様子を見に来てくれてよかったな」
「ほんとにな……」
あとで聞いた話だと、偶然屋上近くの廊下を歩いていた時に揉め声が聞こえてきて、それで気になって様子を見に行ったのだとか。
屋上で騒いでいたのが、図らずも結果的に功を奏したわけだが、あの時先生が見回りに来てくれなかったと思うとゾッとするわ……。
余談ではあるが、今回の件でそらたちがなにかしらの処罰を受けることはなかった。
というのも、先生が屋上にやってきたと同時に一瞬で刃物を隠しやがったのだ。
きっと先生の目からは、女子生徒が屋上で口論しているだけのようにしか見えなかったことだろう。したたかな奴らめ。
「しかし、変な偶然もあったもんだよな。おれも含めて、たった一日で色んな奴の隠していた秘密がバレちゃうなんてさ」
「あー。言われてもみればそうかも……」
輝の男の汗の匂いが好きだという性癖が始まり。
宮永さんのヤンデレ。
藤堂さんのメンヘラ。
御園さんのサイコパス。
どれもこれも、昨日になるまで全然知らなかった秘密ばかりだ。
できれば一生秘密にしてもらいたかったところだが、知ってしまった以上はもうどうしようもない。
輝の秘密くらいならば、ギリギリなんとか許容できる範囲ではあったが、ヤンデレだとかサイコパスだとか、自分どころか周囲にも実害を与えそうな奴とは仲良くなれる気がしない。恋人なんて論外だ。
可能ならば、地球の裏側にでもいてほしい。そして死ぬまで疎遠でいてほしいとすら思う。
そういう意味では、藤堂さんだけ無害と言えなくもないが、ただ人目も憚らずリストカットするような女子なんて絶対に嫌だ。だって心臓に悪いもん。僕まで奇異な目で見られかねん。
「おれとしては、秘密を知られてすっきりした面もあるけどな。今までずっと太助に悪いと思いながら汗の匂いをひそかに嗅いでいたわけだし」
「実際に言われると、なかなかにきついものがあるな……」
なんか今すぐ輝の背中から離れたい気分になった。
宮永さんたちの存在が怖いから我慢するけどさ。
「あと一応言っておくけどさ、別に僕の匂いを嗅ぐことを許したわけじゃないからな?」
「わかってるって。太助のワキガの匂いが嗅げないとなると、かなり残念だけどな」
「おいやめろ。ワキガに関しては僕の汚点でしかないんだから」
昨日、輝に指摘されるまで全然気が付かなかったというのもあって、まだ引きずっているんだよ。これからは当分女子のそばを歩けそうにない……。
「それより、輝は本当になにも知らなかったのか? 僕よりも断然あの三人と付き合いが長いだろうし、本性に気付いてもおかしくないはずなのに」
「確かに付き合いだけならお前より長いけど、そこまで深い話をしたわけでもないからなあ。太助の話が本当なら、三人共おれを隠れ蓑にしてたってことだろ? 最初から太助に近付くためにおれを利用していたのなら、本性なんて見せるはずもないわな」
うっ。一理ある……。
「けどさ、一度は輝に相談したんだろ? 宮永さんからさ」
「あ、もう本人から聞いたのか?」
「うん、まあ。輝の方から協力を口にした件も含めてな」
「そらの奴、そこまで喋っちゃったのかー」
あちゃー、と額に手を当てて空を仰ぐ輝。
「全部知った今だから訊くけどさ、なんで宮永さんに協力しようと思ったんだ? やっぱ幼なじみだから?」
「それもあるけど、そらが太助に気があるのはなんとなく気が付いていたし、それに太助もまんざらじゃなさそうだったから、二人をくっ付けてあげたいと思ったんだよ。前にも言ったかもしれないけど、おれはこの先の人生で恋人が作れるどうかわからないし、せめて幼なじみの恋だけでも成就させたかったんだよ」
太助にしてみれば余計なお世話だったかもしれないけどな。
そう苦笑しながら言って、輝は寂しそうに雲を眺めた。
そんな輝の哀愁漂う背中を見て、僕は思わず嘆息をついた。
まったく、こいつは。
人の心配ばかりしやがって。
「おい輝」
バシッと背中を叩いた僕に、輝は若干驚いたように目を少しだけ見開いて振り返った。
「ありがとな。色々気を遣ってくれて」
「太助……?」
「確かにちょっと色々お節介な気もしたけど、それもこれも僕のためにやってくれたことなんだろ? だったら別に文句はねぇよ」
「……ほんとか? 同情しているわけじゃなく?」
「ほんとに感謝してるんだって。お前の性癖すら受け入れた、心の広い親友の言葉を信じろ」
「それを言われると、素直には頷けにくいんだが……」
「細かいことは気にすんな。なにはともあれ、お前はもっと自分の恋愛のことを考えろ。ラッキースケベっていう困った問題はあるけど、お前にだって恋をする権利くらいはあるんだからさ」
「太助……。ありがとな」
「別にいいって。僕たち親友だろ? なにか恋愛絡みで困ったことがあったらいつでも僕に言え。これでも三人の女子に告白された実績があるからな」
輝に比べれば少ない方ではあるけれど。
「ま、それも結果的にとんでもない形に終わってしまったけどな」
「あははっ」
僕の言葉に、ようやく輝が笑みを見せた。うんうん。やっぱりこいつに暗い顔は似合わない。大事な親友だし、せめて僕の前にいる時だけは笑っていてほしいものだ。
って、こう言うとなんだか輝とのフラグが立ったみたいな感じだな……。いや違うからね? 別に輝ルートに入ったわけじゃないからね?
「でも実のところ、ほんとは少し残念に思っていたりするんじゃないのか?」
「は? んなわけないじゃん。あんな狂人どもに好かれても全然嬉しくもなんともないわ。なんなら今からでも絶縁したいくらいだわ」
「そう言うなって。一度に三人もの女子に告白されたんだぜ? しかも三人揃って文句なしの美少女だし、本性にだけ目を瞑れば、悪い気はしないだろ?」
「その本性が目を瞑るどころか潰す勢いで強烈なんだよ」
しかも物理的に潰される危険性すらあるのだから、冗談でも笑えやしない。
「じゃあ本性を知る前だったら、だれを選ぶつもりだったんだ?」
それまで進めていた歩を止めて、輝が真剣な面持ちで問うてきた。
「昨日の夜は聞けずじまいだったけど、三人に告白された時点ではまだ本性を知らないままでいたんだろ? 太助はだれにOKの返事をするつもりだったんだ?」
「…………」
思わず押し黙ってしまった。
どうしよう。結局あの三人にも言えずじまいだったけれど、この際輝にだけは教えようかな?
正直かなり照れくさいが、輝にはなんだかんだと僕の彼女作りに協力してもらった恩もある。それなのになにも返答しないというのは、なんだか不誠実な気もするし。
「どうなんだ? 太助はだれと選ぶつもりだったんだ?」
「それは──」
「もちろん、あたしだよね?」
真後ろ。
それまでだれもいなかったはずの僕の背後に、いつの間にか宮永さんがいた。
「「ぎゃあああああああああああああああああああああ!?」」
一緒に悲鳴を上げながら同時に飛び退く僕と輝。
「みみみ、宮永さん!? いつからそこに!?」
「少し前からだよ? たーくんも輝ちゃんも、全然あたしに気が付いてなかったけど」
「……そらって、そんな忍者みたいに気配を殺せるような奴だったっけ? しかも急に太助を渾名で呼んじゃってるし……」
「急じゃないよ。昨日からだよ。ねー、たーくん?」
にぱーと無邪気に破顔する宮永さんに「ソ、ソウデスネ」と僕は片言で応える。
あー。マジで寿命が縮むかと思った。ただでさえ昨日のこともあって恐怖の対象でしかないのに、急にホラー映画の幽霊みたいな現れ方をするんだもん。心臓にめちゃくちゃ悪い。
というか、宮永さんたちと遭遇しないために、輝と昨日の夜に約束していつもより早く家を出たのに、なんですでにここにいるんだ? 確かに登下校する道は近所ということもあってほとんど同じだけど、こんなに早く宮永さんが追い付くはずがない。
え。もしかしてあの夜の会話をどこかで聞いていたとか? それこそ僕の部屋に盗聴器が仕掛けてあったとか……?
こわっ! 想像したら怖過ぎて自分の部屋に帰れそうにないよ!
しばらく、輝の家に泊めてもらおうかな? それはそれで別の意味で不安があるけど。
「あれー? たーくん、どうしてそんなによそよそしいの? あたしたちカップルなんだから、もっとラブラブしようよ~」
「……おい太助。すでにそらの中でカップル認定されているぞ。どういうことだ?」
「知らねぇよ……! こっちが訊きてぇよ……!」
「むー。また輝ちゃんとだけ仲良くお話してる~」
輝とひそひそ会話していたのが気に入らなかったのか、宮永さんが頬を膨らませながら僕たちの間に強引に割って入った。
「二人が仲良しなのは別にいいんだよ? 小さい頃からの友達なわけだし。でも今はあたしのたーくんでもあるんだから、ちょっとは二人きりになれるように配慮してよね、輝ちゃん」
「お、おう。そうか。これからは気を付けるよ……」
「いや気を付けなくていいから! 僕ともっと仲良くしよ!? な!?」
宮永さんと二人きりとか拷問でしかないわ! やめて! 本当にやめて!
「も~。たーくんったら照れ屋さんなんだから~。あ、そうだ輝ちゃん。今まであたしの相談に乗ってくれてありがとうね。おかげであたしとたーくん、幸せになりました♪」
「待って!? なにその結婚報告みたいなの!?」
僕たち、結婚していないはずだよね!? というか付き合ってすらいないよね!?
「妄言も甚だしい。太助と交際しているのは小冬なのに」
と。
今度は御園さんが突拍子もなく現れた。
しかも、なぜか僕の足元に。
「うわっ!? 御園さん!? そこでなにしてるの!?」
「なんでもない。気にしなくていい」
言いながら、僕の手首に「カチャン」となにかをはめる御園さん。
「……御園さん、なにこれ……?」
「見ての通り、手錠」
「うん。それはわかるけど、なんで僕の手首に……?」
「小冬のそばから離れないようにするため。あとは小冬の手首に片方の手錠をはめたら完了」
「うおりゃあっ!」
手錠をはめられる前に、全力で腕をぶん回して難を逃れた。
「太助ひどい。どうして小冬の邪魔をするの?」
「どうもこうもないよ! なんでそんなSMプレイみたいな真似をしなくちゃいけないのさ!?」
「太助のエッチ。小冬はただこうしていれば離れずに済むと思っただけ。でも太助がしたいのなら、していいよ?」
「しないよ!?」
したくもないよ! こんな人前で!
「たーくん、大丈夫!?」
と、一連のやり取りを唖然とした面持ちで見ていた宮永さんが、ハッとした顔で僕の元に駆け寄った。
「なにこれ!? 力を入れても全然取れない! どうなってるの!?」
「当然。本物の手錠なのだから」
「どうしてそんなの持ってるの!?」
今だけは、宮永さんのツッコミを全力で支持したい。
「だいたい、どうして小冬ちゃんがここにいるの? いつもだったら校門の近くで輝ちゃんを待っていたはずなのに!」
「もちろん、泥棒ネコならぬ泥棒ブタに太助を取られないために。用心して早朝から待機しておいて正解だった」
いつからここにいたのか、というツッコミはするだけ無駄な気がした。
「ていうか、二人共落ち着いて! ほら、通りすがりの人もこっちをチラチラ気にしちゃってるから! これじゃあ僕たち、注目の的だよ!」
「……そうですね。そんな中まったく気付かれない私って……」
不意に聞き慣れた声が耳に入ってきたので、ふと前方の道の隅に目をやると、電柱の陰でうずくまっている藤堂さんの背中が見えた。
「うおう!? 藤堂さん、そこでなにしてるの!?」
「ああ、お気になさらず。御園さんと同じ考えで早めに登校したのに、完全に先を越された間抜けな私なんて、もはや太助くんの視界に入る資格すらないんです……」
「いや、別に資格なんていらないと思うよ……?」
「優しいですね、太助くんは。優しすぎて、リストカットしたくなっちゃいます……」
「なにゆえ!?」
天邪鬼かこの人は! もうどうしろって言うんじゃい!
だいたいこの三人、人目を気にしなさ過ぎ! いくら僕に本性がバレたからといって、もうちょっと周りに配慮しようよ! 僕まで異常者扱いされかねないじゃん!
くそっ。ここにまた先生とか警察とか、今後の生活に支障を来す存在がいてくれたら本性を隠してくれるかもしれないけど、いかんせんそういった人は周囲に見当たらない。というか、僕たちのそばを通る人はみんなして関わり合いを避けるように素知らぬ顔をしていた。賢明な判断だけど、少しはこっちを気にかけてほしい。欲を言うなら今すぐ助けてほしい。
「輝~! 輝からもなんか言ってやってくれ……って、あれ? 輝は?」
さすがに僕一人では対応しきれないと輝に助けを求めたら、そばにいたはずの輝がいつの間にか見当たらなくなっていた。
「緋室くんなら、先ほどから後ろ足でどこかに行こうとしてますよ。ほら、あそこに」
「えっ」と一瞬あっけに取られたあと、慌てて藤堂さんが指差した方向──つまり後方を振り向く。
「輝!? なんでそんな後ろに!?」
「すまん太助……。話には聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった……」
僕から二十メートルは離れた距離から、輝がドン引きした顔で言う。
「正直、おれにそらたちの相手は荷が重過ぎる。お前には悪いが、おれは別の道から登校させてもらうよ……」
「待ってくれ輝!? 僕を見捨てる気か!?」
「本当にすまない……。薄情な奴だと思ってくれてもいい……。でもおれには無理だ。そらたちと関わっていたら、命がいくつあっても足りない……!」
「輝! 輝―っ!」
「お前はもう親友とは思ってくれないかもしれないが、おれは太助のことを今でも親友と思っているから! そらたち以外のことでなら、いつでも力になるから! そんで気が向いたら、またおれにお前の汗の匂いを嗅がせてくれーっ!」
「輝うううう! さりげなく自分の欲望をぶち撒けて去っていくなああああああ!!」
僕の怒号も虚しく、全速力で走り去っていく輝。
あいつ、本当に僕を置いて行きやがった! 輝だけは僕の味方でいてくれると信じていたのに!
「ほんと、小冬ちゃんは聞き分けの悪い子だね。たーくんはあたしの恋人だって何度も言っているのに。それともあたしにお仕置きされないとわからないのかな? 八つ裂きにしてほしいのかな? かな?」
「それはこちらのセリフ。太助は小冬のもの。小冬以外の所有は認めない。だから太助には一生骨になるまで小冬のそばにいてもらう」
「ふふ……。相変わらず私は蚊帳の外なんですね……。これはもう、首の頸動脈でも切って私の存在をアピールするしかないかもしれませんね……」
胸の谷間からまたしてもバタフライナイフを取り出して、にこりと光彩の消えた瞳で微笑む宮永さん。
その宮永さんに対抗するように、前髪を留めていた刀型のヘアピンを手に取って臨戦態勢に入る御園さん。
そして、依然として自傷行為を続けようとする藤堂さん。
……なんなんだこれ。どうしてこうなった?
少し前までただの陰キャでしかなかったはずなのに ──ハーレムラブコメのモブのような立ち位置でしかなかったはずなのに。
ただただ、普通の彼女が欲しかっただけなのに。
それなのに、一体どこで歯車が狂ってしまったって言うんだ!
ああもういい! 色々言いたいことはあるけど、ひとまず後回しだ!
それよりも今は──
「だれかこの三人をどうにかしてえええええええええええええええええ!!」
ハーレムラブコメのモブ(だった) 戯 一樹 @1603
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます