第2話

この部屋に越して来た頃は、彼女ももっと張りつめていた。引っ越しの当日どんな様子だったのかは居合わせなかったので知らないが、彼女も覚えていないと言う。

「あの頃はLINE打ちまくってたから、ログ見たら思い出すかもね」

そう、初めて姿を見た日も、窓際で薄れる光の中でスマホに高速でテキストを打ち込んでいた。カーテンが無い窓の外からは見えない位置に座って、口を開くまいとするように歯を食いしばっている以外は無表情。何かを叩く狂信者(ないしその下請け)がコピペを知らないので暗記して連投ツイートかコメント書き込みまくっているのかと引いた。何かって、まあ、フェミニズムとか、社会的弱者とか、政権批判とか、そういう燃えやすい何か(※個人の見解です)。

というか、何でこの未知の女がここに居る?

後でその時の話をしたら「いや順番おかしくね?」とツッコまれた。「で、あるが。己がそんだけ異様だったっつう自覚は?」「テンパっている状態すなわち客観性を欠くものである」「誰曰く」「我曰く」「我かよ」

...何でこんなTwitter上みたいなやりとりしてるんだ?一回りも年上の相手と。

私はいわゆるミレニアル世代で彼女は自分はX世代だという。「エックスジャパン(敢てカタカナ発音してきた)のファンて意味じゃないよ」「知ってるわ。そのバンドは名前しか知らんけど」「Just curiousだけどどこから名前知ったの?」「...何か深夜バラエティでメンバーの洗脳の話を語ってるの見た」「ああいう番組ってつけたとき始まってると見ちゃうよねぇ」馬鹿にされまいと纏う棘が、また一つほどかれる。同時に、頼むから壺は出してこないでという鱗が生える。正にその番組で解説されていたカルトのprocedure。人格否定されたり自信を失った獲物に理解や受容を差し出しておびき寄せ、一転ダメ出し侮辱否定脅迫を浴びせて自我を叩き壊してからこれをやれば/捧げれば/買えば救われる、と搾取を始めるというやつ。観察している範囲では、彼女が何かを信仰している気配はない。でも押入れの中やプラスチックケースやダッフルバッグの中に隠されているのかもしれない。彼女は埃を払うのが面倒だという理由で収納は全部密閉型にしているからだ。今の私はそれを開けられない。

「何か信心ってしてるの?」あっ言っちゃった。こんなsensitiveな質問する人間じゃなかったのに。「うん、一つしてるかな」

ああ、橋を焼き捨てないと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かろきねたみ 動電光 @chikiryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る