六
「校長!」
わたしとユキ、それと忍部くんの三人は校長室に乗り込んだ。
油蝉校長がなぜそこまで読書クラブにこだわるのかが知りたかったのだ。
校長室は真っ暗だった。
「誰もいない」
しばらくして嘲笑するような笑い声が聞こえた。
校長室に燈が灯った。
壁にかかる燭台タイプの蛍光灯だ。
三十メートルほど離れたところに木目調の机があった。
部屋の隅にはバルタン星人の銅像が不気味に建っている。
椅子の背もたれが回転してゆっくりとこちらを向いた。
まるで通夜にでも参列するかのような黒いスーツとネクタイ、脂ぎった顔面には色付きの眼鏡をかけている。
油蝉校長だった。
「何を企んでいる、益荒男ユキ」
ドスの効いた声が心を圧迫する。
この人は何者だろう。
先代の校長がいなくなって突然やって来たこの人は。
「それはこっちの台詞。あんたこそ何を企んでるの」
「やはり生徒会では駄目か。偏差値だけの無能どもでは」
沈黙。
わたしはその沈黙を破るように言葉を紡いだ。
「ど、読書クラブ部長の稲荷口サユリです。校長はなぜ読書クラブを廃部に追い込もうとするのですか? たしかに、読書クラブであるわたしたちはただ本を読むだけの活動しかしていません。でも、本を読むということは人間にとってなくてはならない行為なんです。ご飯を食べるとか歯を磨くとか夜眠るとか、そういうことと同じなんです。今は本を読む人が少なくなっている気がします。だからこそ、読書クラブの活動には意味があると思います。読書とは魂を育てること。だから、その魂を育む行為の活動を許可してください。よろしくお願いします」
また沈黙。
今度は以外な人が口を開いた。
「妖気、魔力の還流。貴様、何者だ」
忍部くんだった。
じりじりと校長との間合いを詰めている。
「ふっふっふっ、それはこっちの台詞だ。まぁ、いい。誰にも邪魔はさせん」
突然、校長の真上の天井が開いた。
校長の座っている回転椅子はセリのように天井に吸い込まれてゆく。
きっと屋上だ。
その時、富野くんと宮崎くんが慌てた様子でやって来てノートパソコンを開いた。
「これを観てほしい。上空に飛ばしていたドローンがたまたまとらえた映像だ。神奈川の方角から無数の物体が飛来している。何なのかはわからないが、かなり大きな機影だ。おそらくあと十五分以内にはここに到達する」
「間違いなく校長の仕業ね。いいわ、迎え撃ってやる」
部室に戻ると引井くんが出迎えてくれた。
「屋上に行くんでしょ。セリは完成してるから。あとコレ」
引井くんは運送会社のダンボールから日本刀を取り出した。
朱塗りの鞘に収まった業物だった。
「撮影に使おうと思って京都の祖父に送ってもらったんだ。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったけどね」
日本刀を受け取ったユキは鞘から刀を抜いた。
「うん、いいね。ありがとう。借りていくわ」
ユキは刀身に目線を走らせて再び鞘に収めた。
「狐太郎、準備はいい?」
コクリと頷く忍部くん。
黒頭巾を被って額当てを付けた。
おでこには『抱き稲の紋』が描いてある。
「じゃあ、行こうか」
鞘を左手に持ったユキはゆっくりとセリに乗った。
右手にはペットボトルの水を持っている。
刀と鞘のサイズが合っていないのか、カタカタと音が鳴った。
わたしは切腹して果てた侍の辞世を思い出した。
「益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに、か」
縁起でもなかったけれど、カッコいいなと思った。
「ひとりづつしか乗れないからね。じゃあ動かすよ」
レバーに手をかけた引井くんは思い出したように
「曲は?」
と言った。
「何曲って?」
「出撃の時はテーマ曲があったほうが盛り上がると思ってさ」
少し考えたユキは
「Plenty of grit」
と応えた。
「OK。奈落から舞台までちょうど一曲かな。武運を祈る」
勢いよく旋回したドローンは誘導するように先頭を飛んだ。
セリはゆっくりと日本刀を抱いた女子校生を奈落から舞台へと持ち上げた。
『Plenty of grit』は爆音でサビを奏でる。
モニターに映るユキはポケットから鉢巻を取り出して額に巻いた。
日の丸の左右には『新●宿』と書いてある。
ユキはノリノリで歌詞を口ずさんだ。
「いつだって今ここが始まりぃ〜♪」
ドローンが先に屋上に出た。
外はすでに夜だった。
「すごい、なんて光景なんだ」
引井くんは息を飲んだ。
「ぼくも早く……」
薄紙のような雲がぼんやりと月を隠している。
新宿のネオンは眼下の星、モニターに映る景色は別の惑星の都市のようだった。
しばらくして、高層ビル群の間から闇が飛来した。
「来たわね。狐太郎、準備はいい? 有言実行を仕掛けるわよ!」
忍部くんはコクリと頷いた。
ユキはペットボトルの水を口に含むと抜刀して吹きかけた。
水しぶきは白い息とともに風に舞った。
「開、戦!」
真っ黒な蝉が夜空から飛来、正眼に構えたユキは思いっきり踏み込んだ。
一刀両断!
ヘリコプターほどの大きさの蝉は黒い体液を撒き散らしてビルの谷間へと沈んだ。
次から次へと襲いかかる黒い蝉の集団。
忍部くんは手裏剣で蝉の目を潰して動きを止める。
鎖鎌で羽根を斬ってユキが日本刀で仕留める。
まるで狩りをしているような鮮やかな連携、無数にいた蝉の集団はあっと言う間に数えるほどになった。
「あらかた片付いたわね。そろそろ出てくるかな」
ぶ厚い雲が空を覆う。
月は完全に隠れた。
「役立たずめ」
バリバリと音がする。
ドローンがその姿をとらえた。
巨大な蝉は頭から喰われている。
油蝉校長だった。
「もう正体を隠す気もないんだ?」
「俺の正体などどうでもいい。問題はお前だ」
校長は血走った目でユキを睨みつけた。
蝉の体液で汚れた口から何かが這い出て来る。
校長の顔を喰らった蝉は赤い目で再びユキを睨んだ。
「お前もこちら側の種族か? まぁいい。誰であろうと俺の正体を見た者は殺す」
蝉のお化けはネクタイを緩めてユキに襲いかかった。
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